行け!→ラビットな一階層

 時は夕刻。メレディスが決めた門限まではあと二時間もある。


 「よっしゃ!」


 頑丈なひのき棒を握りしめ、俺は壁面をすがめ見た。

 天然の壁に佇む、不自然な扉。既に開放されているそれは、俺を呑み込もうと誘っている様にも見える。道にも無数の魔石が窺えるので、メレディスの言ったことは正しいのだろう。


 「行くっきゃねえよな、メレディスのためだし」


 俺は今回、釘を刺されたのにも関わらず、ダンジョンの入り口前に立っている。呟いた通り、メレディスのため。


 『我は少食にゃのじゃ、運動したカナタに授けようじょ』


 相変わらず噛み噛みの、ロリの言葉が頭をよぎった。

 あいつは、この三日間着替えていない。まともな飯も食べていないのだ。若冠ですらない、9才の女神が俺を気遣って、今住んでいる廃墟の掃除をしてくれたり、ご飯の量を減らしながら生きている。


 『プクク……目覚めたか、人間のよ』


 初めて聞いたあいつの声は、ひどく差別的に聞こえたが。


 「やっぱ神は強えんだよな」


 あんなちっちゃい女の子が、目下の人間に優しさを見せたのだから。

 気持ちなんて下らなねえモンばっかじゃ申し訳ないよな?

 そう自分を勇気づけて、狭い扉を静かにくぐった。


□■□■□■


 「なんだこの空気……」


 ジメジメしてやがる。果てしなくうぜえ。

 行きどころのない不満を口にしながら、アスレチックの様な洞窟を道なりに進んでいる。比較的大きな魔石を取りながら、メレディスに聞いた一階層だけを探索しようと思ったのだ。


 「魔石パラダイスって感じだな」


 我ながら古くさい言い回しだったが、パラダイスって感じなのだからしょうがない。四方八方にてのひらサイズの魔石ががごろごろしていた。


 『KUEEEEE!!!』

 「おわっ!? ……って、ただのウサギかよ」


 今のところ一本道のダンジョンに、魔物が現れた。魔物っつうか、前歯の長いウサギだ。茶色いが、ペット用ではないだろう。キモいから。


 「おいおい、結構いるじゃねえか」


 最初は一匹に見えたウサギだったが、背後からもう二匹。こうして並ぶと愛らしく見えてしまうのは、俺だけだろうか。

 っていうか、今はこっちが先だよな。


 「……噛む?」


 ひのき棒を差し出してみる。ウサギって確か、硬い物好きだったし。


 「ぐくっ……クェェ………!!」


 群がってかじってはみたものの、硬過ぎた様だ。無傷のまま返却される。

 

 「んじゃあ、これは?」

 「――ッ!?」


 続いて魔石を差し出すと、ウサギはそれを凝視したまま硬直こうちょくしてしまった。それまでは青く、つぶらだった瞳が急激に変わり始め――


 『KUEEEEE!!!』

 「ひいっ!?」


 出会った時と同じ声を高々と上げた。深紅に染まった瞳と、空気抵抗を減らすためか、後ろにまとめられた耳は異様なオーラを発している。

 この時既に、ウサギの形相はしていなかった。


 「あ痛っ!!」

 

 凄まじい速度で俺左腕を切り裂き、出血を招く。


 「……くっ」


 二匹目がすり抜け、左半身を崩しにかかる。


 「ぐああっ!!」


 三匹目の突進により、俺は完全にバランスを崩した。尻もちを着き、魔石の地面に血を垂らす。実に哀れな光景だった筈だ。


 「クソッ、何で強いんだよ!?」


 雑魚ザコにしか見えなかったウサギに、早くも圧倒されている。その事実が情けなく、俺はすぐさま考えた。他人とは違った、思考回路で。


 「クェェ……クェェ………!!!」


 ウサギの体長は60センチ位。俊敏に動く彼等を捉えることは、今の俺には出来っこない。となると、狭い洞窟って地形を利用するしかない訳で――


 「熱っ!?」


 突如、痛みにも似た熱さを感じて、反射的に飛び退いてしまった。ウサギとの距離を図りながら起き上ると、異常なまでの高熱は消えてしまう。すると同時に、左手に粘性を帯びた違和感が襲った。


 「俺の血?」


 魔石の光で紫色に見えたのは、ウサギに噛まれ出血した俺の血だった。焦げた匂いと、白い煙から推測するに、血は魔石に反応しているのかもしれない。

 仮にそうだとすれば、この高熱はウサギに有効な筈だ。低範囲かつ圧倒的な攻撃力を誇る熱ならば。そんな可能性を、俺は信じた。

 使える。


 「「「クェッ!!」」」

 「フフッ………俺の勝ちだァ!!」


 このひらめきで勝利を確信したところで、ウサギの一斉攻撃。6本の牙は、それぞれが肉を食い千切ろうとひねりをかけている。そんな状況でも俺は、高らかに


 「【命撒きマッドレイン】」


 右手に握られたひのき棒に、こう命じると――

 棒の先端から純正の赤水が漏れ出した。ここまで来れば、赤水の正体は聞くまでもないだろう。何者かの血。ウサギを焼き殺すための燃料である。

 こうしている間にも、持ち主不明の血液達は魔石に触れて、蒸発と共に高熱と煙を撒き散らしていた。やがて、ウサギを完全燃焼したそれは、僅か数秒で弾切れとなった。


 「いやあ、あっつい」


 かつかつと靴音が響く中、ウサギの革を抱えた俺は奥へと進んだ。

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