*銀の髪の青年

「やはり、ウェサシスカを避けては通れなんだか」

 宿に案内される道すがら、ユラウスは小さく唸る。

 地上の出来事は魔導師などを通じて評議会の人間に知らされる。そのなかで重要なものとそうでないものとに別けられ、審議が行われる。

「先詠みって、古の民以外でもできるんだね」

「ロデュウは生まれ持った能力だが、魔導師たちは後に学ぶものだ」とアレサ。

 エルフや人間のなかにも、占いといった形であらわされるものもある。魔導師のそれは古の民が持つ先詠みとは異なり、曖昧な部分が多く当たる率もさほど高くはない。

 それでもシレアを呼び出したのは、それだけ信頼できる魔導師の導きなのだろう。

「シレア殿も予想していたのか」

「魔導師の話は聞いていたのでね」

 初めて見るリャシュカ族には興味を示していたシレアが、レイノムスの言葉にはまるで驚くことはなかった。

 多くの種族を知るシレアは勉強熱心だなとアレサは感心する。それが、己を知るためのものであったとしても、世界というものに強い興味を持っているからこそなのだろう。

「しかし、さすがに敵もここまでは追ってはこれまい」

 ユラウスは、遙か上空にまではモンスターを送り込めまいとあごをさすり不適に笑う。ヤオーツェはそれに、ミスティローズの瞳を眇めた。

「さっきからなんの話をしているんだい? 敵ってなんなのさ」

 一同は顔を見合わせる。そういえば、彼にはまだ話していなかったと苦笑いを浮かべた。

「うむ。その話はあとじゃ」

 二度も機会を逃してしまっている。そろそろちゃんと話すべきだろう。



 ──各々が部屋をあてがわれたあとシレアの部屋に集まり、ヤオーツェはようやく事実を知らされた。

「なんでそれ言ってくれなかったんだよ!?」

「すまんの。話す機会を逸していたのじゃ」

 本当に面目めんぼくないとユラウスは頭を下げる。

「じいちゃんひどいよ!」

「悪かった」

 アレサも申し訳なく思い同じく頭を軽く下げる。

「もしオイラがあそこから出てなかったら、どうなってたの?」

「それは解らぬ。敵がアレサの時と同じことをしたかは謎じゃ」

 未だ敵の姿は見えず、大きな力を持つ評議会にまで目を付けられては、この先どうしたものかと深く唸る。

 むやみに拘束することはないにしても、動きづらくなることは明らかだ。

「とにかく、彼らがシレアをどうするのか。気になるところです」

「何が危険かも解ってはおらぬ様子じゃったからな」

 それは敵の正体が掴めないユラウスたちにも言えることだが、当事者としてはあまり深入りされて動きに制限をかけられてほしくはない。

「こちらから説明した方がいいのでは?」

「そうじゃなあ」

 思案していると、おもむろに立ち上がったシレアを見上げる。

「もう終わりかの」

「これ以上、話し合っても仕方が無いだろう」

 言って扉を開き外に出た。

「自分のことなのに、先に終わらせちゃったよ」

「あれがあやつの良いところかの」

「そうですね」

 苦笑いで応える二人にヤオーツェは首をかしげた。彼はまだ、シレアの性格をまるで知らないのだから仕様がない。

「じいちゃんか」

 ユラウスはふと先ほどのことを思い出し、初めて呼ばれた言葉がくすぐったくて、どうにも顔が緩んだ。


 ──外に出ると、心地よい鳥の鳴き声と暖かな日射しがシレアの目と耳をくすぐる。 

 足元にも空があるというのは、とても不思議な感覚だ。これだけ巨大な地に足がついているというのに、妙にふわふわとしている。

「お、人間」

 背後からの声に振り返ると、銀色の髪の有翼人が立っていた。人間などさして珍しくもないと思われるが、ここウェサシスカにおいてはそうでもない。

 人間はこの大陸では知能は低めと考えられ、下級に見られている。現に、人間はウェサシスカにほとんどいない。

 最も新しい種族である人間は最も短い年月で大きな繁栄を続けているものの、やはり種族としては未成熟だとされている。

 水色の瞳に好奇心を隠すこともなく、シレアに近づく。身長差は頭ひとつぶんくらいはあるだろうか、鷹を思わせる翼にブラウンの斑点が白地に映えていた。

「男、だよな?」

「そうだ」

 それほど女らしくもないだろうにと思いつつ答える。

「なんかやらかした?」

 その言葉にシレアは周囲を見回し、なんとなく理解した。

 案内された宿は普通のどこにでもある造りではある。しかし、この一角だけ衛兵をよく見かけるし、高くはないレンガの塀が断続的に取り囲み判然はんぜんたる疎外感や閉塞感を与えている。

 なるほど、ここは何らかの決断をくだす間の一時的な宿泊施設なのか。どうりで他の宿泊客を見ないと思った。

 ウェサシスカは知識の場というだけでなく、ある程度の観光も許されている。書物を読むために訪れる者も多く、それによる利益は少なくはない。

 人間は大体において人間の法で裁かれる。その他の種族は人間ほどの数はいないためか、あるいは人間ほど揉めることはないのか規則というものが曖昧で、円滑に裁きをくだせる者は多くはない。

 自分たちの基準にのっとって秤に掛ければ楽なものを、ウェサシスカは厳格なのか審査する機関が幾つかの種族によって設けられている。

「私もよくは解らない」

 そう応えたシレアをまじまじと見やる。

「オレ、マノサクス」

「シレアだ」

「あんた、辺境に住んでる?」

「エナスケアの西にある集落で育った」

 おかしな事を訊くものだと眉を寄せる。

「で、今は旅をしていると」

「何が言いたい」

 先ほどから図々しくも会話を続ける有翼人に怪訝な表情を浮かべる。間近でリャシュカ族を長々と眺められる機会ではあるがしかし、彼の意図がわからない。

「オレ、魔導師に友達がいてさ。そいつが変なこと言ったんだ」

「ほう」

「ここに来た人間の運命と、強く結ばれるって」

 ユラウスよりも早く仲間を特定していた者がいたとは驚きだ。しかし、それをすぐに信じる事も出来ない。

「その魔導師は」

「それだけ言って死んじゃった」

「そうか」

「ずっと病気で伏せってたんだけどさ」

 元々病弱だった魔導師はまだ若く、その能力を買われてウェサシスカに招待されたものの、ほとんどを病床で過ごしていた。

 手厚い看病を受けていたがとうとう先日、息をひきとった。北の厳しい大地で暮らしていたならば、今まで生きていたか知れないだろう。

 マノサクスは大きな体をすくめて溜息を吐いた。彼の悲しみが見て取れて、しばらく無言で見つめる。

「その魔導師は、お前と出会えて幸せだったろう」

「そうかな。そうだったらいいな」

 嬉しそうに微笑む表情は少年のようでシレアも笑みを返した。年の頃は同じくらいだと思われるのだが、落ち着いたシレアとは違い子供っぽくも感じられる。

 そもそもシレアが落ち着きすぎているという点も否めない。

「そいつがさ、その運命の人間と旅をしろって言ったんだ」

「従うつもりなのか」

「まだ解らない。だから、会って決めようと思って」

 大きな翼を小さくはばたかせ、マノサクスはシレアを見下ろした。

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