十日目ー③

「こうすれば…角取られちまうだろ」


とんっと盤の1つを指差すが、相手は俺の指をじっと見ながら何を思ったのか、視線を合わせずそのまま盤を見つめ続けている。


「人は大抵このゲームで最初に教えられるルールに“角は有利”だと教えられる」


思えばそうかもしれない。四つ角は取った方が優勢なのは間違いないし、端っこを取ればとる程後半有利に働く。

逆に真ん中をどれだけ取っていても、角を取れなければあっという間に逆転されることだってざらにある。


「まぁ、そうだろ」


説明にさして疑問も抱かずにそう答えれば、今度はすっと見られる。何だよ、俺なんか変なこと言ったかよ。


「ここに活路は1つだけ」


「1つ?…あー…わかんねぇよ。黒が勝つ方法なんて」


「違います」


「あ?」


「白が勝つ方法が1つだけ」



 A B C D E F G H


 ++ ○ ● ● + + +

 ++ ○ ● ● ● + ○

 ○ ○ ○ ● ○ ● ○ ○

 ○ ○ ○ ● ● ○ ● ○

 ○ ○ ○ ● ○ ○ ● ○

 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

 ○+ ○ ○ ○ ○ + +

 +○ ○ ○ ○ ○ + +


(これで白が?)


見慣れない盤上をじっと眺めても答えが浮かび上がってくるわけでもない。

何手か先を考えてみても白が負ける想像が出来なくて早々にお手上げのポーズを取れば、そいつは俺が最初に考えていたG2の場所をとんと指差す。


「そこは考えた」


「そうですね。勝負の展開をわかっていない人は安易に白をここに置きたがる」


(安易って……)


「仮に白がここに置いてくれれば、黒は先をそれ程考えずに勝つことが出来ます」


「え!?マジか」


ふっと笑うと、黒をそこに置き、それからいくつか駒を置き始める。

黒が白になり、白が黒になり、盤上がめまぐるしく変わって行くが、その内盤上の雲行きがおかしくなっていく。


「え?……マジかよ…」


さっきはあれだけあった白が行き場を失い、だんだんと息苦しくなっていく。

それとは反対に、黒はどんどんその羽を広げ、あっという間に盤上を黒く染め上げていく。


手が止まったときにはいつの間にか黒が盤上に広がり、数を数えてみれば本当に黒がこの勝負を制している。


「白の勝機は1つ。F1です」


「そうしたら結局黒が角取っちまうじゃねぇか」


「このゲームは角を取れば勝ちではありません」


きっぱりと告げる言葉は迷いなく、盤を元の形に戻すと、今度宣言通りF1に白を置く。


それから白と黒が交互に置かれては盤上をひっくり返していくのはさっきと変わらないが、今度は途中で大量にひっくり返されていたはずの白が返らず、黒が思うように羽を広げられていないような気がする。


「オセロとは」


ぱちぱちと淀みなく手を動かしながらも、駒が音を立てる合間を縫うように言葉が続けられる。


「序盤いかに相手に駒を取らせるかによります」


「はぁ?」


ぱち


「後半、相手に駒を置ける場所をいかに少なくするか」


ぱち


「動ける駒を閉じ込めれば」


ぱち


手が止まったときは今度は白が盤上を白く染め上げる。化かされているかのような盤上に、声がつまりうまく出せない。


「羽をもがれた鳥は、ただ地に堕ちるのみです」


「……」


何を言っているのかわからないでいるが、少年は振り返ることなく、俺があげたおもちゃの箱を脇に抱えると、すっとテーブルを撫でて去ろうとする。


「後は羽ばたけると信じている黒を殺せば勝てます」


呼びとめることも出来ずにいれば、いつの間にか後ろのドアが閉まる音が聞こえる。

はっとして後ろを振り返ったときにはすでに遅く、部屋には完成されたオセロの盤と、俺だけが残される。


(何なんだ…)


頭がいいガキなのは多分間違いないけど、静かにまるで俺に語りかけてくるような口調は、俺よりもずっと年上な威厳も持ち合わせている。

ただ知識をひけらかしている小生意気な感じだというよりは、別の感想を抱かせる不思議な雰囲気に、またしてもあっけにとられることしか出来ない。

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