第29話 海底に咲く花

地球の大地を守るため

金色の光は解き放たれた

しかし灰色の太陽は

地上の全ての色を奪ってしまった



 第ニ十九話 『海底に咲く花』



 ヤマトの世界を旅立ち、ついに地球へとやって来たタケル達。

海に着陸し、そこに現れたのは、なんとイルカに乗ったポリニャックだった。


「えーッ!? あ、あれはポリニャック!」

ザッパーン! ゴボゴボゴボ!

タケルは躊躇する間もなく、海へと飛び込んだ。

「およしよ、タケル! あれはワナかもしれないよ!」

タケルを心配して紅薔薇は叫ぶ。

ザバ、ザバ、ザバッ!

タケルは、ポリニャックの乗ったイルカ目掛けて全力で泳いだ。

「確かに、こんなところにポリニャックがいるなんて、どう考えたっておかしい……だが俺の目で確かめなきゃ気がすまねぇ!」

「ダーリン! 早くぅ、こっちこっち!」

笑顔で手を振るポリニャックは、とてもニセモノには見えなかった。

「そこで待ってろ! ポリニャック!」

だが、泳いでも泳いでも、ポリニャックとの距離は縮まらない。それも当然、向こうは泳ぎの達人なのだから。

「そうだ! あわてて忘れていたぜ。インガを使って泳げばいいんだ!」

タケルは、インガの力を使って泳ぎのスピードをアップさせた。

「へへん! これならすぐに追いつくぜ!」

しかし、インガを使ったにもかかわらず、その距離はどんどんと開いていった。

「くそッ! どうなってんだ、全然進まねぇぞ!? うがッ!」

気がつくと、タケルの周りには渦が巻き、四方から高波が押し寄せてきた。

「いつの間に! あ、足が引っ張られ……ぐおぉッ!」

ザッパーンッ!

「ごばッ! ぼおぅ! おばばッ!」

タケルは大波に叩きつけられ、そのまま海底へと沈んでいった。

(やっぱりワナだったのか? ポリニャック……そうだろうなぁ……あんなにヒドイことしちまったんだ……)

タケルは、薄れゆく意識の中で、ポリニャックの幻影を見た。

「ダーリーン! 早くー、こっちだっぴょよ!」

それは、あどけなかったあの頃の、ポリニャックの笑顔だった。


ゴポポ……ゴポポポ……

(……)

(…………)

(………………ここは……どこだ……)


「あ、気がついただきゃ?」

(?……こいつはたしか、ベンの村にいた女のオオカミ……)

「早く起きるだぎゃよ、アニキ!」

(ベン?……この風景は、俺が獣人の村に始めて来た時と似ている……まだ夢を見てんのか、俺は……)

「客人よ、よくぞおいでくださっただぎゃ。今宵は宴会だぎゃ。ゆっくりしてってくれだぎゃ」

(ネズミの長老? 生きていたのか……)

「久しぶりだグモ、タケル。さぁ早く起きるグモよ」

(こいつはたしかハリウッド……なんでこいつもいるんだ?……)

「ダーリンっ! 今日はちょっとオシャレしただっぴょよ! どう? これで立派なレディーに見えるだっぴょ?」

(ポリニャックまで・・これは夢じゃねぇ・・この感覚は現実なんだ・・)

「アニキ、今日は獣人だけのパーティーをするだぎゃよ、主役はアニキだぎゃ」

(え? でも俺は獣人じゃねぇ、人間だぜ?)

「何いってるだぎゃ、自分の体をよく見てみるだぎゃよ」

(俺のからだ?……うわッ! どうなってんだ? 俺の体がオオカミみてぇに獣人になっちまってる!)

「ダーリンが、獣人になりたいって言ったからそうなっただっぴょ。良かっただっぴょね、ダーリン!」

(うそだ! 俺はそんなこと言ってねぇ! 俺は獣人になんてなりたくねぇ!)

