戦神《クー》の星

 茅葺き屋根の平屋のコテージが、アタシたち宿だった。


「リゾート地のエキゾチックなホテルって感じね」


 籐のソファが涼しげでオシャレだ。アタシはソファに腰掛けて、すらりと長い脚を組んだ。ちなみに、現実のアタシも手足が長くて細身の体型だ。3D投射で作ったアバターだし、そんなに嘘はついてない。


 ラフはハンモックによじ登った。ニコルは、床に敷かれたキルトの上に腰を下ろした。ヒイアカも床に座っている。


 早速ですが、とヒイアカは切り出した。


「まずは、島の南の森へ行っていただきたいのです。そこには、オヘという名の精霊の少女が住んでいるのですが、このところ、彼女のやんちゃが目に余るのです」

「その子がどんなやんちゃをするの?」


「ニコルさま、聞いてくださいます? 月に一度、上弦の月のころ、オヘは人里に現れて貢ぎ物を要求するのだと……里の者たちが困っているようなのです」

「それって、やんちゃっていうか、もっと悪質な気がするんですけど」


「オヘは、もともと、力のある精霊ではありませんでした。むしろ、引っ込み思案でおとなしく、奥手でした」

「それが急にどうして?」


「ワタシは彼女の片想いを知っていました。オヘは、森を潤す雨の神に恋をしていたのです。彼女にホクラニを貸したのは、自信を持ってもらいたいからでした。ホクラニで身を飾った彼女は輝いていました。彼女は雨の神に想いを打ち明けました。けれど……」


 ヒイアカは目を伏せて、悲しそうに首を左右に振った。

 ニコルは肩をすくめた。


「ふられた腹いせにグレちゃったってところかな?」


 フアフアの村を案内されてる間に、なんとなく役割分担が成立している。


 ニコルがリーダー役。あれこれ指図するっていうわけじゃなくて、たとえば、三人まとめてヒイアカと会話するとき、ニコルのユーザがボタン操作をしたり合いの手を入れたりして、ヒイアカのAIに話の続きを促している。


 アタシにとっては、自動スクロールみたいな感じ。楽でいいわ。

 ヒイアカが話を再開する。


「オヘは失恋し、ひどく落ち込み、森の奥に引きこもってしまいました。泣き暮らしていたらしいのですが、その無念の思いがホクラニに作用したようなのです。あるとき人里に姿を現したオヘは、すっかり人が変わっていました」


「あらカワイソウ」

「お姫さま、言い方が冷たいぜ」

「見も知らぬ他人の恋バナなんて興味ないもの。とにかく、ホクラニを取り返して、オヘを正気に戻せばいいんでしょ?」


 アタシの言葉に、ヒイアカはうなずいて、うるんだ目でアタシたちを見つめた。


「このようなことになるなんて、ワタシが間違っていました。オヘにホクラニを貸さなければよかった。皆さま、お願いです。どうぞ彼女を救ってください」



***



 装備品の変更は特に必要ない。でも、ウィンドウショッピングは楽しい。アタシたちは、村に立ち並ぶ露店をひととおり冷やかして回った。


 ピアズの世界では、携帯できる回復アイテムはとにかく高い。安上がりでスピーディな回復には、人里で休憩するのがいちばんだ。食堂でのごはんや治療院での施術でステータスを回復できる。


 でも、放っておいても、一分ごとに最大ゲージの一パーセントが回復する。一日あたり四時間までしかプレーできないから、回復アイテムなしでも、どうにかやりくりできるゲームバランスだ。


 ニコルは食材を買い込んだ。


「アンタ、料理のスキルを持ってるの?」

「うん。けっこう何でも作れるよ」

「それ、便利!」

「でしょ」


 料理スキルは、旅先で、食堂と同じ効果を発揮する回復手段だ。回復アイテムと違って、食材はけっこう安い。料理が作れるなら、便利なことこの上ない。


「でも、アンタ、変わった趣味ね。普通は料理より戦闘スキルを優先させて習得するものでしょ?」

「ボクの場合、戦闘はラフがいるし。料理人としてお役に立つから、期待しといて」

「興味はあるわ」


 今、料理スキルは三十種類くらい配信されている。それぞれ、効果はいろいろだ。


 ケガや毒によって減らされるヘルスポイントと、移動やスキル発動によって消費するスタミナポイント。その二つを回復させることと食材を効率的に使うことと、うまく料理スキルを活用するためには、当然ながらたくさんのレシピを習得しておいたほうがいい。


