伍日目①

さすがに二回目になると入り口でまごつくことも、エレベーターに驚くことも無くなったが、最初と同じように俺を迎えてくれた所長の顔には驚いてしまった。


「お待ちしておりました」


「……」


最初と同じように感情がほとんどわからない口調、だけど不意にどうしてかどの言葉に不協和音のようなものを感じてしまったら、そいつの態度が全ておかしいものだと感じてしまうようになるから、雰囲気から受ける印象と言うものは怖いところがある。


(何でこの人こんなにびくついてんだ……)


もしかして王のおもちゃとやらが外に出ていることが外部に漏れているのを知っているのだろうか。


俺が口外して、世間が混乱するのを防ぐために、何とか俺から情報を得ようとしているのか?だが、相変わらず移動中は一言も話そうとしないし、試しに当たり障りのない世間話でも振ってみたが、はいともいいえとも言えない曖昧な言葉がたまにぽつりと返されるだけだった。


(意味がわからん…)


俺のことでびくついている訳じゃないみたいだけど、だったら何があったというんだろうか。

托卵のことについてはあれが初めてじゃないだろうし、そうなると思い当たる節が全く見当たらない。


「……」


思わずじと目で振り返りもしない後ろ姿に視線を送り続ければ、俺の嫌味な視線にやっと気が付いたという演技付きでゆっくりと振り返る。


「何か?」


「……いえ何にも」


「……」


(ざまーみろ)


ほんの少しだけ胸がすっとしたのも束の間、今度はこちらの仕返しだと言わんばかりに背中越しに俺を見つめてくる。


「……何か?」


(ここで何にもとか言ったら腹立つな)


自分でしておいてなんだが。


「……KINGが」


「……は?」


「いえ、ごゆっくりお寛ぎ下さい」


言葉を言い直すことなく被せて台詞を言ったかと思えば、今度は一緒にエレベーターに乗ることなく俺をそのまま見送る。


(何だよ…)


確かにここにはKINGに会いに来ているわけで、こうやって俺がもう1度ここに来ることは相手もわかっている。それを所長は何故かびくついていて、それなのに見張ろうとせずに入り口よりももっと手前で俺を1人にしようとする。


ますます訳がわからない。いや、意味があるのかすらもわからない。


(もしかしたらあの人も俺と同じ?)


管轄しているのは間違いなくあの人が所属する権力側で、所長がこの場所では一番偉いという構造でここは造られているんだろうけど、中は全く違う力が働いている。


そう、ここに適応されている治外法権と同じように。


そして、その法のトップに立っているのは、『KING』。少なくとも今はそうなんだろう。

そいつが俺と2人きりになりたくて、だから呼び寄せた。だからあの所長は自分が制御出来ないことに恐怖を感じている。そこまで考えている内に重力が元の感覚に戻り、目の前の扉が開く。


相変わらずマホガニー製の扉は目の前にあって、だが前と違うところはそこが既に誰かの手によって開け放たれていたこと。


そして、目の前に点々と続いているのは・・・


「…絵具……いや…これは…」


(血…か)


トマトジュースにしてはややどす黒いものは、点々と部屋の中まで続いていて、人が1人通ったと思われる痕跡のように扉が開かれている。


「……」


今度は誰かが間違いなくいる。そう確信出来る証拠を目の前にして、思わず喉がなる。


足は最初と同じようになかなか前に進もうとしなくて、大きな舌打ちを1つ。


(今度は誰も中の奴を止める奴がいない)


危険であることを確認して、ぐっと息を呑む。

今度は元からある空気がゆっくりと肌を通り過ぎていくのを感じながら、扉を開く。


真っ赤な液体は部屋の最初にあったリビングのようなソファーのある部屋からまた別の部屋へと続いていて、どこからともなく水の流れるような音がする。


「この音は……」


音の出所を探して部屋を見回すと、机に向かって何かをしている影が目につく。


「……」


水音に紛れて聞こえなくなっていたが、よく耳を澄ませてみれば、何かかちゃかちゃと動かしている音と、わずかに漏れる椅子の音が、この部屋にもう1人いることを証明している。


「お前…」


「……」


今度はあのとき見た女の子ではなかった。かと言ってあのときちらりと見た男でもない。

青緑色のさらさらとした髪の毛は、微妙な光の反射で青にも緑にも、黒にも見せる不思議なもので、丁寧に編み込まれた前髪と、切り揃えられた髪は、まるで人形の様だった。


表情はほとんどなく、ただ時折わずかに瞬きするので辛うじて人形ではないとわかったが、黒と赤で揃えられたシャツとリボンスカーフは、不気味なほど整っている顔立ちとマッチして、からくり人形だと言われても変に納得してしまいそうになる。


女の子か男の子なのかもはっきりとよくわからない整った顔立ちの少年の手元は、青色で統一されている見慣れたおもちゃが丁寧にパーツごとに切り取られて広がっていた。


(あれって)


見知った馴染みのモノについ声が出る。


「それ、あれだよな。『蒼い流星』」


「……」


ちらりと俺を見た瞳は万華鏡のようで、俺はそのキラキラしながらも刻々と変化していく瞳の屈折の中に映り込んでいるだけなのに、囚われているかのような錯覚を起こす。


「こ…こんなところにもプラモは…あるんだな」


吸い込まれるような感覚に陥りながらも何とか言葉を続ければ、瞬きを1つした瞳がすっと俺からプラモデルの方へ移る。


「…違いは」


「……は?」


男の子にしては少しだけ高く、女の子にしては少しだけ低めの中性的な声がぽつりと落ちる。


「2つを分ける明確な違いは?」

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