前日のこと
遅延した電車に揺られて一時間。学校から家に帰るころには、空はすっかり暗くなっていった。それにひなこはため息をついた。クリスマス・イヴに学校で強制補習。とんだクリスマスプレゼントだ。
「やばいな、急がんと」
過保護な父によって玄関に置かれた大きめのホワイトボード。家族の1日の予定が書かれたそれ以外に子どもが外に出ていることを嫌う。母が亡くなってから設置されたそれは、父の心配の表れだった。
そして現在、ひなこがいるのはマンションのエントランス。ホワイトボードに書かれた時間より10分遅れている。
(せめてお父さんより先に帰っとかな・・・)
そうでないと「心配した」を何十回と耳にタコができるほどに、聞かされることだろう。
集合ポストから郵便物を取って、そのままの足でかつんかつんと革靴の音をさせエレベーターへと向かう。ちょうどよく来ていたそれに乗り込み、5階のボタンをひなこは押した。
回収してきたポストの中身を確認した。
町内クリスマス旅行のお知らせ、新聞の夕刊、教習所からの勧誘はがき。
「クリスマス旅行って・・・この寒いのに誰が氷洞行くっちゅーねん」
去年の参加者は3人だけで中止となったらしい。なぜ今年もやろうとする気になったのか、甚だ不思議だ。
それぞれの郵便物をめくるように確認していって最後。「相沢ひなこ様へ」と達筆に書かれた白い封筒を片手に、ひなこは首を傾げた。
「うち?」
ダイレクトメールには見えない、手書きのあて名。それも見覚えのある字ではない。
父のようにどこか丸みを帯びたものではないし、兄のように乱雑さもない。むしろ家族が改まってひなこに手紙を書く意味が分からないし。そして当然のように、こんな流麗な筆を持つ友人はひなこにはいない。
裏に返すと、差出人の名前のところには「
個人名ですらない。意味が分からない。
「誰やねん・・・」
ますます首を傾げながら、ひなこは封筒を無意味に振ったりエレベーター内の電灯に透かしてみたりする。が、良い紙を使っているのか全然透けない。ちなみに振ることで中には手紙が2枚入っているらしいことと、紙以外は入っていないのが分かった。
ポーン
軽快な音ともに到着を知らせたエレベーターを降り、冷たい風が吹き込んでくる廊下を進む。
507号室。相沢と書かれたネームプレートを確認してから、制服のポケットに入れていた鍵を取り出してドアを開ける。
玄関の扉を後ろ手にしめて電気をつけると、ひなこは父が帰ってきていないことにほっと胸を撫でおろした。
「ただいまー」
「ひなこ姉ちゃんお帰りー」
「おかえりー」
電気のついたリビングから返ってきた返事に頷きながら、ひなこはその場で白い封筒の封を切った。
拝啓から始まる堅苦しい挨拶を流し読みして、その後に続いていた言葉にひなこはまた、首を傾げた。
「‘
同封されていた地図に示されている赤い丸が御社ということなのだろう。
埼玉県、
「お参りでもせえゆうんか?」
ひなこは、というか相沢家は無神論者である。
イベントごとならば喜んで乗っかるが、形も見えない神にすがって何になるというのか。
(しかも12月25日って明日やんけ)
予定でも入っていたらどうするのかとひなこは手紙に呆れたまなざしを送った。いや、悲しいくらいにそんな予定はないが。
「ま、ええわ。お父さん帰ってきたら聞いてみよ」
そう呟くと、ひなこはスクールバッグの中に手紙を放り込んだ。
ふいに姿見が目に入る。
ツインテールにした腰まで長い髪。明るい茶色のそれに包まれた顔は目が大きいと言われる方だが、若干つり目なため気が強そうに見えるのが玉に瑕だ。
ごくごく平凡な顔立ちに、茶髪は案外黒いセーラー服と合っている。
幼いころは不良とからかわれもしたが、今はそんなこと言ってくる奴らもいない。
姿見から目を離すと、ひなこはリビングにいるであろう弟たちに声をかけた。
「姉ちゃん制服着替えたら夕飯の準備するからに、お手伝いの用意しといてなー」
「「はーい」」
元気のいい返事に苦笑しながら、ひなこは黒いタイツに包まれた足の先で靴を脱ぎ。スカートを翻しながら家に上がっていった。
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