◆第十章-見えた敵-

*可愛い人々

「──っう」

 意識を取り戻したアレサは頭を振って体を起こした。肌に伝わる空気から、今までいた場所ではないのだと解る。

「ここは」

 眼前に広がる景色に息を呑む──そこには紛れもなく、青々とした草原が見渡す限り続いていた。晴れた空にはトンビが舞い、もうしばらくすれば太陽が世界を夕闇へ誘う頃合いだ。

「みんな、無事か?」

 次々と目を覚ます仲間たちに声をかける。

「ここはどこじゃ?」

「シャグレナ大陸でないことは確かですね」

「ミシヒシー! こらー!」

 ヤオーツェはパニックを起こしているスワンプドラゴンを追いかけ、ユラウスがそれを横目にしつつシレアに歩み寄った。

「あの魔法をどこで覚えたのじゃ」

「マイナイのデスクにあった紙に書かれていた」

「あの短時間で覚えたというのか!?」

 無表情に答えたシレアに目を丸くした。アタラクトは最上級魔法だったはず。なんという習得力だ。

「マノサクス、上空から確かめてくれないか」

「わかった~」

 シレアの指示で翼をはばたせる。大きな翼はさすがに迫力があるものだとアレサたちは感心するように、みるみる小さくなるマノサクスを見送った。

「ん~……?」

 そうして、上空から見える景色をじっくりと眺める。

 シャグレナ大陸を通過するときはさして面白くもない風景に眺めることはあまりなかったものだが、ここはどうやらまったく別の場所らしい。

 連なる山々と森、草原が果てしなく広がっている。ここは見覚えがあると確認して降下した。

「解ったか?」

「ここ、コルレアス大陸だ」

 それに一同は顔を見合わせる。

「それは本当じゃな?」

「ウェサシスカから見たのと同じだよ」

 浮遊大陸ウェサシスカに住んでいた彼には、上空からの風景は見慣れたものだ。

「どこら辺りか解るか?」

 ユラウスの言葉にアレサが地図を広げた。それをしばらく眺め、マノサクスは一点を示す。

「ふむ。コルレアス大陸のほぼ中心辺りかの」

「南に下ればコルコル族の集落があるよ」

 マノサクスは森に囲まれた大体の位置を指し示す。リャシュカ族とコルコル族は昔から交流が盛んで現在もそれは続いている。

「コルコル族の生地はオレたちのお気に入りなんだ」

 着ている服を嬉しそうに示した。落ち着いた薄青色のシャツは、丈夫で繊細な作りだと解る。

 コルコル族は手先が器用で、彼らが作る細かな彫刻が施された工芸品は高値で売買される。

 それとは対照的に鍛冶は苦手なのか、あまり興味がないのか、彼らが作っているのはせいぜい包丁や農機具と狩りに使う弓くらいだ。

 その弓も細工が多く、ほとんどが儀礼用か観賞用に購入される。彼らは争いを好まず、主食は木の実や果物だ。

 肉も食べない訳ではないが大抵は釣った魚の肉などで、獣の肉は手に入れば幸運くらいにしか考えていない。

 ──そうして新たな目的地を定めた一行は、南に進路を取った。コルコル族の集落までは、ゆっくり行けばおよそ三日ほどの距離となる。

 つい、さき程までの寒さが嘘のように温かい大気が全身を包んでいる。

 豊かな大地に茂る短い草花、遠方にかすかな森の影、山々は白い冠に飾られ、彼らの目を楽しませた。

 そんななか、ユラウスの表情はやや険しい。意識を失っている間に、新たな仲間の影が映し出されたのだ。

 しかし──

「こいつはちと、難しいのう」

 困惑した面持ちで溜息交じりに口の中でつぶやいた。



 ──それから夜を二つほどまたぐと、前方に立ち並ぶまばらな木々の間に赤や緑の屋根が見えた。目指していたコルコル族の集落だ。

 向こうもこちらを見つけたらしく、にわかに慌ただしくなっている。近づいてくるシレアたちを十人ほどが並んで見つめていた。

 目の前まで来ると、一人のコルコル族が一歩出て大きく見上げた。

「ようこそ、コルコル族の集落へ」

 尖った口で発する。

 声から窺うに、どうやら男性のようだ。二足歩行の犬といった風貌の彼らは、物珍しそうに訪れた一行を眺めた。

 それも無理もない、この大陸には住んでいない種族ばかりの集まりなのだから。

 コルレアス大陸には主に獣人族が住んでいて、他にも猫や鹿に似た種族が存在する。数は多くはないが、どの種族も温和でそのためいさかいも少ない。

 コルコル族の平均身長は百三十センチほどで、彼らにとってマノサクスのようなリャシュカ族は巨人に見えている事だろう。

 長い交流でその高さになれているせいか今では誰も驚くことはない。

 彼らの容姿はとても可愛いので自然と緊張も解きほぐされるのか、大きな耳のコルコル族にシレアたちの口元が緩む。

 全身を覆う体毛は茶色く艶やかで、大きな黒い瞳は愛らしいというに相応しい。

「僕はレキナ。長老の息子です」

 ユラウスに手を差し出した。

「わしはユラウス、こちらはシレアじゃ」

 快く握手を返し、紹介されたシレアは軽く手を上げる。そのあと皆それぞれに名乗っていく。レキナは真面目な性格なのか、名乗った仲間たち一人一人に目を向ける。

「お疲れでしょう。我々の家では窮屈だと思いますので、集会場にご案内します」

「突然の訪問だというのにかたじけない」

 案内された先は広場だろうか、円形に広がっているその中心には、大きな切り株があり切断面は丁寧に磨かれていた。

 舞台にもなるテーブルの前に腰を落とすと、木製のコップに注がれた飲み物が配られた。レキナよりも小さい彼らはおそらく子どもだろう、配りながら物珍しそうに訪問者たちを眺めていた。

