第18話 交戦⑤

 オレンジ色の光線が漏れる隙間から、人影が飛び出す。

 やはりツーマンセル。折野が打倒した二人と同じ装備だ。

 正に出会い頭。ラブコメの一ページ目の様な距離。

 十字に交わった道の真ん中で、右方向から飛び出して来た先頭の敵に、即座に弾丸を叩き込んだ。

 一発、二発。

 相手が反応する間もなく、頭部に鉄塊をじ込んだ。

 勢いよく跳ねた体が後ろに居たもう一人に覆いかぶさる形になる。既に死体となった体を受け止めて、大きな隙が生じた。

 そのまま俺は、倒れ込んだ死体ごと敵をりつける。足裏で押し出すように放つ前蹴りで、敵は死体ごと後ろに倒れ込んだ。

 俺の理解出来ない言葉で喚いている敵が、覆い被さった死体を退けるよりも早く、頭部に弾丸を撃ち込む。

 打ち出されたやつきようが床に跳ねる。いつもは、この無音の箱庭の中では不気味に高い音が響くけれど、既に修羅場と化した倉庫内の中ではき消されてしまう。

 左前方と、右前方から、発砲音と怒号が休みなく押し寄せる。

 俺も、ミラも、折野も、既に戦火の一つの火種だ。

 オレンジの傾きがきつくなる。それに従って、倉庫内の影が空間を侵食して、黒が橙を端からむさぼっていく。

 そのせつ、俺は見た。

 視界の端、橙と入れ替わりに大きな影が落ちる狭い通路の先。

 相変わらず鉄塊のはじけるけたたましいきようせいと言語としては認識出来ない断末魔の叫びが飛び交う小規模な戦場で、俺の眼はとらえた。

「え……?」

 思わず声が漏れる。通路の先、十五メートル程先の十字路を横切ろうとした人影が、足を止めてこちらを見た。

 目が合う。

 恐らく、ミラと同じ年の頃の、女の子。

 体までははっきりと見えないが、その顔ははっきりと見えた。肩まで伸びた金色の髪をなびかせて、こちらを見ている。

 銃を構えるが、それよりも早く女の子は走り去ってしまった。

 女性の敵を見た事がない訳じゃない。少年兵だって、この外区で邂逅した事はある。

 それでも、少女と呼べる様な女の子を見るのは初めてだったので、面食らってしまった。

 少女が横切った十字路まで歩みを進める。左右を確認してみるが、気配は感じない。

 深々と黒が侵食するこの交差地点で見た女の子は、暗がりの割に表情だけは、はっきりと見えた気がしたけれど、気のせいだろうか。

 それにしても、敵と遭遇しない。

 俺の選択したルートは当たりか外れか。敵はミラと折野の進んだ方向に集中しているらしく、死体の一つすら見ていない。

「ジョー先輩」

「うわっ!」

 もしも敵であったなら死んでいた。

 背後からのミラの不意打ちに間抜けな声を上げる。戦場だというのに、退屈だなと高をくくった罰が当たったのだろう。

「お前、そんな近づくまで気配消すなよ─うえ!?」

 言いながら振り返り、またも声を上げる。これまた予想外に声帯を震わせた形になるが、明確に驚嘆の意を持って発した声だ。

「何? 何か変?」

 振り向いた先に居たミラは、左目の上を大きくらして、すすけた顔をしていた。鼻と口からは血が滴り、左目をつぶすたんこぶからも血がにじんでいる。

「何ってお前、どうした!? そんなに〝やる奴〟が居たのか!?」

「あーそれなんだけどさ」

 血がべっとりと付着したマチェットを握ったまま、こぶしで鼻と口元の血をぬぐう。

 脳裏をよぎったのは、倉庫に入る前にミラが殺し損ねた敵だ。

 あれは殺し損ねたのではなく、ミラの必殺を掻い潜ったのだ。

 別に戦部ミラが外区の中で容易に敵の命を搾取し続けていた訳ではない。今の様に手負いにされる事だってあったし、死神と肩を組んでいる様な時もあった。

 それでも、結果的には必ずミラと相対した敵は死んでいった。だから、俺と折野は戦部ミラの戦闘力に絶大な信頼を置いている。

 故に、こういうミラと一瞬でも張り合う奴が居ると、緊張感が高まる。

 今回の敵集団の中には、既に死んだ奴も含めて少なくとも数人はそういうクラスが居る。

「ちょっと付いて来て」

 気付けば、もう合戦の反響音は折野が向かった方向からしか聞こえない。ミラは掃討を終えていた様で、それなのに、自分が今まで居たのであろう方向へ歩き始めた。

「おい、何なんだよ」

 俺はミラのもつたいぶった行動に疑問を覚えつつも、後に続いた。

 コンテナの合間を抜ける。ミラが凶刃で切り開いたのであろう道には、生臭い鉄の匂いが立ち込めていた。

 視界の端々に、先程まで人であった肉塊が映る。

 ミラは余計な損傷を与えない。ただの一撃で、命の稼働が止まる様に、斬る。突く。叩く。ぐ。ぐ。

 いつせんで終わらせるミラの戦場のざんがいは、いつも赤黒い生臭さで覆われる。

「これ、どう思う?」

 だから、ミラに連れて来られた倉庫の端。大きなシャッターの前に出来た開けた空間に広がる光景は、珍しいものだった。

 ミラと打ち合ってしまった場合か、ミラがブチ切れていた場合に展開する惨状。

 差し込む強いオレンジで、正確な色は分かりはしないが、それでも粘ついた赤黒である事は強烈に印象付けられる。

 大小バラバラに切り分けられた死体が、その場には打ち捨てられていた。

「どう思うって、改めてお前が化け物だな、くらいにしか」

「そうじゃなくて」

「じゃあ殺人鬼」

「さっきの会話聞こえてたからね!」

