第12話 外区へ③

「お待たせしましたー」

 折野としばらく談笑していると、着替えを終えたミラが戻って来た。

 肩から露出した白い腕を見ると、こちらが身震いしそうになる。

「春ちゃんナイフ取ってー」

「どうぞ」

「ありがとうー!」

 かばんからマチェット二ちようとホルダーを折野が手渡すと、ミラは慣れた手付きで装着を済ませる。

 折野は空になった大きめの鞄に皆のジャージと荷物を詰め込み、代わりに中からバックパックを取り出して背負う。荷物を詰め込んだ鞄は、マンホール脇に立つ建物の窓を開け、中に放り込んだ。

「それじゃあ行きましょうか。今日はどうします?」

「この間は北上したからな……旧十八番街方面に少し進んで南下する。久々に明るい内からだし、未開の場所まで行くか」

「わーい! 新しい場所だー!」

「了解です」

 基本的に、外区での活動はすごあいまいなモノ探しだ。

 三年前、たまたまここに来られた俺は、その状況を見て思った。

 この場所は当時のままだ、それならば。

 それならば、当時の事が何か少しでも分かるかもしれない。

 七年前、徹底した報道規制からその一切が外部に漏れなかったこの区画。

 その中で、俺の両親が死んだ原因を突き止められるかもしれない。

 両親を知る人が共通して口にする言葉は、只管二人が強かったというものだ。衛学に入り、両親の関係者に俺が認識され始め、改めて思い知らされる。

 皆が皆、二人の武勇伝を口にする。

 その会話を多くの人と重ねれば重ねる程、俺の中の疑念は膨張する。

 歳を重ね、大地世界や外区の事に対して多少の知識を付けた事がそれに拍車をかける。

 元々水産業を生業なりわいとしていた大地世界は、外国から武器を密輸し、私兵団を設けていた。目的が独立にあったかは分からないが、その武力は独立に際し遺憾なくその脅威を振るった。

 結果として、世界的には非公式であるが、国が分断された今独立は成功したといっていいだろう。

 しかしそれは、皇都防衛庁防衛局が、そういう判断をしたからだ。

 大地世界の人間も皇都の国民と考え、その生命を優先した。結果、世界で最も小さく短い紛争と呼ばれたその独立戦争は、皇都を分断するという判断の下に終結した。

 その後も大きな批判がなくその状況が維持されているのは、死傷者を独立に際し武装した大地世界の私兵団、そして、皇都防衛庁防衛局の双方にのみ留めた事と、早期に戦争を終結させた事が、大きな要因だ。

 それは、防衛局の自力の高さの象徴である。

 たかが宗教組織の私兵団に、国をどうこうされる訳がないのだ。

 そんな、たかだかそれだけの私兵団に、俺の両親が殺されるだろうか?

 あの戦争を乗り越えた達が口を揃えてその武勇を語る酒匂驤慈と酒匂一花は、そんな事で死んでしまったのだろうか。

 作戦の中で、大地世界と戦い殉職したとだけ聞かされた俺の懐疑心は、日増しに大きくなった。

 両親の事を知れば知る程、大地世界の事を知れば知る程、あの日の事が知りたくなる。外区の事が知りたくなる。

 ただ強かったという曖昧な両親の事だけが、あの日の形にはまらない。

 俺にとって、その一点だけがいびつに顕在し続けている。

 だから、この場所で探している。

 歪にぽっかりと空いた、あの日と外区の真実にぴったりと合う、何かを。

「驤一先輩がまだ踏み入れてない場所ってどの辺りですか?」

 下水路と同じく、ミラを先頭にした陣形で進んでいる間、俺と折野は暇だ。

 索敵はミラだけで十分なので、たった三人の行軍は大体が退屈な時間になる。

「逆に行ってない場所の方が多いよ。今年で外区に来て四年目だが、殆ど俺一人だったし、基本的には歩きだからな。出口のある周辺の工場と、この間イビリアの軍人崩れと交戦した旧十七番街北部。後は、七年前に戦闘のあった旧十七番街中部くらいだ」