「もう遅いだぎゃよ。アニキはこれからずっと獣人として生きていかねばならないだぎゃ」

「そうだっぴょ。これでダーリンといつまでも一緒だっぴょよ!」

「そうグモ。俺たちと一緒に暮らすグモ、それがいいグモ」

(い、いやだ……俺の体を返せ……返してくれーーッ!)


「ハッ!」

タケルが気がつくと、そこは静かな暗い洞窟の中だった。

「なんだ……ここは……」

タケルは、青く冷たい岩壁を手探りで伝い、明かりのもれる方向へと進むことにした。

洞窟を出たタケルは明るい場所に出た。そこはまるで海底のようであったが空気が存在していた。

「いったいここはどこなんだ……海の底……まさかな」

その先に、何か大きな建物が見えた。タケルはそこを目指して進んでいった。

「な、なんだありゃ!? あれは、まるで!」

タケルの向かった先に見える建物。赤い鳥居に華やかな色合いの建物。そしてそれを彩る装飾品。

それはまるで、お伽話にでてきた『竜宮城』のようであった。

「夢、だよな?……俺は夢でも見てるんだよな?」

ギュウゥ! タケルは自分の頬っぺたを強くつねってみた。

ギュギュウ!

「あててぇ!」

「もっと強くつねってやるだっぴょよ、ダーリン!」

「ポ、ポリニャックじゃねぇか!? てめぇ!」

「あはは、ゴメンだっぴょ。それより、さ! こっちこっち、みんな待ってるだっぴょよ!」

「待ってる? いったい誰が?」

「いいから黙ってこっちへ来るだっぴょ!」

「あ……おい!」

キツネにつままれたようなタケルは、ポリニャックの後をついていった。


 ギギギ……

竜宮上のような建物の、大きな門がきしんだ音を立てて開いていく。そしてその先には、なんと。

華やかな着物に身をつつんだ美しい人魚達が並んでいた。

そして目の前には、見たこともないような豪華なご馳走が、テーブルいっぱいに並んでいた。

「さ、さ、どうぞ! 座ってくださいな」

タケルは、人魚たちに強引に席に座らされると、グラスに酒を注がれた。

「どんどん飲むだっぴょ!」

タケルはクイとそれを喉に流し込むと、味わったことのない旨味が舌にからみついた。

「う……うめぇ! 何てうめぇ酒なんだ!」

「さぁさぁ、料理も冷めないうちにどうぞ。あ~ん」

人魚から料理を口に運んでもらうタケル。

「うっ! ううううんめぇーーーッ! 何だこの料理は! うめぇ! いくらでも食える! 飲める!」

ガツガツガツガツ! ゴクゴクゴクゴク!

タケルの豪快な飲み食いに合わせ、人魚たちが華やかな踊りを始めた。

「わはは! こりゃぁ天国のようだぜ! もう夢でも何でもいいや! もっと酒だ! メシだ! わははッ!」

「お気に召しまして?」

すると、タケルの横にやってきた美女がニッコリと微笑む。

「私がこの城の姫です。どうぞごゆっくりしていって下さいませ」

「はは~ん、するってぇと、あんたが乙姫様ってわけか! たしかに美人だなぁ~、わはは!」

タケルは乙姫様の大きく開いた胸元を見て、鼻の下をだらしなく伸ばしていた。

もうすでに、グデングデンに酔っ払っていたのだった。

「お酒がお強いのですね、私そういう人って大好きよ」

「うへへ、まいったな……それっ」

タケルは酔った勢いで、乙姫様の胸に人差し指でタッチした。

「てめぇ!」

バギャンッ!

