第15話 薔薇の花


可憐な花は突然に咲かない

長い年月を耐え忍ぶからこそ

花は可憐に咲き誇る



 第十五話 『薔薇の花』



 あれから一週間が経った。

タケル達はなんとかボブソンと出会うことができた。

だが、ヤマトの国の烏丸神という少年に、手も足も出ずにやられてしまったのだ。

治療を終え、なんとか動ける状態になったタケルは下山した。

そして、ポリニャックと部下とともに我狼乱のアジトへと戻ることにした。

だが、帰りの際の皆の表情は、暗い雰囲気に包まれていた。

いつものような馬鹿騒ぎは聞こえてはこない。


 ここにはタケルのケンカ相手がいない。

ここにはベンがいない。


 ベンはボブソンの元に弟子入りしたのだった。

ボブソンの『無我意流』(ムガイル)という技を伝授してもらう為だ。

最初は弟子入りを断り続けていたボブソンだったが、ベンのあまりにも真剣な眼差しに心を打たれ、

ついには弟子入りを許したようだ。これまで弟子をとったのはベンでニ人目だという。

タケルは、ベンの希望に満ちた眼を見てただ一言。

「そうか……がんばりな、ベン」

そう言い残して山を降りた。

タケルの胸中には様々な思いでいっぱいだった。


 タケルは、ギュッと握られた自分の拳を見詰めた。

(あの烏丸というヤロウの強さといったらハンパじゃなかった……

この俺がまったく歯が立たなかったなんて、上には上がいるもんだぜ……

ヤマトの国には、あんな強ぇやつらがまだまだいるってぇのか?

まったくふざけた話だ……イヤんなるぜ……

これじゃぁ俺が、この世界に来た理由なんて何の意味もねぇ……

いや、もともと意味なんてなかったのかもしれない……

たまたま盗賊のリーダーになって、自分の力に勝手に思い上がっていただけなんだ。

烏丸神の力に比べたら、俺の力なんて屁みてぇなもんだからな……

まったくお笑いだぜ……)


 思い詰めた顔で夕焼けを眺めるタケル。

それをポリニャックは影から見詰めていた。

(ダーリン……早く元気だしてほしいだっぴょ……)





 それからまる2日ほどが経った。

タケル達の乗ったトレーラーは、我狼乱のアジトに到着した。

そこでタケルが目にした光景は、空いた口が塞がらないほどの衝撃だった。


「おかえり……タケル」


 飛鳥萌の声であった。

その顔も、その瞳も、その姿も。

自分の知っている幼馴染の飛鳥萌そのものであった。


 そこに少しひきつった顔をしたシャルルが入り口で出迎えてくれた。

「た、タケルさん、おかえりなさい。あ、あのですね、その人なんですけど……」

シャルルの口調は、しどろもどろだった。


 タケルの顔は、一瞬ほころんだように見えたが、すぐに萌を睨み付けた。

「もう騙されねぇぞ! このニセモノが!」

「何をいっているの、タケル?」

「へん! 騙されるのは今度で三回目なんだぜ? そうはいかねぇ!」

タケルは、あどけない顔で微笑む萌に殴りかかろうとした。


「待ってタケル! その人はきっと本物だよ」

入り口の奥から出てきたのは紅薔薇だった。

「紅薔薇……おまえ、具合は治ったのか!?」

「うん……その人が……萌さんが治してくれたんだよ……」

「なにッ? 萌が! いや、このニセモノが治しただと? そんなバカな!」

タケルは腕組みしながら、萌を穴が開くほど全身をジロジロと眺めた。

「ば~か。もぅ、私を忘れるなんてヒドイわ」

萌はそう言うと、タケルの胸に飛び込んで抱きついた。

「も、萌……本当か? 今度こそ本当の本当の萌なんだな?」

「当たり前じゃない! もうぅ……会いたかったんだから!」

萌の頬からは涙がつたり、それがタケルの腕にこぼれた。

タケルはこれ以上、自分の感情をを抑える事が出来なかった。

「そっか……萌……心配かけたな……」

萌がタケルを抱きしめたことで、タケルも萌を自然に抱きしめてしまった。


 その様子を見て、紅薔薇とポリニャック、そしてシャルルの表情がみるみるうちに変わっていった。

当然、紅薔薇とポリニャックは赤い顔に。

当然、シャルルは青い顔に。


「あ、あの……ちょっと、その……タケルさんっ!」

その場の雰囲気に耐え切れなくなったシャルルが、タケルを引っ張ってその場から少し離れた。

「あのですね! 感動の再会なのはわかりますが、その……

紅薔薇さんの事も気遣ってやって下さい。それにポリニャックさんも……」

「ん? どういうことだ?」

「だ、だから……アレ」


 シャルルは紅薔薇とポリニャックの方をそっと指差した。

顔は笑っているが口元がヒクヒクと引きつり、目が完全に笑っていなかった。

(どわっ!)

