第3話 シャセイ



第三話 『シャセイ』


殺意というのをはじめてもった。

いや、人生で2回目だった。


しかもその原因は、今、俺の目の前にいるひとりの女だった。

彼女の名前は、『白柳萄子 (しろやなぎ とうこ)』

あだ名はトーコ。甘いものが大好きで、よくケーキや饅頭を学校に持ってきてはパクパク食べていた。

だから『糖子』と『萄子』をかけてトーコと呼ばれていた。

学生時代、同じ部活に所属していたトーコとは、アニメの同人誌を通して仲良くなった。

俺の買った同人誌をトーコに貸して、そしてトーコの買った同人誌を俺が借りた。そんな交換日記のような行為をしているうちに、俺はトーコを好きになり始めていた。

俺の書いた同人誌を見せたりして、それをトーコに批評してもらった。

彼女は俺の書いた絵を、「上手だね!可愛く描けてるよ!」って誉めてくれた。

ネームを合作で作ったこともあった。


だからトーコも俺に気があるんだなと確信していた。


トーコはあまり見た目が美人というほどではないが、おさげにメガネという純情さが俺は好きだった。

それにかなりの巨乳でもあった。俺はいつもトーコの胸ばかり見ていた。体育の授業中、100Mを走るトーコの胸が、ブルンブルン揺れているのを見て、俺は激しく興奮した覚えがある。それでたまらなくなって、放課後にプールの側にある、あまり使われてないトイレで、ひとり自分のモノをひっきりなしに擦ったこともあった。そして、ひんやりとしたコンクリートの壁に、俺はそれをぶっかけた。その時の射精感は今も忘れないぐらいに気持ちの良いものだった。俺の射出した液体が、コンクリートの壁をダラダラと垂れていく。それを見ながらあることを閃いた。


(これをトーコの制服にかけることが出来たら・・・)


そんなことを考えていると、俺のモノはまたも直立し、ビクビクと隆起していた。

性欲を起爆剤とした人間の行動力は計り知れないものがある。

やってはいけない事をやるという行為に、人間はそこにロマンと興奮を覚えるのだろうか?

普段はそんな積極的な行為には及ばない自分であったが、その時は何かにとりつかれたかの如く、迅速に大胆な行為を行ってしまった。


放課後の誰もいない教室で、俺はトーコの机の前に立った。

そしてまわりに誰もいないことを確認し、机の中をゴソゴソと漁った。

残念ながらトーコの制服はおろか、体操着やジャージすら見つからなかった。だが、幸運にも一本の縦笛を見つけることができた。俺はそれを袋から取り出すと、無我夢中で縦笛にむしゃぶりついた。出来るだけ唾液をたくさん出して、チュバチュバと音を出してそれを舐めまわした。自分の唾液の匂いと、笛独特の臭みが合わさって、例えようのない臭みが俺の鼻を刺激する。だが、そんな臭みを嗅げば嗅ぐほど、俺はどんどんと興奮していった。

もう止まらないというか、止めようとする思考が一切働かなくなった時、俺はいつのまにか下半身半裸になっていた。そしてトーコの椅子に座って、机を力一杯抱きしめた。左手で笛を握り、口では縦笛を租借しし、両足は机のパイプ部分に絡ませた。もちろん右手は自分の性器をしごきながら。

縦笛をペチャペチャと舐める唾液の量があまりにも多すぎて、口からアゴにダラリと伝わり、机の上にポタポタと垂れた。俺は喘息のようにハァハァと激しく息を吐きながら、サーモンのように顔を真っ赤に紅潮させ、興奮の悦を噛み締めていた。もしこんな場面を誰かに見られてしまったら・・・そう考えるとさらに興奮の波が押し寄せ、この変態的行為を止めようとする思考を一切遮断してしまった。


だけどもこれでいいじゃないか!

一見、変態的に見えるこの行為だが、これは俺にとっては愛情の証なのだから。

だから、この世界では変態的行為でも、俺自身の世界に入れば、これが正しい愛情表現になるのだ。


俺は間違っていない!俺は正しいのだ!


もう俺には、後ろめたい背徳感は一切ない。

自分のしている行為は崇高な意思であり、洗練された儀式だ。

頭の中を大きなシャボン玉がフワフワと浮かび、虹色の空の向こうには、鈴色の大仏様が見えた。

俺は半分、失神したかのように、半目が白目にグルリと変わるような感じを覚え、そして絶頂に辿り着いた。

「・・ぅわあぁぁん!」

あまりの気持ちよさに俺は、産声を上げる赤ん坊のような奇声をあげた。

ビシャビシャビシャッ!