乙姫様がテーブルを叩くと粉々に壊れてしまった。

「うお! すげぇ力だねぇ、乙姫様は」

「あら、ヤダ! オホホ、ちょっとこのテーブルは古くなっていたみたいですわね。オホホ……」

「古いテーブルでもここまで粉々になるかなぁ?」

「ま、まぁいいじゃないですか!」

「そうだな……ところで乙姫様、このすっげぇうめえ酒はなんて銘柄なんだ?」

「お酒ですか?……それは……『チ』ですよ……」

タケルは一瞬戸惑い、それが聞き間違いだと思った。

「ち、チデス? へぇ、変わった酒だなぁ。じゃぁこの料理の材料はなんだ?」

「料理の材料……それは……肉……」

「に、肉ってことはわかるんだよ、何の肉なんだい?」

「うふふ……それは……」

乙姫様は、着物の袖で顔を隠し、もったいぶるように言った。

「ニンゲン……ですわよ」

「なっ! なんだとぉ!?」

もはや聞き間違いではなかった。酒は血。料理の材料は人間の肉に間違いなかった。

「ど~お、タケル?……自分が殺した人間の、ニ・ク・ノ・ア・ジ・ハ……どうだぁ!!」

ガシャァン!

驚きのあまり、イスから後ろにひっくり返ってしまったタケル。

「て、てめぇ! 何者だぁ!?」

バサッ!

乙姫様が衣装を脱ぎ捨てると、そこに現れた人物はなんと!

「俺の名は我王! てめぇがオボロギタケルか! このスケベのダンゴっ鼻がぁ!」

「我王!……だと? てめぇが獣人族の王、我王か!」

「そうだ。さっきはよくも俺様の豊満な胸に触りやがったな! このクサレチンポ野郎!」

「うっ! とてつもなく口の悪いヤロウだな」

「うるっせぇ! ここがキサマの死に場所だ!」

「へ! そう簡単に殺されてたまるか……って?……ううっ……」

ガグン!

我王に先制攻撃を繰り出そうとしたタケル。だが、力が入らずにヒザから崩れ落ちてしまった。

「くっ! こりゃ一体どうなってんだ? 俺の体がいうことをきかない……!」

「どうやら効いてきたようだなぁ。あの酒を飲んだ人間は、身体機能が激しく低下するんだぜ」

「うぐ! キ、キタネェぞ……!」

タケルは、ポリニャックの方にも視線を向けた。しかしポリニャックは、タケルの顔を見向きもしない。

バッチィン! バギャン!

いきなり我王の張り手がタケルの頬を叩いた。

張り手といっても、その破壊力はタケルの体を吹き飛ばし、壁に激突させるほどの威力だった。

「これはさっき、俺の胸を触った分だ。この店のおさわり代は、ちぃっと高いぜ?」

「うぐぅ……この程度の攻撃なら、まだまだ安いもんだぜ……へへ」

「口の減らない男だな、オイ。なんならオマケしてやろうか……よっ!」

ボガッ! ドッゴォ……ン!