「見て見て、シャリン。ボクのレシピコレクション!」


 ニコルのパラメータボックスには、ずらりと料理名が並んでる。配信されている料理スキルのすべてがそろっていた。


「物好きね」


 誉める代わりにそう言って、アタシたちは再び旅路に就いた。



***



 オヘが持つホクラニは「戦神クーの星」と呼ばれる。戦神クーがホヌアの夜を支配する上弦の月のころ、最も強い力を発揮する。


 シダ、ツタ、アコウ、ヤドリギ。そのほかたくさんの植物が生い茂っている。その全部がやたらと巨大だ。


 ここは熱帯雨林。ホヌアの南側一帯に、うっそうとしたジャングルが広がっている。


 先陣を切るニコルが杖を掲げる。植物がワサワサと動いて、勝手に道を空けた。ニコルの使役魔法だ。かなり強力みたい。


「ボクの魔力は植物系に特化してるんだ。なかでも、使役魔法は最高レベルまで修得してる。だから、こういう森のエリアでは、ボクは無敵だよ」


 ニコルはフキの葉を椅子にして座ってるんだけど、そのフキの茎は二股に分かれて脚になって、すたすた走ってる。


 隊列の順番は、アタシがニコルの後ろ。アタシの後ろにラフ。森の奥へ奥へと、アタシたちは進む。


 ラフが笑った。


「やっぱ、ひっでぇよな、ニコルって。このエリア、ほんとは、アクション要素満載の迷路型ダンジョンだぜ。それをニコルのやつ、まっすぐ切り開いてくんだから。ダンジョンを設計したプログラマは、きっと今ごろ涙目だ」


 アタシは小首をかしげた。っていう動きは、画面には再現されなかった。


「でも、ニコルって、ステータスは相当な傾斜配分よね? これだけ強力な使役魔法を持ってるんだから、ツケも相当じゃない? 体力も腕力も皆無でしょ」

「うん。体力は自信ないなあ。このクラスのボスにぶん殴られたら、一発で戦闘不能かもね。腕力は一応、魔法使いキャラの平均値くらいかな。杖の重量もゼロではないから。シャリンの剣なら、ギリギリ装備できると思う」

「何にせよ、ひ弱の非力には変わりないわね」


 ニコルが緊張感のない声で警告した。


「あ、前方にモンスター発見~」


 虫や鳥の姿のモンスターだ。ただし、サイズはアタシの身長より大きい。


 ニコルは杖を伸ばして、手近なツタに触れた。ツタは、するすると伸びてモンスターに絡みつく。狙いは羽や翼だ。ツタにまとわりつかれて、モンスターが動きを止める。


「行くわよ、ラフ!」

「おう!」


 アタシは剣を抜いた。ラフは、ブーツに隠した短刀を取り出した。背中の双剣を振るうには、

バトルフィールドが狭すぎるから。


 動きを封じられたモンスターに、あっさり、とどめを刺す。バトルはあっという間だった。

 アタシは剣を鞘に収めて髪を払った。これ、アタシのお気に入りの勝利モーション。


「ニコルがいると、便利ね」

「でしょ。形勢がマズいときには二人の後ろに隠れるから、そのときはよろしくね」

「はいはい」


 雑談しながら歩いていく。


 ニコルは、かわいらしい見た目どおり、人当たりがいい。軽い話し方のラフは、ときどきムカつくけど、悪いやつじゃないみたい。


「アンタ、変わった名前を使ってんのね」

「オレのこと?」

「そう、アンタよ。ラフ・メイカーだなんて」


「二十一世紀の初めごろに流行った懐メロのタイトルだよ。親父のミュージックポッドから発掘して、気に入った曲なんだ。で、シャリンの名前の由来は?」

「ゲームでは必ずシャリンってハンドルネームを使うの。深い意味はないわ。好きな字を重ねただけ」


 ニコルが、アタシを振り返る。


「ボクたち、シャリンの名前を知ってたんだよ。コロシアムモードに記録が残ってるからね。いつも一人でステージをクリアしてるでしょ。すごいなって思ってた」

「ひょっとして、アンタたちがホヌアを選んだ理由って、アタシがここに入ったことを知ったからなの?」


 ニコルはちょっと笑って前を向いた。ラフがアタシの後ろ側から答えた。


「前のステージの終盤で追いついたんだ。お姫さまは気にも留めてなかっただろうけど、こっちはアンタに興味があったからさ、ステージを移るタイミングを揃えて、声かけさせてもらった」

