第22話 夕陽、西に落ちて③

 壮絶な攻防を繰り広げるミラの戦闘音をしりに、女の子を降ろすと一息ついた。

 さて、どうしたものか。

 常に目の前の事にしか処理能力を発揮しない脳みそを働かせて、状況の解析を試みる。

「あ、あのっ!」

「あーちょっと待って。今混乱しているから。今何か言われても答える自信ねえ」

「あうえっ……は、はい」

 女の子を遮って思考を回すけれど、ゴールの見えないレースに突き出された気がして、直ぐにそれを止めた。

 今は説明のつかない状況を一つ一つ解析していく事よりも、目の前の障害をただ排除していくのに従事する方がいい。

 砂漠で指輪を探し続ける必要はないのだ。

「待たせてごめん。まとまった。で、どうしたの?」

「あの、貴方あなた達は、私を捕まえに来た訳じゃないんですよね?」

「て事は、あいつ等はお前を捕まえに来たのか」

「し、質問に答えて下さいっ」

「答えてる様なもんだろ。で、お前何したの? 殺人? 窃盗?」

「何ですかそれ! してませ─」

 俺の言葉を否定する意思を一瞬見せて、女の子はうつむいた。

「……強いて言うなら、脱走、ですね」

「その年で前科者か。やるな」

「前科……罪に、なるのでしょうか?」

「ん?」

「あ、いえ……」

 また女の子は目を伏せて黙り込む。

 俺とのノリが合わないのだろうか。ミラとしやべる時の様にいかない。

「あー、あれ、あれだ。驤一」

「え?」

「俺の名前、驤一。驤一でも、ジョーでも、お好きに。お前は?」

 言う事に欠いて自己紹介をするなど、余りに幼稚な自分の思考に嫌気が差す。

 今はとても、そんな状況ではないというのに。

「あ、わ、私は……トーコです。よろしくお願いします」

 トーコは言って、深々と頭を下げた。

 聞きたい事はそんな事ではないのだが、何事も最初の一歩は大事だ。

「え!? ええ!?」

 俺がそうやって確かな一歩を踏み出したというのに、折野の大声がコンテナ裏から聞こえて来た。

 陰からのぞくと、折野は外で戦うミラと大男を見てたじろいでいる。当たり前だ。

「折野、こっち来い」

「え? え? 驤一先輩! 何ですかあれ!」

 折野をコンテナの陰に手招きする。混乱が表情にくっきりと出て、折角の男前が台無しだ。

「さあな。俺も知らねえよ。今から聞くところだ」

「今から聞くって、誰に……って、誰!?」

 折野をコンテナ裏に引き込むと、居るはずのないトーコに再度きようがくして、更に表情を崩す。

「これ、折野春風。俺の仲間だ。こっちはトーコ」

「は、初めまして」

「喋った!? え!? 喋った!! 皇都人ですか!? 初めまして!!」

 折野は混乱からか、順序も乱れていれば、テンションも落ち着かない。

 無理もない。俺ですら、実際は平静を装っているだけだ。

「ちょっと驤一先輩! 一から!」

「一から、何だよ?」

「説明!」

「十からでいいか?」

「せめて五からでお願いします!!」

 せめて自分だけでも落ち着こうと折野にいつもの調子で突っかかる。

 今折野を納得させる説明を期待するのはトーコには酷だと思うし、時間も無限にある訳ではないので、折野を置いていく事を一人で決めた。

「取りえず、お前少し黙ってろ」

「何ですか!? 突然冷徹過ぎません? 僕、友達ですよね!? 後輩ですけど、親友とかそういうあれですよね!?」

「お前いつものテンションじゃねえよ。混乱してんだろ。頭冷やす意味でも黙ってろ」

 本当はやかましいだけだ。

 ただ、こんな状況になれば誰でもこうなる。

 折野の様子を見ていたら、自分は冷静でいなければと自戒出来たので、折野のテンパりは無駄ではない。

「トーコ」

「あ、は、はい!」

「根底のあれこれはいつたん置いておくぞ。あれってお前の仲間か?」

 コンテナから顔を出して、交戦する二人を見る。

 相変わらず紙一重の攻撃と回避を互いに繰り返して、命を消耗させている。

 トーコは俺の質問に目を泳がせてから、答えた。

「顔見知り……と言うか、存在は知っている程度です……ここ数日、ずっと追いかけられて殺されそうになっていましたから、とても仲間だとは……」

「もう一人居た奴もか」

「あ、はい。多分そうです」

「多分って何だ」

「今日初めて見たんです。大きい人にはずっと追いかけられていたんですけど、もう一人は、今日初めて見ました……今は姿が見えませんけど……」

「ああ、もうあいつ、あのナイフ女、戦部ミラっていうんだけどさ、あいつが殺した」

「そう……ですか」

 トーコは目を伏せながらつぶやいた。

 恐らく、あの瞬殺された男も、何かしらこういう化け物だったと考えていい。今となっては、ミラの手癖の悪さは状況を好転させているかもしれない。

 ミラが打倒した死体に目を向けようとするが、激しい戦いの中損傷したか、はたまた吹き飛ばされたのか、死体は確認出来なかった。

「まあ死んだ奴の事は置いといてだ。あいつの弱点とかねえのか。顔見知り程度っつっても、ここ数日戦ってたんだろ?」

「弱点……ですか。うーん……特には。ただ、特殊な能力はないです。大きくて、強い。そういうタイプです」

「ふーん……じゃあ弱点自体は普通の人間って事か」

 そういうタイプ、か。

「って事だそうだ。折野先生、作戦は?」