吐き出された快楽が、喜びのあまり高く大きく飛び散った。

その時の快感は、例えば宝クジで3億円当たったとしても、とうてい届かない程の至福の快楽だと思った。


ガタン!

その時。窓のカーテンが激しくなびき、黒板に掛かった地図が大きく揺れ音をたてた。

(やばいッ!誰かに見つかった!)

突然の出来事に俺は、尻尾を踏まれたネコのように驚き飛び上がった。

「な、なんだ、風か・・・」

窓の方を見ると、開かれたガラス戸から風が入っただけだった。

俺はふうっと冷や汗をぬぐうと、うつむいてポタポタと垂れる精液を眺めた。

「スゴイ量だな・・・それにいつもより飛んだ・・・気持ちよかったなぁ・・・」

トーコの机の上にブチ撒かれたそれは、激しく直撃した勢いでビシャビシャに散乱していた。

俺はこれをどうやって処理しようか考えているうちに、ある視線を感じた。

先生だった。


バン。

「おい!どうしたんだよ、ボーッとしちゃって?」

目の前の友人が俺の肩を軽く叩いた。

過去の記憶から現実に連れ戻された俺の目の前には、その忌まわしき元凶を作り出した人物がいた。

そうだった。今は高校の同級生と久しぶりに再会し、ファミレスでダベっている最中であった。

いけない・・・どうも俺は時たま、まわりを気にせずに、自分の世界に入ってしまうクセがあるようだ。

「紹介するぜ、俺の彼女のトーコ。おまえも同じ部活だったよな」

小太りの友人の隣には、俺の初恋の相手であるトーコが、少し照れながらちょこんと座っていた。

そのふたりが並ぶ様は、あまりにもバランスの崩れた構図で、ひどく不自然なものだと俺は感じた。

「あー、あ、ああ!トーコね?ひ、ひさしぶりだなぁ!それにコイツの彼女なんだって?や、やるなぁ!」

俺は思いっきり引きつった顔と上ずった口調で返答した。

あまりにも素っ頓狂な声だったので、友人もトーコも一瞬キョトンとして固まっていた。

「何ヘンな声出してるんだよ?オマエ」

「ふふっ、相変わらずオモシロイのね、二橋クンって。今でも描いてるの?」

トーコの言う『描いてる』というのは、もちろん同人誌のことである。

「いや、今は描いてないんだ・・最近はいろいろと忙しくてさぁ」

「何が忙しいだよ、オマエって今働いてないんだろ?ニートじゃん」

俺は友人の言ったニートという言葉に激しく反応し動揺した。

「ち、ちがうよ!俺は自分のやりたいことに向かっていろいろ勉強してんだよ!」

心の動揺を見透かされまいと、俺は必死で抵抗を試みた。

「へーそうなんか。専門学校?それとも通信教育とかか?」

「あ、ああ、そうだね。そういうヤツもやってるよ。あと少しで検定があるからさ、だから忙しくてさっ」

俺は間違いなく動揺しきって、まるっきりのウソをコトコトと並べた。

「スゴイね、二橋クンって。自分の夢もってやってるってカンジ。私なんて小さな会社の事務だよ」


謙遜して言っているが、トーコが勤めている会社はなかなかの大手だということを、俺は知っている。

学校の就職掲示板に張り出された会社名を、俺はハッキリ憶えている。そしてトーコの声を聞きたくて、他人名義を偽ってトーコを電話口に呼び出したこともある。それだけこの娘が好きだった。


「トーコの会社は立派なところだよ。それに女の子だからって、全くの雑用ばかりじゃなくて、大事なことも任されたりするんだろ?」

「あれ?二橋君よく知っているわね。そうなのよ、たまにちょっとしたプロジェクトの企画案とか任される時もあるの」

知っていて当然だ。俺もトーコと同じ会社に入りたくて、面接を受けようとして色々と現状などをインターネットの掲示板などで調べたからだ・・・しかし書類選考で落とされてしまったが。