我王は腕組みしたまま蹴りを出す。タケルが吹き飛ばされた勢いで、竜宮城の門がガラガラと崩れる。

「やれやれ、あまりここをハデに壊すでないぞ、我王よ」

「うぅ……こ、この声は……」

瓦礫の山から、ガラガラと這い出したタケルは、見覚えのある人物を目にした。

「久しぶりじゃのぉ、タケルよ。

白髪の眉毛に長く伸びた顎鬚。背中に背負ったカメの甲羅。獣人の長ボブソンであった。

「久しぶりだなぁ、ジッちゃん」

「元気でおったか? ふぉふぉ!」

「ここにくるまでは元気でいたんだがよ、今はごらんのありさまだぜ」

「ふぉふぉ、ボッタクリバーに気をつけるんじゃぞ」

「もうおせぇよ! ここはまるで暴力バーだな。客を扱うにしちゃぁ、少々乱暴すぎるぜ」

「ふぉふぉ! 客ときたか。まぁ我王なりの歓迎の宴じゃ。カンベンしてやってくれい」

「ち、それにしてもわからねぇな。地球に繋がる黒い渦にほぼ同時に入ったってのに、何でてめぇらはこんな場所にいやがるんだ? まるで何日も前からここにいるみたいだぜ」

「む? てめぇもそんなことを言うのか。ヤマトのあの女も同じ事を言ってやがったぜ」

我王は、タケルの言葉が気になったようだ。

「ヤマトの女? まさか撫子に会ったってのか?」

「ああ、一度手合わせしたがよ、なかなかのインガ使いだったぜ。ヤツとはまた闘いてぇな」

「おかしいぜ! 地球に来たばっかだってのに、もうヤマトの軍と戦ったのかよ?」

「もう戦っただと? どうやら話が合わねぇな……どういうこったよ、ボブじぃ?」

我王は首を捻り、その答えをボブソンに求めた。


 ボブソンは、しばし考え込んだ。

「ふぅむ……我ら獣人がこの地に来たのが一ヶ月前、そしてヤマトの軍と戦闘したのが一週間前じゃ……」

「なんだって? そんなバカな!」

「そして、タケルは地球に来たばかりと言う……ふむ、どうやらあの渦に入った衝撃で、時間の軸がズレたようじゃな」

ボブソンは長い顎鬚をさすりながら答えた。

「時間がずれる……だって? そんなことがあるのか……?」

「それしか考えられんわい。まだまだ未知なるところじゃ、この地球という地は」

「じゃあシャルルは……レジオヌール軍とも戦ったのか?」

「いや、それはねぇ。まだ地球に来てねぇのか、それとも、すでに来ていやがるのかわからねぇ」

「時間がズレるなんて……いや、あの渦に集中していたものすげぇインガならありえるかもしれねぇ」

「ま、そんなことはどうだっていいや! 今日はてめぇに会わせたいヤツがいる。おい! 入ってこい!」

我王に呼ばれ、部屋の奥から出てきたのは、なんとベンだった。

黒装束に身を包み、首には大きなドクロの数珠が掛けられていた。

「アニキ……」

「ぷ。なんだよ、その格好は! 葬儀屋でも始めたのか?」

「そうだぎゃ。誰かさんのために、せめて葬式ぐらいしてやろうと思っただぎゃよ」

「へん、言うじゃねぇか!」

「アニキ、率直に言うだぎゃ。オラたちの仲間になって欲しいだぎゃ……」

「なんだと? 獣人の仲間だと?」

「そうだぎゃ、もともとオラ達は、ヤマトの世界でも人間と仲良く共存してきただぎゃ。でも人間達が、獣人を利用するから、オラたちはそれを嫌って反乱を起こしただぎゃよ」

「そうだっぴょ! だから悪いのは人間なんだっぴょ! それに気づいて、ダーリン!」

ポリニャックが横から口を挟む。

「だから、仲直りしたいってぇのか?……だが、そっちの大将はそうは思ってねぇんだろ?」

タケルは我王の方に首を向けた。

「弱い種族を支配するのが、俺たち強い種族の役目だ。そうは思わねぇか、タケル?」

「へん! 結局、人間を支配して、この地球も支配したいだけなんだろ? 我王!」

「アニキ! だったらこの地球ではどうだぎゃ? 動物たちが獣人に進化していないのをいいことに、人間が調子にのって好き勝手やり放題だぎゃよ! そんな勝手な人間にこの地球を任せておけないだぎゃ!」

「う……地球の人間にも会っていたのか……」

(そうだよな、この地球にも人間がいるんだよな……今迄考えてなかったが、この地球の人間はどうしていやがんるんだ?……)


「オラ達はこの一ヶ月、地球に住む生命体の環境をずっと調べてきただぎゃよ。そして、この地球には人間はいらない結論に達したんだぎゃ!」

「ち! 仲間にならないかと言ってやがったクセに、人間を獣人の家畜にでもするつもりか!?」

「ご名答だよ、タケル。この地球で人間が動物を支配しているのが逆転するだけの話だ。優れた種族が支配するシンプルな考えだ」

「ふざけるな、我王! この地球は人間がいるから、動物も平和に暮らせているんだ!」

「本当にそう思うのか?」

「な、何?」

「例えば俺たち獣人は、人間同様『肉』を食うが、家畜という食料供給の概念は持っていねぇ。獣人に進化していない野生の獣を猟で狩っているからだ。だから猟で死ぬ獣人もいるから、両者間の間引きがある」