「ただ踏破するだけならまだしも、驤一先輩はご両親の死の手がかり探しですもんね。曖昧だし、存在するかも分からない」

「そうだなあ。何かもはっきりしてる訳じゃねえから、しらみつぶしにくまなく観察する事くらいしか出来ねえ。でも、お前のおかげで〝外区には何かある〟っつー事だけでも分かったのは大きな前進だ。この場所に来る事が無駄じゃなくなると分かっただけでも、進歩としては大きい」

「今日は何か見つかるといいですね」

 この三年間で、成果はゼロだ。

 たった一つだけ、あると言えばあるが、それは何にもつながらないものだった。

 繫がらないどころか、もっと俺達の探し物を陰らせる様な、障害。

 だから、外区の中で見つけたあの日のざんがいは、戦闘によるきずあとと、時の止まったままの街だけだ。

 確かに規模の大きい戦闘があった事だけは分かるが、それだけだ。

 それなりに武装した集団と防衛局が戦ったと分かる、ただそれだけ。

「そうだな、見つかるといいな」

 期待している訳でも、あきらめている訳でもない。

 ただ、本当はどうでもいいのだ。

 本当は、全部。

「何ですかそれ! 驤一先輩の目的なんですから、もっとやる気出していきましょう!」

 折野はわざとらしくこぶしを突き上げる。

 こいつの真っ直ぐさには、時折心底あきれるが、救われる事もある。

「はいはい、やる気出す出す」

「本当ですか?」

「噓だと思う?」

「思いますね」

「じゃあ本当だ」

「じゃあって何ですか!?」

「はは、本当本当」

 俺の軽口にも真面目に付き合う折野は、本当に人がいいんだなと思う。

 だからこそ、欠落したのだとも、はっきり分かる。

「お前の探し物も見つかるといいな」

 前に向き直りながら、折野に言うと、背中越しにも伝わる程冷たい感情を込めて、折野は答えた。

「そうですね。今直ぐにでも見つけて─」

「ちょっと二人とも!」

 折野の言葉を遮って、先頭のミラが振り返る。

「さっきからうっさい! 集中出来ないでしょ!? いきなり交戦になるよ!? いいの!?」

「悪かった悪かった」

「すみません戦部さん……」

 ヘッドホンを外して怒鳴るミラに、俺は一応の謝罪を返す。

「ジョー先輩、悪いと思ってる!?」

「思ってる思ってる。すげえ思ってる」

 まゆり上げて俺をにらむミラを受け流す。

 いつもはこうやってにするのだが、今日のミラは引かない。

「僕達は戦部ミラさんのお蔭で安全に行軍出来ていますって言って!」

「は?」

「復唱して!!」

 腰に手を当てて、踏ん反り返りながら指示を出すミラ。

 面倒だ、本当に面倒だ。ポケットの中で絡まったイヤホンコードの方がまだましなくらいだ。

「ボクタチハイクサベミラサンノオカゲデ」

「感情込めて!」

「ちっ……いいから、進むぞ」

 ミラを無視してその脇を早足で抜ける。

 折野は最後方で馬鹿正直に文言を復唱している。多分、世渡りが上手いのは折野の方だろう。

「あ、ジョー先輩! だめだよ! 通さないよ!」

「あー! ぐだぐだしてっと、直ぐ陽が暮れるぞ! 折角明るい内に外区に来たんだから、進め進め!」

「じょ、驤一先輩、ここは戦部さんに従った方が得策ですよ! 長い物には巻かれましょう!」

「悪いな、俺図太いからミラ程度の短気じゃ巻ききれねえんだよ」

「何それジョー先輩! 分からないけど馬鹿にしてるのは伝わるよ!」

 俺の腕をつかんで制止しようとするミラを振りほどく。その様を、呆れ半分焦り半分で見る折野。

 こちら側でも、俺達は普通だ。

 きっと、多分。

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