「やっぱり現場よりもデスクワークの方が将来有望だよ。俺もそういった職種を目指してるからね」

俺は少し得意げに言った。トーコの前で格好つけたかったからだ。

「なんだよそれ、工場で働いている俺がバカみたいじゃないかよ」

工場勤務している友達が、不機嫌そうに言った。

「だってさぁ、いくら頑張っても現場のサラリーマンの給料はたかが知れてるじゃん。昇給しても5千円とかだろ?」

俺の的を射た言葉に、友人は顔を真っ赤にして怒り出した。

「あのなぁ!それでもボーナスちゃんと出るし、年功序列だから経験つめばエラくなれるんだぞ!バカにするな!」

(年功序列なんてもはや崩壊してるっつーの。今は能力給重視の時代だろ、この無能が・・)

俺は呆れて心の中でそう思ったが、それを言うと友人は益々怒りそうだったので言うのをやめた。

そして、面倒臭かったが、友人の怒りを静めようと次の言葉を選んだ。

「ごめんごめん。オマエみたいな人間が我慢して働いてくれてるから、日本の産業は成り立っているんだよな」

我ながら、友人をたてる上手い言葉だと思った。少しヨイショし過ぎたかな?

「ふざけんなよ!イヤミかよ、それ!」

ところが友人は、怒りが静まるどころか、益々怒りだした。

(なんだよ、せっかく俺が折れてオマエを持ち上げてやったのに・・・意味わかんねーな、コイツ)

俺は何故、友人が怒り出したのか皆目検討がつかなかった。昔からすぐカッとなるこの性格はあまり好きではなかったので、他の友人がケンカの仲裁に入ってくれるまでシカトしていた。

「俺はなぁ!昔っからオマエのその人を見下した態度が気に入らなかったんだよ!」

友人はテーブルを叩いて立ち上がり、今にも俺の胸倉をつかもうとしていた。

店内の客の視線が、こちらに集中しているのがわかった。それを見るに見かねた他の友人が、俺の思惑どうり止めに入った。

「まぁまぁ、せっかく久しぶりに会ったんだからやめなよ」


(やっぱりコイツか)


俺はこの友人が止めに入るのを想定していた。

ちょっと細身のなよなよとした体格のこの友人は、争いごとが苦手で、相手が悪くても自分からすぐに謝る情けないタイプだ。

(ふん、世渡り上手め。でもそれじゃぁ人の上に立つ人間にはなれないぜ、このガリガリめ)

俺はこの友人の性格も、昔からあまり好きではなかった。

自分の意思を曲げて相手に立ち向かえない人間は、この世界では三流に位置すると俺は思っていた。

「オマエがそういうなら仕方ないな・・・」

怒っていた友人は、ガリガリの一言に屈服し、しぶしぶとイスに座り、テーブルの上の水をガブリと飲んで気を落ち着かせた。

(まったくバカなヤツだ・・・自分の感情をコントロールできないやつは三流以下だ。

それにしてもこのすぐ怒る性格を、トーコはどこが気に入ったのだろうか?

顔だって俺のほうが美形だと思うし、太った体型で腹も出てるし。もちろん性格も悪いのに・・・)

俺は納得がいかなかったが、とにかくこの冷え切った場をもどそうと、細身の友人のガリガリがひとつの提案を出した。

「そ、そういやさぁ、トーコって今ひとり暮らししてるんだよね?確かここから近かったよね。今夜、鍋パーティーでもやらないか?」

「あ、いいね!オモシロソー」


天から降ってきた突然の幸福。棚からボタ餅。

ついに!・・・俺が長年憧れていたトーコの部屋に入ることができるのか!