「そ、それがどうしたってんだ!?」

「だが、てめぇら人間は、ただ食料の為だけに動物の命を奪い、食物連鎖という自然の摂理をシカトしてるじゃねぇか! これは支配じゃねぇってのか!」

「ぐ……!」


 我王の言葉にタケルは詰まってしまった。

実際、タケルの古の記憶でもそれはわかっていたハズだった。

人間の勝手な行いが、動物の自然環境を破壊してしまっていることに。


「人間自身も気づいてるようだぎゃな。でもオラ達はそれを言いたいんじゃないだぎゃ。争いで美しい地球をこれ以上汚したくないから降伏して欲しいだぎゃ!」

「……全ては人間の責任ってことか……

「そうだぎゃ」

「じゃあ、もし、てめぇら獣人がこの世界を治めたら争いごとは起きねぇってのか!? 結局それじゃぁ今までと同じになるだけじゃないのか!?」

「そ、そうはならないだぎゃよ! ぜ、絶対……オラがそうさせないだぎゃ!」

「けっ! もう地球の支配者きどりかよ? てめぇは何様だよ!」

ダッ! バギン!

タケルは、ベンに向かって拳を振るった。それを両腕で防御するベン。

「ぐぐ……アニキたち人間よりましだと言っているんだぎゃ!」

シュッ! ブンッ!

今度はベンの回し蹴り。タケルはそれを紙一重でかわす。

「いちいちムカツク野郎だぜ! てめぇは!」

「アニキだって相当ムカツクだぎゃよ!」

ドッ! バギッ! ギャン! ガッ!

タケルとベンの凄まじい攻防。その蹴りや突きの応酬は、常人には見えないほどのスピードだった。


 その戦いを見ていたボブソンが口を開いた。

「タケルめがあの酒を飲んだことで、ヤツの身体能力は50%まで落ちているハズじゃ……だが、今のベンといい勝負か……」

「やれやれ、ベンのヤツ、ムガイル使ってあれじゃぁ、修行をサボってたんじゃねぇのか? ボブじぃよ」

「よく見るのじゃ、我王……タケルもベンもインガを使っとりゃせんよ。生身の体で殴りあっているんじゃ……」

「あのヤロウ、もと仲間だからって手ぇ抜いてんのか? よぉし! 俺が活入れてやるぜ!」

「まぁ待て。お互いインガを使わないのは、男同士の意地の張り合いみたいなもんじゃ……それにしても、たいしたものじゃ」

「何がだよ? ベンのことか?」

「いや、タケルじゃ。あの酒を飲んであれだけ動き回れば、どんどん酔いがまわり、おそらく今の身体能力は20%ほどじゃろう。それなのにムキになってインガまで使わないとは、ある意味男じゃの。ふぉふぉ」

「けっ! 何いってやがんでぇ。20%であの程度じゃ、もし全力でも俺の足元にもおよばねぇぜ!」

「我王よ、あの男を甘くみるでないぞ……もし、キトラの肉体と、古の精神の両方を己のものにしたのなら、必ずおぬしの前に強大な敵となって立ちはだかるじゃろう」

「そうかい。だったら今、ブッ殺しちまえばいいだけだ!」

「じゃが、おぬしはそれもせんじゃろう……全力のタケルと闘ってみたいと、顔に書いてあるわい」

「へ、へん! とにかくタケルは俺たちの仲間にはなんねぇな。ま、完全な敵になるとも思えねぇけどな」

「ふぉふぉ! ホレおったか、我王よ? おぬしも一応女じゃからの、ふぉふぉ!」

「なっ……てめぇ、ボブじぃ!」

バギャン!

