十肆日目ー①

男は先ほどから黙り込み、豪華なソファーに居心地悪そうに座っている。


その様子を見ながらしばらく様子を伺っていたが、一向に変化がない状況に我慢出来なくなった別の男が、近くの椅子に座りぶらぶらと足をばたつかせていた仕草を止め、不機嫌そうに唸り出す。


「…つまんない。何か言えよみたらし」


「……」


テーブルに広げられていた和菓子の箱の中身はほとんどゴミ箱と化していた。


それだけ時間が経過しているにも関わらず、相手が何も話さないことに苛立ちを感じるのは最もだろう。


平時であれば、フード姿の男が発する不機嫌なものと殺気に近い苛立ちを鋭く感じ何らかのフォローを怠らない男も、それ以上に思考の渦に囚われてしまっているか、ただ黙って腕を組み、難しい顔をしている。


「つまんない、つまんなーい!…オレ帰る」


「……」


「もー!お前何しに来たの!?バカなの!?バカ!??」


「……」


「むー…」


子供の様にダダを捏ねてみても無反応。その内相手に遊びをねだることも嫌になったのか、フードの男がごつごつと重そうなブーツの音を鳴らしながら部屋から出ていく。


扉を閉める直前に「つまんないヤツはもうくんな!」と男が拗ねるように放った言葉に空返事を返すだけで、完全に閉まった後もぼんやりと焦点が合わないまま床を見つめ続けている。


単独行動が許されて、だけど行くアテなどここしかない。

そう思って足しげく通っても、未だにKINGに拝謁することは叶わない。

先程出て行った男とはよく会うが、そもそも男にも毎回会えるわけでもない。


それ以外の『永久欠番』に会うこともない。直通でここに来ているのだからそれは当然なのかもしれないが、1番最初に会った少女にもあれから会うことはなかった。


KINGはいない、そしてQUEENと呼ばれる存在も、いるかどうかさえまるっきりわからない。

わからないままただいたずらに日々が過ぎていくかのようだ。男は眉間に皺を寄せ、心の中で舌打ちをする。


こんなことをしている間に先日ついに4件目の被害者が出た。それがさらに男の神経を無駄に尖らせていく。


今度もまた被害者は男だった。もうさすがに上層部だけで秘密にするのはまずいと判断されたのか、やっと先日の会議で1,2件目の犯行と3件目以降の犯人が別人であるという可能性が話題に上った。

しかし、2つが完全に別人による犯行であることはことごとく伏せられたままだ。


どうしてこんなときにも協力出来ないのか。お互いに手の内を曝け出さないまま、相手の出方だけを伺うだけでは何の意味もないのに。

こうやって相手の懐に自分を忍び込ませて、何をさせたいのか。


これは仕事だと、おつかいと言う名の命令だと言い聞かせ続けていた。だけど、それもじりじりと神経をすり減らすだけで何の成果も上がってこない。


本当にこのままここにいていいのだろうか。


「……」


4件目は今までほとんど痕跡らしきものを残していなかった犯人も、小雨では証拠隠滅しきれなかったのか、いくつかの痕跡が残されていた。

きっとその痕跡や証拠から犯人があがるのは時間の問題なのかもしれない。


このままそ知らぬ顔をして捜査をしていれば、世間がざわついているこの事件も終息を迎え、また1つ人の記憶の中に埋もれていくのかもしれない。


だけど、男には何故か聞こえていた。


鳥の鳴き声のような、悲しい鳴き声が。


それがいたずらに男の神経をすり減らしていくものになっているのだが、『それ』が何かわからない。

死んだ者が発している泣き声か、自分達が見落としている真実のシグナルなのか。


どちらにしてもこれは見逃してはいけない。これはただの猟奇的な殺人事件ではない。本能に近いところでそう発しているにも関わらず、男は自らの内から出てくる本能に素直に従えずにいた。


「あなたはどう思っているのですか?」


いつの間にか場に声が響く。

顔をあげれば、いつの間にか反対側のソファーには何回か見た美しい少年が座り、底が見えない瞳でじっと男を見つめていた。

いや、観察していたと言った方が正しいのかもしれない。


「…わからない」


男は感じるがままに言葉を発した。


わからない、わからないがいけない気がする。

犯人は今も生きている、それをそのままにするわけにはいかない。

だけど、そのままの状態で何か手を加えてしまえば、別の何かを失う事になるのではないか。


それは大事なものなのかわからない。わからないが…


「声が聞こえるんだ」


「声?」


「鳥の…鳴き声みたいなの。死者の嘆きかどうかもわかんねぇけどな」


自傷気味に男が口元をあげるが、対する少年の表情は変わらない。


「高い……子供か…女か…そんな声。3件目から…ずっと鳴ってる」


こんなこと誰にも言えない。特異的な体質(死者を認識し、見聞き出来る)であることを知る者はわずかにいるが、その相手が思っている以上の特異的なことについては、今はいない父親以外に話したことはなく、男は今まで堅く口を閉ざし続けていた。


誰にも理解されないということがどれ程辛く悲しいことなのかは、男がよく知っていたのだ。


それをどうして今このタイミングでこの相手に話しているか、自分自身でもよくわかっていない。


それほどまでに追い詰められているのか、それとも蓋をし続けても聞こえてくる声に、何かしらの救いを求めていたのか。


「……」


少年は言葉を噛みしめるように沈黙すると、目の前にいつぞや男が見た白と黒の駒を乗せる盤を広げ、前と同様に明確な目的を持って駒を並べだす。





A B C D E F G H 

+ ● ● ● ● ● ● +

○ + ○ ○ ○ ● ○ ○

○ ○ ○ ○ ● ○ ○ ○

○ ● ○ ● ○ ● ○ ○

○ ● ● ○ ○ ○ ○ ○

○ ● ○ ● ○ ○ ○ ○

○ ○ ● ● ● ● ○ +

○ ● ● ● ● ● + +


「今のあなたはまるでこの盤の様だ」


男は見せられた白と黒の盤を見て何かを考えるように意図を考えようとしたが、ふっと息を吐く。


「またオセロか?」


その手のモノはごめんだとばかりに手を振るも、少年は諦めにも近い口調と瞳を逃がさないと言わんばかりに、そのまま言葉を続ける。


「あなたは勝ち真実に近い。だけど、四隅を取らなければ負けてしまうと言う既成概念にとらわれ過ぎて、本質を見失っています」


一呼吸置いて男を見つめる。全てを映し、全てを惑わす万華鏡のように。


「真実と、同じように」


「……お前は犯人真実を知っているのか?」


男の問いかけに、しかし沈黙でしか返さない。


「これはあまり難しい問題ではないです。しかし、正解以外だと黒は負けてしまいます。あなたはどこに自分を置きますか?」


「おい」


男はもう茶化すような瞳も言葉も発することはしなかった。その代わりに、投げかけられた波紋のような言葉を噛みしめて、もう1度盤を見つめていた。


盤上には見慣れない白と黒の駒が並べられている。過去に1度この少年と対峙したときも同じように意味の分からない言葉とともにオセロを並べられたな。


男は内心で鼻で笑いながらも、どこかぼんやりとする頭の片隅でそのときの光景を思い出す。

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