それがどうゆう形であれ、俺はかまわなかった。

「じゃあ決まりだね、トーコのアパート探索隊、いざしゅっぱーつ!」

「ウフフ・・でもあんまり部屋を見回しちゃイヤだよ、恥ずかしいから」

俺は急にテンションが高まり、またしても上ずった声を出してしまった。

不機嫌そうな友人を尻目に、俺はトーコと友人が付き合っていることなど、全くお構いなしに話を進めた。


とりあえず友人の車でトーコのアパートへ行き、そこから近くの食料品売り場で買い物することになった。

買い出し組と、アパートでの準備組に分かれることになったので、俺は準備組にすすんでなった。

「じゃぁトーコと俺で準備してるから、買い出しよろしく。あ、それとシメジは嫌いだからエノキにしてよ」

スキヤキの材料を、こと細かにガリガリに指定する俺。

俺はどうしても、あのドス黒いシメジは食べれなくて、白くて清潔感のあるエノキが好きだった。

こういう時の俺のリーダーシップは、我ながらたいした統率力だと思った。

普通の人だったら、人を命令する立場を嫌うだろう。なぜならば、命令する能力が欠如しているからだ。

その点、俺は昔から人の上に立つことを意識してきたので、責任感のある立場は得意であった。

もってして生まれた才能。

いくら努力しても、なかなか身につく能力でないことは、俺は知っていた。

もし神様がいるのならば。俺が選ばれてしまったからには仕方がない。

この能力で、弱きものを統率しないといけない宿命なのだ。これは。

だから俺はそれを文句も言わずに実行しているだけなのだ。


「ちょっと待てよ、オレが準備するから、二橋は買い出しに行ってくれよ」

やはりというか予想通りというか。

この太ったブタ野郎は、いやしくも俺とトーコの仲に嫉妬して、子供じみたことを言い出しやがった。

「でもそれじゃぁ、誰が車の運転するんだよ?ワンボックス乗ってるのオマエだけじゃん」

「ま、まぁ・・・そうだけどさ・・・」

俺にイタイとこをつかれたブタ野郎は、言葉に詰まった。

それにしてもコイツは何てバカなんだろうか?

トーコと一緒にいたいからって、こんな幼稚な発言をするなんて。

俺とトーコが二人っきりになるのがそんなにイヤなのか、このブタ野郎!

これでトーコが、このブタ野郎を軽蔑したのは確実だ。

くくく・・・!

俺は体の奥底から笑いがこみ上げてきて止まらなかった。

だってまさに俺の思惑通りなのだから。

「じゃぁいいよ、俺ひとりで準備してるから、トーコも買い出し行ってきなよ」

「でも・・それじゃぁ二橋クンが・・・」

トーコはブタ野郎の顔をチラリと見た。ブタ野郎は一緒に来いよと言いたげな表情だった。

「いいのいいの。俺は準備するの好きだしテキトーにやっとくよ、ね!」

俺は万遍の笑みでトーコに言った。

「そう・・じゃあ、ゴメンね二橋クン。準備ヨロシクね」

そう言ったトーコは、俺に尊敬の眼差しを送っていたと思う。

当然だ。子供みたいにスネるブタと、大人の行動をとれる人間との格差が出たのだから。

ブタ野郎に対する格は下がり、俺の格は断然上がった。

本当に頭の良い人間は、こういう知的なやりとりを自然と行えるものだ。

それがこのブタ野郎には微塵もなかった。俺はいつの間にか、太った友人をブタ野郎と呼んでいたが、それで丁度お似合いだと思って、一生心の中ではそいつをブタ野郎と呼ぶことに決めた。

そういえば学生時代、こいつのことを何て呼んでいたっけ?それが全然思い出せないが、まぁよしとする。

ブタ野郎・・ブタ野郎か。それにしてもこの呼び方はお似合いだ。

我ながら、良いアダ名をつけたものだ。・・・くくく。


ブロロロォ・・・

下品なマフラーを装着したブタ野郎のワンボックスが、トーコとガリガリ、その他の友人を乗せて出発していった。

俺はそれを手を振って見送り、視界から消えると、俺は一目散にトーコの部屋に走って上がった。

そして鍵をガチャリと閉めると、ズボンとパンツをポポイッっと脱ぎ捨てた。

「うくくくく!」

楽しくて楽しくて、笑いが止まらなかった。

俺の作戦は、トーコがブタ野郎を軽蔑することだけではない。

ブタ野郎が文句を言い出すことはわかっていた。

この作戦の本当の狙いは、トーコの部屋で射精することなのだ!

まさに一石二鳥!一寸の狂いもない俺の完璧な計画!

俺の念願の夢がいま叶う時が来た!

俺は下半身丸出しで、トーコの部屋を奇声を上げながらグルグルとまわった。

「きゃほほほぉっ!」

まずはタンスの引き出しを漁り、ブラジャーとパンティーを物色した。

そしてそれを体の上下に装着すると、トイレへ行って便座を舐めた。

馥郁たる少し塩味の効いた苦味が香ばしい。

頭の中に、直接にブスッと注射器で麻薬を注入したような快楽感が、俺の体中をドクンドクンと走り回る。

オシリの穴からドッジボールが出てくるような脱力感を覚え、俺はテーブルの上にまたがるとそこで便を排泄した。

化粧台の鏡の前に映る自分はまさに変態の極致であった。

興奮を超えた悦楽に酔いしれた俺は、触れてもいないのにそのまま鏡に向かって射精してしまった。


そして。

トーコ達が帰ってくるまでの間。

俺は7回の射精を繰り返した。

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