第2話 外区②

 一瞬で階段までの距離を詰めると、先頭の敵の首を軽くねる。

 怪物とか、化け物とか、天才とか、ミラを形容する言葉は幾らでも出て来る。

 皇都防衛庁付属学院一回生の中で、実技部門次席。現役の防衛庁勤務である、学院の教官達でさえ一目置くその技量は、折野のそれをりようがする。

 瞬きをする度に、命が散って行く。

 銃撃の音と、どこの国か分からない言語の悲鳴がごちゃ混ぜに反響する。

 その音が徐々に小さくなっていき、最後の断末魔の叫びが上がって、静寂が戻った。

 事を終えて振り向いたミラは、月光を真っ赤な色ではじいた。


「あは、おっしまい。ジョー先輩、言う事聞いたから今度おごってー!」


 満足気な表情を浮かべて、ミラが戻って来る。


「お前のいた種じゃねえかよ」

「えー違うよお」


 ミラは子供の様に口をとが||らせくされる。


「戦部さんお疲れ様」


 俺の脇では、折野がミラをねぎらいながら死体の装備を確認している。

 身元不明のこいつらを洗うのは、折野の役目だ。


「どう? 何か分かったか?」

「さっき倒した敵の装備も確認したんですけど、イビリアの軍人ですね。言語から鑑みても、恐らくそうかと」

「イビリア? 地球の反対側からご苦労なこった。しかし毎度毎度、この間のきんこくの奴等にしろ、今回のイビリアにしろ、こんな場所─『外区』に何の用があんだよ?」

「最近軍事クーデターがあったばかりですからね。それの生き残りが亡命でもしたかったんじゃないでしょうか。かく、相手は軍人です。だから、三人でもう少し固まって行動しましょう」


 行き過ぎる俺とミラに対して、折野は冷静だ。一歩引いて俺達を操縦する役目。尤も、俺とミラに振り回されているという見方も出来るが。


「イビリアの奴等、すげしやべるのな。何言ってるか分からねえけど、さっき殺されかけた時も怒鳴ってたし、挟撃された時もずっと叫んでた」

「ああ、あれは神様にお祈りしているんです」

「祈り?」

「はい。イビリアは国教に熱心ですから。どんな人であれ、死した後、魂は安らかに。そう神様にお祈りをするんです。自分が殺す相手に対しても」

「はっ、てめえで殺す癖にか。だから宗教は嫌いだ」


 が出かかる思想に悪態をつく。幸せなその思考回路はかえってうらやましいとすら感じられる。

 皮肉なものだ。こんな場所で、神に祈るなんて。


「兎に角、ここから三人で─」

「あは」


 折野と共に意思確認の為ミラに視線を向けると、会話に参加せず上の空だった彼女は、窓の外を眺めながら笑っていた。

 ミラはまだまだ、足らないらしい。


「居る。下。居る。沢山、居る。沢山、殺そ。沢山。あは、あはは」


 思わず漏れてしまったかの様な声で折野を遮ると、その先の言葉を待たずして窓を開け、宵闇へ落下して行った。

 ミラお得意の移動術。建物の壁面にナイフを突き立てて移動し、窓側から急襲する。


「ああ、もう! 戦部さんちょっと!」


 折野は症状の出たミラを追って、階段を転がるように駆け降りて行く。折野の姿が見えなくなったのと同時に、下層から銃声が響く。

 ミラの戦型は奇襲・速攻だ。症状が出てしまえば、今の様に自分の感覚で飛び出す事は少なくない。

 尤も、単独の戦闘力が俺や折野とは比べものにならないから、俺達がそれを制止する事はない。

 だから、折野がミラをついじゆうしたのは言いかけた言葉の先が理由なのだろうが、折野が居ない今、俺に確認するすべはない。

 右手に握り込んだ銀色のBGモデルBG77ファントム・ピストルは小一時間程セーフティが外れっ放しで、そうてんされた十八発の弾丸は残り三。予備の弾倉も尽きている。

 この暗がりに巡る死線は、今直ぐにでも終着点に成り得る。

 だから、ここで待つのが一番いいのだろうが、俺の足は自然と階段へ向く。

 もしもそうなったら、その時はその時だ。

 銃声を後に、俺は一人廃ビルの階段を上る。壊れた窓枠から月明かりが照らす階を一つ一つ見渡しながら、その一番上を目指す。

 殺気だなんてオカルティックな言葉を使いたくはないが、研ぎ澄まされた感覚が何かしらの空気を感じ取る。

 最上階、違和感の方向、部屋の奥の暗がりから死角になる崩れた壁へ飛び込むと、先程まで歩いていた一直線上に向けてすなぼこりが舞い上がり、さくれつ音が響き渡った。

 先程射殺した〝敵〟の装備と同じ、イビリア国製のアサルトライフル。

 はるばるこんな国のこんな場所を選んで来る事もなかろうに。

 いや、逆か。

 こんな国の、こんな場所だから、やって来るのか。

 陰から飛び出すと正面へ一発。月明かりの届かぬその場所に居た筈の影は既にそこにはなく、空振り。先程とは打って変わり、部屋が月明かりで満たされる。暗がりの奥は非常階段口、その扉が大きく開いていた。