それに気付いたタケルは青ざめて目線をそらした。

「お、俺、ちょっとひとっプロ浴びてくるわ! 長旅でちょっと汗くさいかな~、なんてな?

ちょ、ちょっとこの場は任せるぜ! シャルル!」

そう言うとタケルは一目散にシャワー室へと向かって走った。

「ちょ、ちょっとタケルさん!……あぁ、この状況をボクにどうしろと……」

シャルルはチラリと女性達の方を見た。

紅薔薇とポリニャックの目からは、バチバチと嫉妬光線が、萌に向かって発射されていた。

「もうっタケルったら! 久しぶりに会ったってのにどうしちゃったんだろ?」

萌は嫉妬光線にはまったく気付かず、きょとんとした表情をしていた。


 シャルルはそれを見て思った。

(たぶんアレだ……萌さんと言う人は、おそろしく鈍い性格な人なんだな……)

これからこの場を、なんとか和やかにする任務を受けたシャルルの肩は、とてつもなく重かった。



 タケルは風呂に入っていた。

湯船を鼻までつけながら、タケルは考え事をしていた。

(俺は、てっきり萌は死んだと思っていた……

確かに俺の記憶にはそう刻み込まれていた……だが実際に、萌は生きていた……

ほんとに本物なのか?……それとも俺の記憶がおかしいのか?

それに、どうやってこの世界にやって来たんだ?

ここに来たのは俺だけじゃないってことか?……すると他にもいるってぇのか?……)


タケルはできるだけ冷静に考えていたが、考えれば考えるほど頭が混乱してくるのだった。

「えぇ~い! 考えても始まらねぇ! とにかく、これから萌に話を聞けばすべてがわかるんだ!」

しかし、それはいつものタケルではなく、どこかぎこちないタケルだった。

(ちぇっ、調子狂っちまうぜ……)

タケルはタオルで顔をゴシゴシと拭いた。

鏡に映った自分の顔は、まるで締まりのない顔をしていた。



 それから数十分後。

タケル達の無事の帰還を祝って、我狼乱では定番の大宴会がはじまった。

もちろん部下たちの興味は、女三つ巴の戦いの行方だったのは言うまでもない。

部下達の予想どうり、紅薔薇とポリニャックと萌に囲まれて、タケルはしどろもどろで縮こまっていた。

萌だけは相変わらずの鈍感で、ただニコニコと笑っていた。


「紅薔薇さんってとってもやさしいんだよ、タケル!」とか、

「ポリニャックちゃんってほんっとうに可愛いね!タケル!」とか、

ますます火に油をそそぐ発言を平気で連発していた。

タケルは冷や汗ダラダラだ。


 シャルルもそんなタケルを気の毒そうに、ただ見守るしかなかった。

部下たちは、そんなリーダーを見ながら酒の肴にしていた。

「わははっ!だらしねぇぞリーダー!」 「アニキもすみにおけませんねぇ!」

みな悪ふざけでタケルを冷やかした。

「う、ウルセェぞ、てめぇら!」

「ちょっと! 聞いてんのかい、タケル!」

「そうだっぴょ! ダーリンさっきからただハイハイ言ってばっかりだっぴょ!」

そこに感情を昂らせた女性二人からの攻撃。

「あ、あぁ……」

タケルは涙目になっていた。

「あはは! みんな面白い人達ばかりだねぇ、タケル?」

その場はすでに修羅場を通り越し、もはや地獄と化していたのだ。



 宴はまだ続き、あちらこちらで楽しげな声が聞こえてくる。

シャルルは楽しげに笑う萌の顔を見詰めていた。

「ん? どうしたのシャルルちゃん?」

「あ。い、いえ……

「わかった、このお料理を食べたいのねー? ちょっと待ってね。ハイ、どうぞ!」

「あ、ありがとう……ございます」

萌から優しく差し出された料理を受け取り、シャルルは少し照れ笑いをした。


(萌さんて、なんだか普通の女性とは違うな。なんていうか、温もりを感じるような……

ボクは物心ついた時からお母さんなんていなかったから……

お母さんというのはこういう感じの人なのかな?)