「興味があったって……な、なによ、それ?」


「ん? 言葉のとおりそのままの意味だけど?」

「こ、このストーカー!」

「まあ、追っかけをやったことは否定しない。いやな思いをさせたなら謝る。すまん」


 サクッと謝らないでよ。調子狂う。


「べ、別に、今さら、もうどうでもいいわよ。とにかくっ、アタシの足を引っ張ったら許さないわよ! すぐピアを解消してアンタたちを置いていくんだからねっ」

「はいはい。お姫さまに置いていかれないように精進するよ。ところで、ニコル。時間、そろそろだろ?」


 ラフが言う時間っていうのは、現実での時間のこと。


 今日は、一緒に行動するようになって二日目だ。待ち合わせは、熱帯雨林の入り口だった。ラフとニコルのほうがアタシより先に来ていた。


 ニコルはパラメータボックスを開いた。


「うわっ、ヤバい! 残り三分を切ってる!」

「そうなの? アタシはあと二十五分くらいあるけど」

「今日はボクだけ早めにログインしてたんだ。先に入って設定をいじらなきゃいけなかったから。中途半端だけど、ボクはこのへんで落ちるしかないね」


「ニコルがいないと、道が面倒くさくなるわ。アタシたちも今日はここで足止めね」

「ごめん。シャリンは明日も入れる?」

「入れるわ」


「じゃあ、午後八時ログインってことで集合しよう。ここをポイントにするけど、買い物とか大丈夫?」

「了解よ。変更があったら、サイドワールドでメッセージを送って」

「オッケー。バイバイ、シャリン。また明日」


 ニコルは手を振って、ふっと消失した。

 景色が一瞬で変化した。深い緑色が一斉に覆いかぶさってきた。


「こんなんだったんだ……」


 ニコルの魔力の前では従順だった熱帯雨林が今、妖気すら漂わせている。襲いかかってきそうだ。足下に、ニコルが使役していたフキの葉が落ちていた。


「こりゃあ、やっぱ、完全に足止めだな」


 ラフは、目の前にそびえ立つ巨大な木を見上げた。鳥の声が降ってくる。ギャアギャア、と、不気味な鳴き声。


「ラフ、どうする? アタシたちも落ちる?」

「んー、せっかくだから何か話そうぜ。ほら、クォーターミニッツのご褒美、まだもらってないしな」

「バカ! ログアウトするわよ」


 冗談冗談、とラフは手を振ってみせた。コイツのこういう軽いノリ、ほんとにムカつく。


「お姫さまは、いつごろからピアズやってるの?」


 当たり障りのない話題に切り替わった。普通の会話だったら続けてもいい。画面に向かっての会話なら、アタシも一応ちゃんとできるから。


「アタシが始めたのは、一年くらい前よ。ピアズが配信されて、半年以上たってたと思う」

「半年以上か。いいタイミングだな」

「どういう意味?」

「ちょうどバグがなくなって、運営が落ち着いてきた時期だから。ほら、ピアズは『法令上、唯一公認されたオンラインゲーム』って政府のお墨付きで、仰々しく配信が開始されただろ」


 二十一世紀初めごろと違って、今は、ネットの世界は全面的に管理されている。「ネットで他人とつながるゲーム」だなんて、アタシが小さいころは昔話みたいなものだった。


「最初はユーザが殺到して、サーバの負荷がハンパなくてさ、フリーズやエラーが、しょっちゅう起こってた。国内外のエンジニアを総動員で駆り出して、大騒ぎだったんだぜ。そんだけでっかい社会現象なの、ピアズってゲームは」

「詳しいのね」

「オレも駆り出されたもん。オレってば、できる男だから」


 なによ、それ? 結局コイツ、自慢したかっただけなの?


 でも、それでわかった。ラフの「中の人」ってエンジニアなのね。しかも、かなりピアズに詳しい系の。どうりで、隠し技みたいなスキルばっかり持ってるわけだわ。


「言っとくけど、アタシは、流行りに乗っかったわけじゃないわ。数十年ぶりのオンラインゲームだから、なに? アタシは、レトロでシンプルな剣と魔法の世界観が好きなの。ほかに興味のあるゲームがなかったからピアズを始めたのよ」