「僕ですか!? 今この中で一番状況が飲み込めていない様な僕ですか!?」

「うるせえな。自分の無能を叫んでんじゃねえよ。いいから何か打開案」

「うわー驤一先輩それ最悪の上司パターンですよ……そうですね。戦闘を見たところ、分かる事が一つあります」

 折野は指を立てて俺とトーコを見る。

「何だよ?」

「僕が役に立ちそうにない事です」

「それは俺も思った」

 折野は対人技術のスペシャリストだ。

 別に、あんな化け物の対抗技術を俺とミラが培っている訳ではないが、自身のスキルをあの巨体に応用するなら、俺かミラだ。

 関節技は決まりそうにない。打撃も体重差が余りにも重くのしかかる。

 折野春風は、この戦闘においてはサポートにすら回れそうにない。

「よし、置物になってろ」

「もっとフォローするとかしません?」

「打撃も銃撃も効くか分からねえしなあ……効果があるとすれば、サブミッション。お前、あれに三角絞め決められるか?」

「万物は空気を奪えば勝てますからね。でも、無理です。絶対無理です。体格差見てください。無理です」

「じゃあおとりでもやるか?」

「置物になっておきます」

「どうしたもんか……」

 打倒の手段が思いつかない。

 ミラの様子を見る。

 いまだに必殺に至っていないのは、コンディションが万全でない事に加えて、恐らく致命傷を与える箇所がないのだ。

 正確には、あるにはあるが、ハイリスクハイリターンだ。

 あの刃を命に突き付けても、あの体相手では死に至るまでに時間がかかる筈だ。

 その瞬間は、ミラにとっては絶対の隙が生まれる。

 即死でなければ、逆に自分が致命傷ないしはひんの状態に直結してしまう。

 あの刃で、動脈を切り裂けるだろうか。あの骨を切り離せるだろうか。貫けるだろうか。

 経験のない未知の選択肢は、その最後の一歩を躊躇ためらわせる。

 そこへの後押し、または、こちらが与えられる致命傷はないだろうか。

 期待をかけていない自分の思考を巡らせる。

「あ、そうだ。驤一先輩、報告が」

「何だよ、関係ない事だったら殴るぞ」

「関係ないかもしれないです」

 俺は折野を小突いた。

「いたっ……ぴりぴりしないで下さいよ。もしかしたら何かヒントになるかもしれないじゃないですか」

「ヒントになりそうなのか?」

「多分なりませんね。本当にただの報告です」

 もう一度、今度は強めに小突く。

「ぐっ……いいですか? 敵の装備なんですけれど、一つだけ不思議な点がありました」

「不思議な点?」

「はい。敵の装備していた防弾チョッキなんですが、ラブエル社の旧モデルでした」

「前置きはいいから結論」

「すみません。ラブエル社の旧モデル防弾チョッキって、すごく安価なんです。材質に、印刷機のローラーのカバーとか、オフィス機器の回転子を覆う物の廃棄品を流用していて、他にも同じ工程で、グローブとかを作っているんです。この国でも、電気技術庁の現場に出ている人なんかは、ラブエル社のグローブをよく使います」

 どこで身に付けたのか、折野は無駄ではないかと思える様な博識で続ける。

「どうしてその材質を流用するか分かります?」

「結論言えっつってんだろ。あれだろあれ。絶縁体なんだろ。だから電工の現場で使用される」

「その通りです。絶縁性が高いんです。砕いて敷き詰めると、繊維自体も丈夫なので。だから、防弾チョッキも作られたのですが、旧モデルは回収されています。どうしてだと思いますか?」

「結論」

 少しいらったフリをして折野をにらむ。

 折野はそんな俺を意に介さずに、じようぜつに語る。

「可燃性が異常に高いんです。ですから、何かのきっかけで火花が散ろうものなら、一気に燃え上がります。電気を扱う場面でも非常に危険ですし、戦場ならばなおさら、絶縁性よりも重視されますから。それにもかかわらず、この場にいる全員は、このモデルの防弾チョッキを着込んでいました」

 思い当たる節は、十分にある。

 奴等が追いかけていたもの。あの不可解な音。

 そして、俺が受けた電撃。

 今となってはさして驚かない。

 もしそうだとしても、驚くのは後だ。

 余計な事ではなく、目の前の打倒に頭を回す。

 可燃性の防弾チョッキ、三角絞め、折野は役立たず、マージス工業の倉庫、戦部ミラ。

 要素を詰め込んで、回る、まわる、まわる。

「あ、それだ。決めた。折野、お前役立たずだから、ちょっと探し物して来い」

「え、そんなストレートに戦力外通告します? 驤一先輩、愛情って知ってますか?」

「役立たずと心中する様な情は持ち合わせてねえよ。いいか、マージスの工場は、コンテナ運送に電力フォークリフトじゃなく、燃料型のフォークリフトを馬力の関係で使っている。前に見た倉庫の中にも、燃料室があった。ここにもあるはずだ。お前、それ探して容器に有りっ丈の燃料入れて来い。出来るだけでかい容器でな」

「はい、了解です!」

 折野の背中をたたくと、はじけた様に飛び出す。

 事、作戦実行においては、あいつの真面目な部分が強調される。

 理由も聞かずに飛び出すのは、折野の馬鹿が付く真面目な部分からではなく、俺との信頼感からだと信じたい。

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