 発砲の残響音が消え入るのと同時に、暗がりの奥、屋上への非常階段を駆け上る音が微かに聞こえる。

 それを追う。ただ追う。いつもの様に、歩く。教室移動の階段を上るのと、なんら変わらない。

 俺にとっては、何も変わらない。

 屋上は腕時計の秒針がはっきりと視認出来る程に明るかった。

 陰から俺を撃たなかった理由は直ぐに判明した。屋上の中心でたたずむそいつは、アサルトライフルを放り投げた。

 間抜けな話だ。ただの弾切れ。あっけない。他国へ逃れた反逆者らしい哀れな最期だ。

 だが、男は死ぬ前の人間とは思えぬ程ぎらついた表情のままだ。

 その表情で、大振りのナタを腰から抜く。月光を弾く刀身に、心臓が跳ね上がる。


「ははは、今日の死線はここか。そういうの出されると、こっちのアドバンテージなくなるんだよなあ」


 通じぬ言葉を吐いて、二発の弾丸のみで、駆け出す。

 丸腰相手なら大分気が楽なんだが、ああいう物を持ち出されると、気がる。


「射程変わらねえんだぞ馬鹿!」


 叫ぶ俺に遅れて、相手も駆け出す。距離が半分詰まった所で、かたひざを突いて止まる。

 銃対刃物の対戦で、多くを占めるであろう決着が望ましい。

 一度の斬撃も放たれる事なく、射殺。これが、不測の結果を生まずに、最も望ましい。

 ダブルハンドホールディングに向くこの銃の形状を存分に生かして狙いを定め、詰め寄るナタへ一発。

 最も簡易な決着を求めたばくを打つ。こちらが追い詰めたであろう状況で、おくする事なくナタを抜いた事から、こいつがそれを振るうのにそれなりの自信がある事は容易に受け取れる。

 接近戦では、こちらが不利な筈だ。だから、ピンゾロを狙うかの様な博打を打った。

 月夜を切り裂いた弾丸は、発砲音を残して彼方かなたへ消える。この程度の距離では当たらない。そんな事は自分が一番良く分かっている。

 射撃の〝下手〟な俺では、間合い約五メートル。こんなに離れていては当たらない。

 二発目の狙いを定めるよりも早くナタの一撃目が振り下ろされた。外した弾丸に未練など感じているからだ。大振りが続くナタを、後退しながらける。

 二、三、四、五。

 水平に放たれた六度目の斬撃をかわした所で、バランスを崩す。後退させた左足、それが一瞬宙に浮いた。

 さくのない屋上、その縁に片足がかかる。

 好機ととら|えてか、七度目の攻撃は左腕を伸ばしてのどもとへの突き。それをまえかがみにい潜り、崩れる体勢の中、銃口を相手の顔面へ突き付ける。

 俺の銃撃はいつもこの距離だ。

 命をさらけ出す事で、相手との距離を縮めた。

 敵もまさか、ここが有効距離だと思っていないだろう。付け込まれたのではない。引き込んだのだ。

 軽く引き金を引く。瞬間、銃身が弾かれる。

 空いていた右手。それが真上に銃身を弾き、またも弾丸は狙いをれる。残弾数ゼロ。それを理解しているナタ男は、体勢を崩す俺に覆いかぶさる。もう、注意すべき武器はないのだから。