 可愛い面々に顔がほころぶなか、ヤオーツェは不機嫌ながらも出された飲み物が美味しいのか一気に飲み干していた。

 コルコル族は思っていたほどリザードマンを嫌ってはいないようだ。そっけない態度をとられてはいても、それに怒りを示すことはない。

「皆さんはどこから来たのですか?」

「シャグレナからじゃ」

「え!? それは大変でしたね。ウェサシスカはどうですか?」

 シャグレナ大陸については広く知られている。行ったことは無いにしても、ねぎらいの言葉はかけてしかるべきなのだろう。

「うん、相変わらずだよ」

「そうですか。旅のお話を聞きたいところですがお疲れでしょう。今日はゆっくり休んでください」

「ありがとう」

 アレサが丁寧に礼を述べると、レキナも同じく頭を軽く下げて家に戻っていった。

「さて、これからどうしますか? わたしはすぐにでもエナスケアに戻った方がいいと思いますが」

「うむ。それがのう……」

「どうしたの?」

「実はの」

 神妙な面持ちのユラウスに怪訝な表情を浮かべ、彼の口からつづられる言葉に耳を傾けた──

「なんですって? コルコル族の中に仲間が?」

 ユラウスの話を聞いたアレサは、さすがに驚かずにはいられなかった。

 コルコル族の力は大したものではなく、粘り強さも体力もある方ではない。それを思えば、きたるべき敵に立ち向かえる者だとは思えない。

 敵が姿を現し始めたいま、なおさらに心配になる。

「彼らは穏和な種族です。争いに巻き込むことには躊躇いが」

「うむ、アレサの意見にはわしも同意じゃ」

「でも」

 ヤオーツェは詰まらせながらも声を絞り出す。

「この集落だって危険なんだろ?」

 一同はそれに目を伏せた。

 本人がどうであろうと、敵はシレアの仲間になり得る者を知ることが出来る。アレサやヤオーツェ、マノサクスの事を思えば、何も言わずに終わりという訳にはいかない。

 しかし、話せばついてくるしかないだろう。

「……シ」

 何かに気付いたシレアは会話を止める。気配を探り、脇に置いていた剣を素早く手にして抜いたさやを背後に立っている木に投げつけた。

「キャッ!?」

 すると、高い声と共に何かがどすんと地面に落ちた。

「なんじゃ? 子どもか?」

「失礼ね! 私は立派な大人よ!」

 古の民の言葉にムッとして立ち上がり、その女性は親指を自身に向ける。

「そうであったか、これはすまぬ。コルコル族は年齢が解らぬで」

「その大人が盗み聞きか?」

 シレアに言い放たれてうぐっと言葉を詰まらせた。

 しかし──

「あなたってキレイね。人間よね?」

 嬉しそうに顔を近づける。コルコル族もドラゴンと同様に、美意識は人と似ているらしい。

「して、おぬしは?」

「あたしはモルシャ。かの有名なカサーラ・セルアの一番弟子なんだから!」

 ユラウスが尋ねると彼女は誇らしげに胸を張り、自己紹介よろしく声を上げる。

「カサーラ・セルアと言えば、名の知れた女盗賊ではないか」

「そうよ。孤高のシーフ、カサーラの弟子にしてトレジャーハンターモルシャとはあたしのこと!」

 確かに、隠された財宝や秘宝を単独で得るにはシーフの能力は必要不可欠ではあるが、コルコル族にもそのような者がいたとは驚きだ。

「しかしじゃ、彼女は死んだという噂も聞く。生きていても八十歳のよぼよぼじゃろう」

「だから、引退して弟子をとってるんじゃないの」

「モルシャ!? なにしてるんだ」

「レキナ」

 モルシャと呼ばれたコルコル族は、何やら騒がしいなと様子を見に来たレキナを見ると途端に機嫌を悪くした。

「君はまた客人にご迷惑をかけているのかい?」

「どういう意味よ! 失礼ね」

「すいません。彼女は人間のシーフに憧れていまして……」

 レキナは不思議そうに見つめるユラウスたちに向き直り、申し訳なさげに口を開いた。それがまた気に入らないのか、モルシャは目を吊り上げて不満げに軽く牙を剥く。

「いけない? こうやって一人前になって帰ってきたのよ」

「モルシャ」

 レキナの瞳に複雑な色が見え隠れしている。どうやら、この二人の間には色々とあるようだ。

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