花示と花祝

「ひ、ひなこちゃん」

「お、お父さん」


 にやっとその花のような顔を歪めた、花示様と呼ばれていた少女から目をそらしたところで父を見上げる。目の端で舌打ちする少女が見えた。


 あわあわと2人であわてていると、苛立ったように少女が勢いよく立ち上がった。


 途端、先ほどまでの白い眼や喧騒が嘘のように引いていく。すべての視線はただ、花示と呼ばれた上座にただ一人立つ少女に向けられる。


 そんな中、まるでそれが当然とでもいうように、少女はひなこたちに向かって堂々と歩いてくる。その立ち振る舞いは実に優雅で、ひなこは内心ほうと息をついた。


(背、高いな・・・)


 160cmはあるだろう、ぼんやりとひなこたちにまっすぐに向かってくるのを見ながら、ひなこは思った。


 流した肩までの後ろ髪、サイドだけ伸ばした艶のある黒髪に映える白い椿の花を挿している。前髪は長く片目をひっそりと隠していてミステリアスだった。


 先ほどまで興味がなさそうに伏せられていたまつげはしっかりとひなこを見据えて、柔く甘そうな桃色の唇、桜の散った白い着物の奥に思わずどきっとするくらい、鮮やかな赤い襦袢を着ている。清楚可憐、大和撫子と言っても足りないくらいの美少女。


 ぎしっと床がきしんで、少女がひなこたちの前で止まる。


 ふわりと少女が連れてきた風に身を固くする相沢親子の前に流れた。少女は軽くかがむと、無造作にひなこの腕をとった。


「え・・・?」

「お前が花祝はなほぎだ。来い」


 大和撫子の顔立ちからもれたとはとても思えない雑な言葉に固まるひなこ。

 それにもう一度ちっと舌打ちすると、少女はひなこの腕を引っ張り立たせようとした。


「ちょっ・・・」

「早くしろ、ぐずぐずするな」

「こっちはスカートなんやぞ、ちょい待てや!」


 一応正式な場であろうと目立たないようにスーツと制服で来た相沢親子。周りは全員着物だったため場違い感は否めなかったが、変にラフな格好で来なくてよかったと父と言いあっていたところだった。


 もちろん、黒のセーラー服なため下手に立ち上がろうとすると下着が見えてしまう。

 腕を払って1人で立ち上がると、少女は驚いたような顔でひなこを見ていた。


「お前・・・」

「なんやねん?」

「いや、別に。来い」


 また腕を掴んで来ようと手を伸ばしてきた少女からさりげなく腕をかばうひなこ。

 ひなこは父を振り返って言った。


「お父さんも来るやろ?」

「何言ってんだ。来るのはお前だけだ」

「え?」

「花祝は花示はなときのもの。家には帰さん」

「は?」

「今日からお前はここに住むんだ。安心しろ、俺がいるから寂しくはない」


 まるで当然のことを言うように無感動にひなこを見ながら言ってくる少女。

 思わず助けを求めるように周りを見渡せば、それが普通で。むしろ何に疑問を抱いているのかわからないと首を傾げる人々しかいなかった。


「家族は!?」

「花示と花祝は互いのみを相手として生きていく。その他なんていらないだろう」

「家族はその他なんかやない!」


 少女が言った「その他」という言葉にかっとなって、ひなこは怒鳴った。

 もともとのつり目をさらにつりあげさせぎっと少女を睨むと、少女は不思議そうに袖で口を覆った。嫌になるくらい、優雅なしぐさだった。


「他人だ。つまりその他だ。・・・もういい。お前たち、花祝を連れて俺の部屋へ」

「な・・・待てや!」

「「失礼します、花祝様」」

「ちょ、何すんねや! お父さん!」

「ひなこちゃん!」


 少女からの指示とともに両側に来た顔がそっくりの和服姿の女中たちに腕をとられる。とっさに父の方を振り向けば、男3人がかりで組み付かれ一歩も身動きできないようになっていた。

 それでもただ、必死に手を伸ばしてくる父に、ひなこも手を伸ばす。


「お父さん! お父さん!」

「ひなこちゃん! 僕の娘を返せ!」

「あなたの娘ではありません。あの方は花祝様です」

「我らが一之瀬一族の繁栄のため、必要なお方です」

「何が不満であるというのでしょうか」

「僕の娘だ!」


 3人に押さえつけられながらも、言葉には屈せず自分の娘だと主張する父の声は。ひなこが襖の向こうに連れ去られてもまだ、響いていた。

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