突如、タケルとベンの目の前を吹っ飛んでいったボブソン。タケルとベンの手がピタリと止まった。

「こ、こりゃ! 年寄りはもっと大事に扱えぇ!」

ポカーン。呆気にとられるタケルとベン。

「へっ! やめだやめ! てめぇとケンカしても一銭の得にもなりゃしねぇぜ!」

「それはこっちのセリフだぎゃ! なんだか興醒めしただぎゃよ!」

タケルとベンはお互い背を向けそっぽを向いしまった。

「おい、我王! それでこれから俺をどうしようってんだ? こんな海の底じゃぁ、いくら俺でも自力で脱出できそうもねぇぜ。まさか獣人族と一緒に暮らせってこたぁねぇよな?」

「皿洗いなら雇ってやる、と言っても役に立ちそうもねぇか」

「……わからねぇな。何故俺をこんなところに連れてきたんだ?」

我王は無言であたりを見回した。

「タケル……ここの城や門が、何故こんな水の中にあるかわかるか?」

「へ? なぜって、これはおまえら獣人が作ったんだろ?」

「バカを言え、いくら俺様のインガが強くても、これを水中に作るのは無理だ。ここは俺様とポリニャックのインガで、ドーム型の空気の層を作っているんだ」

「じゃあ、いったい誰がこんな海の中に城を作ったんだよ? ヤマトか? レジオヌールか?」

「ふぉふぉ、タケルよ。もうひとつの考え方があるぞい。作られたのは地上で、ここが水中になってしまった場合じゃ」

「あッ!……」


 どうやらこの場所は、以前は地上だったようだ。

それが水面の膨張か、地面の陥没によって起きた原因かは定かでないが。

とにかくこれだけ水中深くにあるということは、よほど大きな自然変化が起こったと思われる。


「古の精神であるタケルが、大インガで黒い渦を封印し、ヤマトの世界を創って地球との入り口を封鎖した……そして数万年が経ったのじゃ……地球の様子が激変していても不思議はなかろう?……」

「ジッちゃん……知ってたのか? この地球の秘密を……俺の生い立ちを!」

「当然じゃ、それらの古の歴史は、ヤマトで代々語られてきておる。ワシを何年生きていると思っておるのじゃ」

「それに、そんなことは、伝説の武神機から聞いているぜ!」

「なんだって!? 我王! 俺の大和猛から聞いたのか?」

「はぁ~あ、まったく無知なヤツだぜ、てめぇは」

「ぐっ! て、てめぇに言われたかないぜ!」

「いいか? 伝説の武神機ってのは、てめぇのヤマトタケル一機だけじゃない。ヤマトの世界にはまだ眠っている伝説の武神機がいるんだよ」

「なんだと?……そ、それでオマエは……」

「ああ、手にいれたぜ。この世界を統治する者として当然だ。だから俺とおまえは、この世界を賭けて争い合う運命にあるってことだな」

「ち!……何体いるんだよ、伝説の武神機は!?」

タケルは、撫子の乗った伝説の武神機を思い出した。

「当然、ヤマトの撫子や、レジオヌールのシャルルも手にしているじゃろう」

「なんだって……シャルルも伝説の武神機を……あいつが……」

「力ある者が更なる大きな力を得る……それが運命の歯車というものじゃて。だから、それを手にした者こそ、この地球をどう統治するか使命を課せられるのじゃ。まだおまえさんにはわかっとらんようじゃがの」

「へん! お説教はたくさんだぜ!」

「タケルよ……よく考えるのじゃ。この地球はもう人間に任せてはおけんのじゃ……これを見るがよい」

そう言ってボブソンは一厘の花を出した。それは花の形をしてはいるが、全体が灰色のプラスチックのようなものでコーティングされていた。

「なんだこりゃ? 造花か?」

「よく見るのじゃ、これは何かが一瞬にして吹きつけられて硬質化したものじゃ。ここら辺り一面は、その奇妙な墨で塗りたくられておるわい」

タケルは注意深く辺りを見てみた。

確かにその花のように、海面一帯に灰色の塗料の様なものが吹き付けられていた。

タケルは一瞬にして背筋が凍った。そして思い出したのだ、古の記憶を。

(これは何かの爆発の後か……核爆弾よりもタチの悪い爆弾が、この地球を汚染していたとしたら……)