 屋上の縁にあおけに倒れ込む。その身体、下腹部の辺りにどっしりと重心を落として、男は俺を制圧した。

 月明かりに陰り、表情は読み取れない。

 右手で俺の喉元を押さえ、左手でナタを振り上げ、何かをつぶやいた。

 ああ、折野に聞いた、祈りとやらか。

 まったくもって馬鹿馬鹿しい。

 魂だなんだと、人は直ぐに死人を使って感傷的になりやがる。

 まったくもって不愉快だ。

 ただ、死ぬだけだというのに、何をしてやがる。

 ナタを振り上げた事で、男の重心がわずかに浮く。

 丸腰である俺に対しての油断と、神とやらに祈る様なけた同情心が隙を作った。

 男の振り上げの動作に合わせて、腰を勢いよく浮かせる。

 そのまま屋上の外側へ放り落とす様に、力強く男の体を押し上げる。


「っ!」


 当然、倒れる体を支える為、俺の喉元を押さえつける右手を離して地面に突っ張る。よろけた体を支えて、右膝を立ててバランスを取る。

 俺の体を押さえていた相手の両足が離れたので、即座に右側に転がって劣勢の状況から抜け出す。体を起こして、敵と対面する。

 窮地を脱した俺に面食らっているが、逃がしはしないといった目でこちらを見やる。

 そうじゃない。逃がしはしないのはこちらだ。

 屋上の縁、約五十メートルの上空で、絶体絶命の窮地から対等にまで状況を戻してまずやる事は逃走じゃない。

 俺の選択肢は、闘争だ。

 今、屋上の外側を背にしているのは、俺じゃない。こいつだ。

 俺の弾丸は、一発だけ残っている。命を奪う手段は、残されている。

 俺の命が、残っているじゃないか。

 人の命を奪うのに、自分の命があれば、十二分。

 そのまま、中腰の相手に向かって一歩。ナタを持つ左手の手首だけをがっちりとつかむと、屋上のコンクリートをった。

 俺の体が男を押し込み、二人して落下する。

 男は何か大きな声でわめいているので、静かに言ってやった。


「神様、どうか彼等を安らかに」


 笑いながら、言ってやった。


       ■


 まぶしさで目を開けた。

 月夜の自由落下は、ものの数秒で大きな衝撃と共に終わりを告げた。ビルの九階付近、隣接した立体駐車場の最上階で、目を覚ました。

 ああ、ここへ落ちたのか。

 見上げる先には、先程─と言っていいのか、激闘の屋上が。


「あ、起きた」


 声の方を向くと、返り血でストレッチ素材のシャツをらしたミラが居た。


「よお、ミラ。終わったか?」

「終わったよー。多分これで全員」


 言って、ミラは俺の隣で動かなくなっているナタ男を指差す。


「驤一先輩、どうせあそこから飛んだんでしょ。弾切れだから。絶対そうですよね?」


 ミラの反対側、腕を組んで俺を見下ろす折野は、やや不機嫌そうに言う。

 自分の行動を言い当てられているのがしやくなので、黙って立ち上がる。


「自殺行為ですよ。止めて下さい」

「違ぇから! 駐車場が建ってるのも知ってたし、思いっきり飛べば、ここの屋上に届くのも分かってた。お前ここどこだと思ってんだ? 外区だぞ? 俺の庭だ」

「別に驤一先輩が地形を把握していたかどうかの話じゃないんですよ。把握していようがいなかろうが、十メートル近く自由落下する選択肢を採る事を非難しているんです。〝死にたがり〟もいい加減にして下さい。今日は〝落ちたがり〟ですけどね!」

「うるせえな。別に勝ったんだからいいだろ」

「言っても聞かないので、僕はこれ以上何も言いませんけど! 戦部さんはせめてもう少し気を付けてね!」

「はいはーい!」


 折野の言葉に、ミラは手を挙げて答える。

 また今日もいつも通りに完結した夜は、いつの間にか白み始めていた。


「俺、結構寝てたんだな……もう朝じゃねえか」

「そうですよ! 全然起きないから死んだのかと! 頭打ってるみたいだから、運ぶ訳にもいかなくって困っていたんですからね!」

「あーそりゃ悪かった」


 大した反省もしていないが、取りえず口にだけ出しておく。


「結局、今日も特に何も見つかりませんでしたね。財務庁国税局西十七番街支局なし、と」


 折野はバックパックの中から小型のタブレットを取り出すと、今までに調査した中央庁関係のリストにチェックを付けた。


「七年前の戦闘区域ですから、驤一先輩の探し物も見つかれば良かったんですけどね」

「まあ、大して期待しちゃいねえよ。俺の場合は、当たりがあるかも分からない宝くじだからな」

「そうですね……」


 俺の探し物は、今日も見つからない。

 けれど、期待はしていないから、別段落ち込む事もない。


明日あしたからも頑張らないと」


 折野の探し物も、見つからない。

 過剰な正義感が折野を生き急がせるから、直ぐに明日を見据えた。


「早く帰って寝よう! 眠い!」


 ミラの探し物も、見つからない。

 探し物と形容していいか分からないミラの衝動は、今日も応急の妥協で鎮まる。


 俺は、『外区』と呼ばれる、夜を眠らぬこの国の、夜を眠らぬこの街が大嫌いだ。

 時計はブルーアワー。空は真っ青な薄明かり。

 その奥に、日常を過ごす『特区』が見える。


 俺は、この街から見るこの青だけは、少し好きだ。


(つづく)

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