「なるほどね。オレも、ピアズの世界観が気に入ってるよ。二十世紀末ごろの古き良きRPGみたいだよな。オレ、あの時代のRPGをマジでリスペクトしてる」


「古き良き、ね。復刻版を兄が集めてるから、アタシもひととおりプレーしたわ。グラフィックは頼りないけど、ストーリーはいいのよね」

「お、話が合うな」


 ラフがアタシを見つめて微笑んだ。


 彫りの深い顔立ち。黒いふたつの目が、キラキラ輝いている。吸い込まれそうなまなざし。こうやって見てたら、傷のあるラフの顔、ほんとにカッコよくて。


 じゃなくて。

 アタシは慌てて目をそらした。


 グラフィックがキレイすぎるのも問題だわ。ネットを介した向こう側にはユーザがいる。それなのに、うっかり見とれちゃうなんて、恥ずかしすぎる。


「あ、アンタたちは、ピアズ、どうなの? どれくらい、やってるの? レ、レベル自体は、かなり、低いみたいだけど」

「オレたちは、まあ、四ヶ月ってとこかな」

「ええっ? う、うそっ?」

「うそじゃねえよ。てか、ニコルのパラメータ、チラッと見てたろ?」


「レベルだけは見たけど。言われてみれば、確かに、四ヶ月……でも」

「なんなら、プレー履歴、しっかり見せようか? ハイエストクラスのステージは、これで二つ目だ」

「そんな短期間でここまで来たなんて、信じらんない」


 アタシがハイエストに来るまでに、半年以上かかったのに。


「いや、だって、オレたち、一人じゃねえから。オレとニコルは最初からピアを組んでるんだ。お互いのスキルを活かし合いながら進めてきた」


 言い訳するみたいなラフの口調に、アタシも気を取り直した。いや、まだ釈然としないんだけど。


「スキルって? ニコルは完全に補助系の便利屋だけど。アンタも何か特殊なことができるわけ?」


 ラフは、あのムカつく笑顔をつくった。


「焦るなよ。おっつけ披露していくさ。といっても、お姫さまほどの手数は持ってないぜ。お姫さまは、配信されてるスキル、全部ゲットしてるんだろ。その貧乳戦士体型で修得できるやつ、全部」

「アンタ失礼すぎる! スピード重視の戦士タイプよ。ひ、貧乳とか言わないで! スキルなら全部キッチリ持ってるわ。そんなの当然でしょっ」


「当然と言うかねぇ? 保有数マックスまでスキルを持ってるユーザって、国内でも片手の指で数えられると思うけど」

「アタシにとっては当然なのよ」

「サイドの作業クエで頑張ってるってことか」


 スキル修得のためのシングルクエスト、通称、作業クエスト。オンライン本編じゃなくて、オフラインのサイドワールドに用意されてる修行モードだ。


 作業クエストでのスキル修得は効率が悪い。オンライン本編のほうが、経験値以外にもいろいろボーナスがあるから、レベルアップもスキル修得も圧倒的に早い。


「好きなのよ、作業クエ。集中してたら、時間を忘れる」

「シャリンの『中の人』って女だよな?」

「は?」

「いや、なんというか、作業クエで黙々と複雑なコマンド入力に集中し続けるとか、そんなん好きなのって、だいたい男じゃん?」


「アタシのことオカマだっていうのっ? 女に決まってるでしょ!」

「んー、まあ知ってるけど」

「なんで、何を、知ってんのよ!」

「さあね」


 ラフは、一文字傷のある右頬で笑ってみせた。アタシの髪の一房に、ひょいと触れる。


「ちょっとっ」

「きれいな色だな」

「許可なく話をそらさないで!」

「いいじゃん。女の子を誉めるのに、いちいち許可も必要ねぇだろ?」


「話が中途半端になるのが気持ち悪いのよ!」

「じゃあ、さっきの作業クエの話は終了。黙々と修行しまくってきたから、今のお姫さまの強さがあるってことで、オレは納得した。これでOK?」


「……OKってことにしてあげるわ」

「サンキュ。今みたいに、どういう会話の組み立て方がOKとかNGとか、ズバッと言ってくれよな。っつっても、お姫さまの考え方はどうやらロジカルなタイプみたいだから、けっこうやりやすいぜ」


 アタシは驚いた。アタシの考え方も性格も、面倒くさいって言われることしかないのに。


 ラフは改めてアタシの髪の色を誉めて、どこで入手したのかを訊いてきた。アタシは誘導されるように答える。


「コロシアムで勝ち抜いて手に入れた限定カラーよ。持ってる人間は相当少ないはずだわ。アタシの髪は、もとは赤毛だったんだけど」

「シャリンには、赤よりこっちのほうが似合いそうだ」

「そ、そういうナンパな言動はやめなさいよ。いい加減にして。ぶっ飛ばされたい?」


 ペースを乱されて、アタシは本気で戸惑った。

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