タケルはその事を声に出して言えなかった。

愚かな人間の記憶を掘り返したくはなかったのだ。


「……とにかく人間には、この地球の管理は任せられんということじゃ……では帰るがよい、タケル」

「え? 帰るって……帰してくれるってぇのか、この俺を?」

キョトンとして驚くタケル。

「俺様の流儀として、見ず知らずのヤツに、いきなりケンカをふっかけるような事はしねぇ。それぞれの考え方が違うからケンカするんだろ? だからその考え方をキチッと説明しておく義理があるんだよ」

「へぇ、メンドクセェやつだな」

「うるせぇよ! なんならここで殺してやってもいいんだぜ!」


 タケルはとても驚いた。

今まで獣人は、ただ人間を憎み、この地球を支配しようとしていると思っていた。

だが、獣人の立場になって考えれば、なるほど筋の通った話であり、潔い流儀もキチンとしている。

これでは本当に醜いのは人間の方ではないか? タケルは一瞬そう思ってしまった。


「ダーリン……」

ポリニャックがタケルの前に立った。

「話は全部聞いただっぴょ……キトラっていう意識が蘇ったから、ダーリンはあんなに凶暴になっちゃったってことも知ってるだっぴょ。だからウチはダーリンの事を恨んではいないだっぴょよ」

「ポリニャック……」

「だけど、これ以上、人間のダメな行為は見逃せないだっぴょ、だから……」

「わかったよポリニャック。おまえが何を言いてぇのか……だけど、それでも俺は人間なんだよ、だから……」

タケルはそれ以上の言葉に詰まってしまった。


 人間だから何なのだ?

善悪の判断なら、間違いなく獣人の方がしっかり理解しているというのに。

人間のくだらない尊厳のせいで、この大地が汚されてしまったのもわかっているのだ。

そんなくだらない問答をしている自分が、たまらなく歯がゆく思えてきた。


「ま、いいや! とにかく俺様のアイサツはこれですんだからな。今度会った時は、全力でてめぇをブッ殺す。いいな、タケル!」

「あ、ああ……そうだな、それでも俺たちは戦うしかねぇんだよな。へへっ、そうこなくっちゃな」

タケルは鼻の頭を擦ってニヤリと笑った。

「それではポリニャック、ワシとおぬしのインガで、タケルを水上へ送るのじゃ」

「おっと、その前にオミヤゲがあるんだぜ」

「お、お土産だって?」

「この大きいのか小さいのかどちらかの箱を持っていきな。欲張って両方はダメだぜ!」

「へぇ~、気が利いてんだな。俺知ってるぜ、こういう場合は小さい方が得なんだよな」

タケルは小さいほうの箱を手に取った。

「ではいくぞ、ポリニャック! インガをこめるのじゃ!」

「はいだっぴょ!」

ブブブブゥン……

ボブソンとポリニャックのインガを受けたタケルの体は、体が半透明になり揺ら揺らとゆれていた。

これはまるで、銀杏の得意なインガにそっくりだなとタケルは思った。

タケルはベンとポリニャックの顔を黙って見詰めていた。

同じく、ベンとポリニャックもタケルの顔を黙って見詰めていた。

それに耐え切れなくなったポリニャックの目が潤んだ。

そして、タケルに何かを言いたそうに一歩踏み寄った。

しかし、タケルはそれに答えることはなく、眉を悲しそうに寄せるだけだった。

消え行く間際、タケルはポリニャックに手を差し伸べ、頭を撫でようとした。

「ポリニャック……くなっ……な……」

ブブブブン!

