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「そういえば、花祝ってなんなん?」

「今さらか。というか聞いてないのか?」

「お母さん、うちがちっちゃい頃に亡くなってん。お父さんは知らなかったんやもん」

「・・・悪い」


 むうと拗ねたように唇を尖らせると、ばつが悪そうに史月が謝った。そわそわと着物で手を拭ったりしながらひなこをチラ見するあたり、罪悪感を抱いているのかもしれない。全然気にしていないひなこは、にこっと笑って口を開いた。


「別にええよ。で、なんなん?」

「花祝は花にことほぐって書く。花示の相手であり、花示が示し花祝が祝うことでその繁栄は永遠のものになる。それで一之瀬一族は栄えてきたんだ」

「えーと・・・おめでとさん、頑張ってなって言えばええんか?」

「まあ、間違ってはいないな」


 若干奥歯にものが挟まったような言いようだが合ってはいるらしい。

 実際にはもっとちゃんとした祝ぐ言葉があるのだが、ここで言うこともないだろうと思い、史月は黙っていた。


「そういえば、史月の家族は?」

「俺を生んだ女なら本家にいるが。花示は神の子だ、人の子じゃないから、家族なんていない」

「1人・・・なんか? あ、お女中さんがいるから1人とは違うか」

「あいつらも夜になれば帰るけどな」

「やっぱり1人なんか? ごめんな」


 うるっとひなこの涙腺が緩む。こんな端から端まで行くだけで1時間は優にかかりそうな大きなお屋敷で、1人きり。さぞ寂しいだろうに。


(うちが側にいてあげなっ!)


 相沢家は家族がいっぱいいる。ひなこ1人いなくなっても寂しくなるかもしれないが減るだけだ。史月のように隣に人がいなくなるわけではない。ひなこの父から受け継がれるお人よしの遺伝子がひどく疼く。


 ぐっとこぶしを握って、ひなこは御社おやしろと呼ばれるこの広い屋敷に、史月の隣にいることを心に決めた。


「任せとき!」

「は? ・・・よくわからんが、任せた」

「おう!」

「それと、聞け。花祝は就任時に3つ、願い事を叶えてもらえる」

「え・・・3つ?」

「ああ」


 よくわからないながらも、とりあえず史月はひなこに任せることにした。何をかは知らないが。

 それと同時に、居住まいをただしてひなこに向き直る。ひなこもぴっと座椅子の上で背筋を伸ばした。


 態度の割にはぽいっと投げるように言われてひなこは困惑した。ここに住むということは当然家族に会えなくなる。学校だって今のまま通わせてもらえるかわからない。そんな中で3つの願い事って・・・と思い、ぴんと来た。


「週1で家族に会いたいってのでもええのんか?」

「いいんじゃないか」

「せめて、大学までは行きたいんやけど」

「・・・いいんじゃないか」


 不満そうに顔をしかめてはいるものの、史月は良いという。ならばこれはOKの範疇なのだろう。

 ぱああああと顔を輝かせるひなことは反対に、きまり悪そうにさらに顔をしかめる史月。


(つまり、ここに住むけど家族にはいつでも会えるっちゅーことかい!)


 ようは寮に入っていると思えばいいのだ。もっとも寮に入ったらこんな頻度では家族に会えないだろうが。それを提示してくれた史月に、一気にひなこの好感度が跳ね上がる。


 結果、立ち上がってテーブルを迂回し史月の隣まで来ると、その手をぎゅっと握った。最大限の笑顔とともに。


「ありがとうな、史月!」

「・・・あ、ああ」


 顔を真っ赤にした史月に、何時までも、そう。お茶のお代わりを女中が持ってくるまで、ひなこは史月の手をぎゅっと握っていたのだった。

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