壱日目(3)ー①

この場所に階段以外の移動手段があるのなら最初から使ってほしい。


そう心の中で思ったが、多分俺はKINGとやらには招かれていても、この人達にとっては『招かれざる客』であることには変わりがないだろうし、体力にはそこそこの自信があるから黙っておく。


重力を感じる限りでは下に向かっていると思うが、エレベーターというものはどうしてこんなに時間を長く感じさせるものなんだろう。

音を立てることなく止まったエレベーターが開くと、遠くに今まで白一色だった廊下に白以外の色が映り込む。


「ここから先はお1人でどうぞ」


マホガニー製の豪華な扉の前で突然道の脇で立ち止まってしまった所長に促されるように、おそるおそる扉に手をかける。

ここがそんな場所でなかったらホテルのスイートルームの入り口かと勘違いしてしまいそうな程、豪華な作りをしている入り口なのに、開けるのにやたらと緊張する。


「私はここで待っていますので。“彼ら”が来ると厄介ですので」


(彼ら…?ここは独房じゃないのか?)


蕨の話では房は完全個室だったはずだ。

その理由がまとまると管理しきれない程厄介な相手ばかりだからだと言われて納得したから間違いない。


しかし、内部資料は何も公開されていない。蕨の掴んできた情報が本物であったかどうかも確かめようがないし、表面を軽く撫でた程度の表向きの資料からの知識では、何の意味もないという事は、ここを少し歩いてみて肌で感じている。


(平常心だ)


この先にいるのは何も話が通じない化け物ではない。口ぶりからすると『KING』が1人、いるだけだ。


覚悟を決めてドアをノックすると、しばらくして中からカチリとドアが開錠された音が聞こえる。


(よし……行くぞ!!)


深呼吸を1つしてドアを開ける。

すると今まで密閉状態を保たれていた室内の空気が出口を求めて逃げていくかのように、生ぬるい風が俺の体を通り過ぎていく。


中はそのまんまホテルのスイートルームを意識して作られているのか、大きなソファーと豪華な造りの家具が並べられている。

テレビでしか見たことがない程整った部屋には外を意識してか、その手の事には全く知識がない俺でさえ高くていいものだとわかる位の厚手のカーテンが、窓らしきものを覆うように閉ざされている。


(すげぇ……)


完全にその場の雰囲気にのまれていた。だから、そこに調度品以外のものがあったことに気が付いたのは、ワンテンポ以上遅れてだった。


「っ!?」


個室にするには広すぎる部屋の中央、向かい合うようにしてセットされていた大きめのソファーに、黒い影がもぞりと蠢く。


「んー……」


それは大きく背伸びをしながらソファーから起き上がると、大きなあくびを1つ。


「お……っ」


「んー?」


(女の子!?)


しかも真っ黒なセーラー服に、真っ赤なスカーフ。その恰好はまるでどこかの高校生であるかのように、喪服にも使えそうな程黒と赤がまぶしい制服を身に纏っている。


顔はここが檻の中じゃなかったら芸能人かモデルかと勘違いしてもおかしくない。

年は見た目的にも、恰好通りでも俺よりも年下の女の子は、混乱して何も言えない俺などおかまいなしに、まだ眠そうに口元に手を当ててあくびを噛み殺している。


「あんた……誰?」


「そ、それは俺のセリフだ!おま…君こそ…」


(まさか…)


その考えが強くてなかなか肝心の確認を出来ないでいると、閉め切れていなかった扉からわずかに見えた先にいた人物が、さっきまでの俺とのやりとりからは想像も出来ない程人間味を帯びた口調で、叫ぶ。


「何故お前がここにいる!!」


「だって、KING待ってたら眠くなったんだもん」


「まさか…」


「KINGは“いる”よ。ここにいるのは“王の命令”じゃないもん」


(何を言っている?)


2人が交わしている言葉は全く理解出来ないが、辛うじてわかったことは、この子は俺が心配していた『KING』ではないということ。

この子はKINGを待っていたらしいが、それが所長にとってはよくないことのようで、さっきから強い警戒を示しているということだ。


「さっさと独房へ戻れ!!」


「うるっさいな。私に命令しないで」


強めの命令口調に対してちらりとドアの外へ言葉を放った女の子は、さっきまでの俺の印象を全てぶち壊す程強烈に、獰猛なものを滲ませた視線を送り返していた。

その言葉に、所長が顔を強張らせる。


「!!」


さらに緊張感を煽るように、突然警報のような甲高いものが響き渡り自然に上を向けば、女の子が俺の横を通り過ぎてドアを遠慮なしに開く。


「托卵かもよ?さっさと仕事に行ったら?」


「……」


「KINGも帰ってこないと暇だし、私も帰ろっと」


「……」


女の子を視界に入れたまま見送ると、所長はぐっと目を一度つぶると感情を殺したような表情を作り、踵を返す。


「お、おい!俺をここに置いていくなよ!」


ここにKINGがいないのは会話の流れから間違いない。肝心のお使いが出来ないのは何のためにここまで来たんだと言わざるを得ないけど、かと言ってこのままこの場所に放置されれば、方向感覚を完全に失っている俺がさっき見えた出口らしき場所が本物でなかったら、帰れる可能性はゼロだ。


すでにこの場所がただの人を収容している訳じゃないと言うのは、あの女の子1人を見ただけでも理解出来る。


(そんなところに置いていかれたら)


ここにはすでに誰もいない。それなのにどこからか見えないいくつもの視線を感じる。それがここにいるものなのか、ここに“いた”もののものなのかは判断がつかないが、確かなことはこの中にいる俺を異物とみなしている。そのことだけは確かだ。


未だ俺を捉えて離さない視線は、完全に迷子になるという以前の危険を、すぐ近くに感じさせる。


俺の必死の制止も耳に入らないのか、使ったエレベーターに乗り込もうとする後ろ姿を見失わないように走り出せば、いつの間にか部屋の扉は1人でに閉じられていた。

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