1. 銀狼の姫 -A Lady with silver eyes- (2)

 十一人の若者が並んでいた。

 全員が同じローブを身につけている。学院生の証として支給された物だ。簡素で飾り気もないが質は良いようだ。素材が軽く作りもゆったりとしているので長時間着ていても苦にならない。こんな良いものを無料で貰えるなんて学院に合格できて良かった、とフィルは思っていた。

「諸君」

 若者たちの前に立った老人が重々しく口を開いた。先ほど学院長のドワイト・ブリューゲルだと紹介されていた。銀色の髪にはところどころ白い物が混じっている。しかしその眼は鋭く輝きを放っていて、活力を感じさせた。痩身だが威圧感がある。

「諸君等は入学試験において優秀な成績を残した。筆記と実技、そして口述での面接において、自らが学院にて研究するに足る存在であると証明した。まずその事に賛辞を送りたい。その才能と努力に、最大限の敬意を持って迎えよう」

 フィルは部屋の中を見渡した。部屋の中央に新入生が並んでいるが、フィルの位置からは他の生徒の顔は見えない。どんな同期がいるのかほとんど知らなかった。入学試験の時にはそんなことを気にしている余裕はなかったし、合格後に顔を合わせる機会も無かった。

「諸君等はこれから魔術師としての第一歩を踏み出すことになる。今日は記念すべき日となるだろう。しかしそもそも魔術師とは何なのか。学院の一員となるということにどんな意義があるのか。入学するにあたり、諸君等にはそのことを認識してもらう必要がある」

 新入生の周りには十数名の人物がいた。ほとんどが年配で若者は一人も居ない。風体から魔術師と判る。恐らく導師が集まっているのだろう、とフィルは想像した。一人一人確認してみたがアリステアの姿はなかった。代理なのだろうか、ベナルファが部屋の隅で神妙な表情を浮かべていた。

「魔術とは何か。魔力こそがこの世界の根源であり、全ての根幹を成すものである。故に魔術は万能であり、あらゆる事を為し得る秘術である」

 老人の口調に熱が籠もる。その姿はどこか異様でさえあった。魔術に対する妄執が感じられた。

「魔術を行使できれば魔術師なのか? 否。魔術の力は強大である。それ故、使う者には責任が求められる。強力な力を野放図には出来ぬ」

 フィルは眼を閉じた。故郷の村が思い出される。私塾の講師も同じような事を言っていた。魔術の力は強大だ。行使する者にはそれなりの責任が付随する、と。

 しかし力は魔術だけが持っているわけではない。剣や弓など各種の武器は当然脅威になり得る。人によっては素手でも十分相手を害することが出来るだろう。身の回りに影響を与えられる、という意味においては魔術で出来ることなどたかが知れている。

「学院に所属する魔術師には内規に従って貰う。細々した規定は後ほど書面で交付する。しかし原則としては二つだけだ。一つ。魔術を私利私欲の為に用いてはならぬ。一つ。魔術の脅威を衆目に晒してはならぬ。以上だ」

 老人はそう言って言葉を切った。新入生をじっくりと見ている。最後にフィルと目が合った。鋭い視線をフィルは緩慢に受け止めた。

 これが魔術師というものか、とフィルは思った。アリステアに対する印象とはまるで違う。魔術に対する強烈な自負と絶対的な信頼が感じられた。魔術こそが世界を支配し、統括する唯一の手段だと信じ切っているようだった。魔術師である以上、それは自然な姿かも知れない。魔力を操り現象として行使することで彼はここまでの数十年間を有意義なものにしてきたのだろう。

「諸君等が学院に入学することを許可する。今後は学院の一員として研鑽を積み研究に従事することを期待する」

「はい!」

 十人の声が唱和した。フィルだけが口を開かなかった。

 学院長が壇を降りる。入れ替わりに前に立ったのはまたも銀狼の民だった。しかしこちらはまだ若く、フィルとほとんど歳の変わらないような少女だった。

 ローブを翻して娘は振り向いた。その顔を見て、フィルは彼女が昨夜屋敷から出てきた少女だと気がついた。今日は昨夜のような盛装ではなかったが、それでも内側から華やかさが表れている。彼女は一度、部屋の中をゆっくりと見渡した。部屋中の視線がきちんと自分に集まっているか、確認しているかのようだった。

「学院長。そして導師の方々」少女は良く通る声で話し始めた。「本日はご列席頂きありがとうございます。私たちはこれからこの魔術学院の一員として、努力を積み偉大な魔術師を目指していくことを誓います」

 少女はそう言って深々と一礼した。非常に短い挨拶だとフィルは感じた。しかしとてもありがたかった。一刻も早くこの退屈な儀式を切り上げて欲しかった。

 元の位置に少女が戻るのを待って、閉会が告げられた。学院長がゆったりと部屋に出て行く。その途中でフィルの脇を通り、そこで足を止めた。

 老獪なグレーの瞳がフィルを捉える。フィルは真っ向からそれを見返した。視線がぶつかり合う。

「フィラルド・セイバーヘーゲン」

「はい」

 フィルは短く返事をした。何故判ったのか、とは問い返さなかった。今年の入学生に黒鴉の民は一人しか居ない。

「お前は何者だ?」

「魔術師見習いです」

「今からは見習いではない」

 学院長はそう言って唇を片方吊り上げた。

「心致します」

「君には期待している」

 フィルの返事に間髪入れずに学院長はそう言った。それからさっさと部屋を出て行く。フィルは振り向くことすら出来なかった。

 三々五々、導師たちが部屋を出て行く。静まりかえっていた室内が少しざわめいていた。

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