第2話

 神楽坂先輩と出会ってから、不思議と偶然毎日顔を合わせるようになった。

 休憩時間に廊下で会うこともあれば、下校時間にたまたま昇降口で出くわし、一緒に帰ることもあった。

 回を重ねるごとに自然と連絡先を交換し、よくメッセージのやり取りもするようになった。

 そして、次第に休日でも一緒に出掛けるようになり――。


 とある日曜日。

 賑やかな駅前——。

 休日ということもあり、視界には人が溢れている。


「歩くのも大変だなあ。……セットした髪がくずれないといいんだけど」


 今日は神楽坂先輩とデートの約束をしている。

 いつも先輩に「可愛い」と言って貰っているお気に入りのツインテールがぐちゃぐちゃにならないように気をつけながら、人の波をかきわけて進む。


「あ」


 先輩はもう来ているかな? と待ち合わせ場所に目を向けると、その姿をすぐにみつけることができた。

 人混みの中でも埋もれない、引く整った容姿——。

 やっぱり先輩はかっこいい!


 一人だけ別世界にいるような澄んだ空気を纏わせた先輩がが、笑顔で私に手を振る。

 周囲にいた女の子達は、イケメンの微笑みに色めき立っている。

『彼が待っているのは私なのよ』と得意げになりつつも、私は先輩をなるべく待たせないように慌てて駆け寄った。


「先輩! すみません、待たせちゃいましたか!?」 

「いや、時間ぴったりだよ。……俺が楽しみすぎて、早く来ちゃったんだ」


 そういってはにかむ姿かっこよくて可愛い!

 きゅんと胸がときめくのを感じる。

 抑えられない喜びが溢れてしまいそうだ。


「先輩っ! 私もすっごく楽しみでした! 昨日は眠れなくて、クマが出来ちゃいました」


 せっかく二人で出掛けるというのに、クマなんか作ってしまって私は馬鹿だ。

 可愛いと思われたくて、服や髪形も頑張ったのに……。

 俯いてしまった私の頬に、長くて綺麗な手がスッと伸びてきて優しく触れた。


「いつも通り可愛いよ。でも、心配だから、次の時はちゃんと寝ようね」


 優しい笑顔を見ると、顔が熱くなってきた。

 触れられている頬に熱が伝わってしまうかもしれない。

 恥ずかしくなり、顔を逸らしながら答える。


「……はいっ」


 私の返事を聞くと、先輩はもう一度優しく微笑んだ。

 駄目だ、この笑顔を見ると更に熱くなってしまう……。


「じゃあ、行こうか」

「はい!」


 私達は人の波に乗って歩き始めたが……混雑していて歩きにくい。

 先輩とはぐれてしまわないよう、気をつけて歩いていたら――。


「…………っ!?」


 さっき私の頬に触れた綺麗な手が、今度は私の手を握った。

 驚いて先輩の顔を見ると少し照れているのか、視線を合わせては貰えなかった。


「……はぐれちゃったら大変だから」


 ポツリとそう零された言葉に胸が熱くなる。

 握った手にギュッと力を入れると、先輩も握り返してくれた。

 私はこの日を一生忘れないと思う。


 そうやって私達の距離は、着実に縮まっていった――。


 ※


 神楽坂先輩は人気があって当然モテていた。

 でも、私との約束は必ず優先してくれるし、守ってくれた。

 誰にでも優しかったけれど、私には一際優しくしてくれていたし、周りの子達よりリードしていたと思う。


 それでも、もっともっと好かれたくて、可愛くなるよう努力もしたし、仲良くなれるように頑張った。

 自分でも驚くほど、私は神楽坂先輩に夢中になった。


 そして想いが積もりに積もった金曜日——。


「告白しよう……!」


 私は決意を固めた。


 先輩を呼び出したのは、誰もいない屋上。

 頭上には青い空。広い空間に先輩と二人きり……。

 まるで世界には私達しかいないようだった。


 最高の告白シチュエーションの中、緊張で破れてしまいそうな心臓に『落ち着け!』と言い聞かせながら口を開いた。

 

「神楽坂先輩! 私っ……先輩のことが!」


 心臓は今にも破裂しそうだ。

 でも、先輩は優しい目で私の言葉を待ってくれている……。

 ちゃんと伝えなきゃ……。


「先輩のことが……先輩の……こと…………が?」


 言葉を紡いでいる間、デジャブのような感覚に襲われた。

 あれ、こんなこと……前にもあった?

 告白……神楽坂先輩に……告白……?


 …………あ。


 突如、脳内にスクリーンが広がった。

 そして、そこに流れる映像——。

 沢山の女の子の姿……いや、イラストがある……。


「!!!!」


 ――思い出した……思い出してしまった。


「黄衣?」


 先輩に名前を呼ばれ、我に返った。

 神楽坂先輩——そう、ギャルゲー主人公の『神楽坂葵』だ。


「続きを聞かせて?」

「…………」


 先輩が私の言葉を待っているが、再び私の脳内でスクリーンが広がる。

 その中には、毎日見ている『自分の姿』、いや……正しくは『自分のイラスト』もある。

 ああ、そうだ……私は……私は……!


「——でもないです……」

「え?」

「なんでもないです!!!!」

「……え!? 黄衣!!」


 時がつけば先輩を残したまま駆けだしていた。

 校舎をでて我武者羅に家を目指し、町の中を駆け抜ける。


 ありえない……ありえないありえない!!!!


 驚きなのか悲しいのか分からないが、手の震えは止まらない……。

 息も苦しい。

 こんなことって……こんなことってあるの!?


「私!! ギャルゲーの攻略対象キャラに転生してる!!」

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