 ミラは外して首にかけているヘッドホンを指差しながら俺をにらんだ。痛々しい傷と腫れた左目も手伝って、いつもの数倍の迫力がある。

「よく見て。死体の破片」

「破片? お前バラバラにし過ぎなんだよ」

 ミラに促されるまま、散らばる死体を見る。

 少し違和感を覚えるが、直ぐに頭部が三つある事が根源だと分かった。

「あー三人居る。ツーマンセルが基本なのにな。って事は、指揮官グループって事か?」

「それもそうなんだけど、そうじゃなくて。もっと見て。分からない?」

 勿体ぶるミラにわずかないらちを覚えるが、腕組みしてしようい状態の顔を向けられると、何となく逆らう気力がせる。

 俺は注意深くもう一度死体の欠片かけらを見る。

 分けられた数を数える。彼らが生きていたであろう姿を、想像する。

 そうして、気付いた。

 今度は少しの違和感ではない。明確な、むしろ、大きすぎる程の、違和感。

 足らない、ではない。

 余ってしまう。

「ああん? 何だこりゃ。ミラ、お前別のとこで殺した死体持って来たのか?」

「そんな事する訳ないでしょ」

「じゃあおかしいぜ。何だ? これは……腕か。腕のパーツが多い。頭は三つだが、腕だけ四人……いや、五人分ある」

 死体の欠片を数えてみて分かった。上腕と前腕の数が多い。

 少なくとも、ここに転がっているのは三人分の死体ではない。

「そう思うでしょ? でもねジョー先輩、私がこの場でバラバラにしたのは確かに三人。多分、指揮官グループか、エースが居るグループ。一人とんでもなく強い奴が居たから。それにやられちゃって、この有様。女の子の顔を何だと思ってるんだろうね」

 僅かな怒気を込めてミラは吐き捨てる。腫れた左目の恨みはバラバラに分割する程度では晴れないらしい。

「いや、どういう事だよ。ナゾナゾ? 心理テスト? 何でお前こんな状況でふざけてんだよ」

「ふざけてないよ。ここには三人居たの。三人、と言っていいのかな。私にダメージを与えて、バラバラにされた一人……一人で三人分ある奴が居たの」

「やっぱりナゾナゾじゃねえか。それとも何だ? 殴られ過ぎてただでさえ緩んでる頭のネジぶっ飛んだか?」

 俺の嫌みを意に介す事なくミラは死体に近づくと、マチェットでバラけた死体の欠片を寄せ集め始めた。

「おいおい、お前こええよ。幾らなんでも罰当たり過ぎんぞ殺人鬼」

「見て」

 黙々と作業を続けたミラの足元に、一つの死体が形成された。

 元の姿に戻ったのであろうその形は、いびつだった。

「はあ? 何だ、何だよおい」

 横たわる大柄の男は、装備こそ周りの敵と同じであったが、はっきりと歪であった。

 両腕が、背丈と同じ長さほどもある。

「他の死体の腕か?」

 俺が言うと、ミラはまた黙々とパズルを始めた。

 少し時間を置いて、二つの死体が組み上がった。

 普通の、死体が二つ。

 体のパーツは、もう余剰も不足もない。

 かんぺきに、ぴったりと組み上がった。

 三つの死体。

 二つは死体で、一つは歪。

「こいつにやられた。レンジが長い事と、単純に戦闘技術も高かった。左目を殴られた時、ほとんど拳の軌道が見えなかったもん。直ぐに殺してやったけど」

 そう言って、ミラは腕が背丈程も伸びている男の死体を冷たく見下ろす。

「漫画かアニメに居たよね、こういうの」

「……あー、確か、バッツエルダ諸島の未開部族に、生まれて直ぐ鉄製の輪を取り付けて四肢を伸ばす部族が居たはずだ。資料で見た事がある。それに、クァム国でも、四肢の長さで縄張り争いをしていた名残から、特殊な器具を使って無理矢理伸ばす風習がある地域があった気が─」

「ジョー先輩、混乱を誤魔化す様にべらべらしやべらないで。私にそんな事言われても何も分からないから」

 ミラの切り返しに反応する言葉も思いつかない。

 それ程にシナプスが乱流している。

 あり得ない話じゃない。身体的にこういう現象が起こらないと言い切れる道理などはない。

 だが、どうしてだろう。

 この死体は、余りにも自然だ。さも当然に、こういうものであろうというばかりに。

「仮に、仮にね、ジョー先輩。この人を……バ……バニ……バビ?」

「バッツエルダ諸島」

「それ。この人が仮にそのバッツエルダ諸島の部族の人だとしてね。それか、その、無理矢理四肢を伸ばした国の人でもいいや。その人達だとして、今日、この場で出会ったこの敵勢力は、どこかの国のようへいさん達で、その中にその部族や国の兵隊さんが混ざっていたとしてね」

 ミラにしては珍しく、演技がかった口調で遠回りをする。

「それでも、やっぱ、ここはおかしいよ、ジョー先輩。外区は、やっぱり変だよ」

 普段なら、結論を急ぐ様な、そんな奴の癖に。

「今日も出自不明の彼等は私達に届かない言語で最後の言葉を叫んでいたけれど、私は聞いたの。確かに。このヘッドホンで。だから間違えるはずがない。だからこそ、だからこそおかしいの」

 分かっている。

 俺も、ミラも、折野も分かっている。

 この場所がいかれている事くらい、百も承知だ。

 だから、ミラがおかしいと言うのは、そういう当然の互いの認識から、更に段階を上げて、という事を意味している。

「この人ね、私に分かる言葉で言ったの。皇都の言葉で、確かに言ったの。『お前は何者だ?』って。私に対して、はっきりと」


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