「あっ!」

タケルは何かを言う途中で消えてしまった。

「ダーリン……今何て言っただっぴょか?……聞こえない……それじゃあ聞こえないだっぴょよ!」

ポリニャックの頬を涙がこぼれる様に、ベンは顔を背け歯を食いしばった。

ポリニャックの悲しみの声は、海底に寂しく響き渡った。

そして、薄れ行く意識の中で、タケルはこう呟いたのだった。

(強くなったな……ポリニャック)と。



 気がつくとタケルは、サンドサーペント号の甲板に打ち上げられていた。

紅薔薇が、溺れていたタケルを引き上げたのだった。

「一体今までどこに行ってたんだい!? まる三日も行方不明だったんだよ?」

「……そうか、そんなに……へへ、ちょっとした浦島太郎気分だぜ……」

「何言ってんだい、まぁ無事で良かったけど……それよりも、その小さな箱は何なんだい?」

タケルの腰には、小さな箱がヒモで縛りつけてあった。

「あぁ、これか? これは、その、玉手箱さ」

「頭だいじょうぶかい? タケル」

「俺の頭は正常さ。どれ、何が入っているのかなっと!」

「え、ちょっとおよしよ! どこで拾ったのかもわからないのに!」

パカッ!

タケルは勢い良く箱を開けてみた。するとそこには、あの灰色の花が入っていた。

「花……だよね? どこにあったんだい、そんな薄汚い花?」

「そうか……これは……そうだな……」

「タケル?」

「これはよ、海底に咲く花、だぜ……」

タケルはそう言って、その花を見詰めた。


 ここは海中。

華やかだった竜宮上も、海中につかりペンキが禿げ、灰色の膜があらわになっていた。

「それにしてもタケルのヤツ、完全にハズレの箱を持っていきやがったなぁ!」

「我王よ、大きなつづらには何が入っていたんじゃ?」

「へへっ! 俺様特製の豪華弁当だぜ! 調理から盛り付けまで全てオリジナルさ!」

その大きな箱からは、異臭が漂っていた。

「どうやら当たりを持っていったようじゃの……」

ボブソンは、我王に聞こえないように小声で言った。

「あん? てめぇ、今何つったよ! このジジィ!」

「ひえぇっ!」


 そのやりとりを、柱の影から遠目で見ていた獣人がいた。

「ふん! まったく我王さまの甘さには我慢できないぜ!」

「大声を出すなガイザック。我王様に聞かれたらどうする」

「だがよ! ハイネロア!」

「今回は、タケルと会うことが目的だったのだからな。それが我王様のお考えなのだ」

「そうそう。私達が出るとややこしくなるから、我王様は出てくるなといったのよ~」

「その通りだ、ミリョーネ」

「しかし! ハイネロア、それでは俺たち親衛隊が何で存在しているのか意味がないではないか!?」

「戦いになれば役目はある。それを我王様もわかって下さっているさ」

「はん! そうか? 俺にはどうもベンのヤツが我王様に取り入っているようで胸糞が悪いのだ!」

「考えすぎよん~」

「はっ! 我王様も最近は何を考えているかわからんしな!」

「ガイザックよ……勝手な事を言うな。もし、我王様のお耳に入ったら、おまえは処刑されるぞ?」

「ふん、上等だ! 俺は人間を滅ぼすためならどんな事だってやるさ! それが我王様の意に反してもな!」

「うふふ、どうなってもしらないわよ~」

「臆病風に吹かれたか、ミリョーネ。我ら獣人族の誇りをみせてやる!」

ガイザックは憤慨したまま奥へと下がっていった。

「それにしても、表向きと違って我王様はお優しすぎるかもしれんな……このままでは……」

「だったらどうするの、ん~?」

「さぁてな……」

黒ヒョウの獣人であるハイネロアの眼が黄色に光る。

どうやら、獣人の親衛隊の中にも、野心的な人物がいるようだった。


 こうして、我王とタケルの始めての対峙が交わされたのだった。

意外にも、人間の愚かさを正そうとする獣人の姿勢に、タケルは戸惑いを隠せなかった。

だが、ここまで表面化してしまった争いには、もはや歯止めが利かないのだった。

そして、この戦いを早く終わらせる事が、地球の平和に繋がるのだとタケルは思った。


 しかし、この地球の海面が、灰色の膜で覆われていることを、皆はまだ知らないのだった。

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