 シャルルは、萌の横顔をぼんやりと眺めていた。

すると、それを見たポリニャックが、シャルルの背中をつねった。

「シャルル! あんたまでモエにニタニタしてるだっぴょか?」

小声で囁くポリニャックの声は、少しドスが効いていた。

「あ、いえ……そんなんじゃ……」

冷や汗を垂らしながら言い訳をするシャルル。そしてまたチラリと萌の方を見た。

(萌さんって心の安らぐ人なんだな……こういう人がお母さんだったらいいな……)

シャルルはまたそう思った。


 しばらくして。

宴もやっと落ち着き、女性達の怒りもなんとか落ち着いてきた頃、タケルが話を切り出した。

「なぁ、萌、教えてくれ……お前はどうやってこのやって世界に来たんだ?」

タケルは真剣な眼差しで萌を見た。

そこにシャルルが興味津々な顔つきで話に入ってきた。

「そうですね。みなさんが話を理解しやすいように順を追って話してもらいましょうよ」

「よし、シャルルがいてくれれば話も進めやすい。進行役たのむぜ」

タケル、萌、紅薔薇、ポリニャック、シャルルが輪になって座った。


「では、まず、そうですね……タケルさんがいた世界、えっと、チキュウっていいましたっけ?

そこで覚えている事を、簡単に話してもらえますか?」

シャルルはタケルの方を見た。

「え? 俺か? 俺はまず萌の話を聞きてぇんだが……」

そう言うと、紅薔薇とポリニャックの視線が突き刺さってきた。

「まずみなさんが理解しやすいようにですよ。

萌さんはタケルさんがヤマトの世界に来てからの事をまったく知らないし、

それ以前の事も全く知らないので。そういった意味でお願いします」

「そっか……そんじゃ、まず俺がいた世界は地球って言って、そこで俺はワルやってたんだよな」

「ワル? ワルってなんだっぴょか?」

「頭の悪い人のことよ、ポリニャックちゃん」

「うるせーよ! 萌。まぁ、その通りなんだけどよ……

それで学校はキライだし、勉強はツマンネー、しとにかくワルさばっかしてたんだよ」

「ほーんと。タケルったら、私に迷惑ばっかかけてたんだから!」

「なんでオメェが迷惑するんだよ? 関係ねぇだろ!?」

「何言ってんのよ! あんたの面倒みろって施設のお母さんに言われてたからよ!」

「知るかよ! んなこと!」

「ほんっとにタケルったら昔と全然かわってないんだから! もぅバカ!」


 ニ人の痴話げんかを見て、紅薔薇とポリニャックは、またしても心中穏やかではない様子だ。

(あああ……また場を乱すんだから……ボクの立場も考えて下さいよぉ……)

シャルルはため息をついた。


「ところでダーリン、シセツってなんだっぴょか?」

「ああ……俺の小せぇ頃、両親が事故で死んじまったんだ。

だから俺はそこに預けられたってワケ。ようするに親戚中の鼻ツマミ者だったんだよ」

「もう、またそういう言い方するんだから……」

「そうだっぴょか……かわいそうなダーリン……」

「へん! 別にそうでもねぇよ」

「じゃあ、ボクと同じですね、タケルさん」

「え? どういうことだ、シャルル?」

「はい……ボクは両親の顔をしりません。物心ついた時には祖母が親代わりでした。

それに、その祖母も半年前に……」

「そっか。悪いこと聞いたな」

「いえ……あの、それでタケルさん。もっと話を掻い摘んでもらえますか?」

「カイツマム? ってどういうこった?」

「要点だけを簡単にって意味ですよ」

「そっか。んじゃぁ、俺は地球で撫子っていう奴と戦ったんだ」

(撫子……)

紅薔薇の表情が少し変わった。

「ナデシコって誰だっぴょか?」

「まぁ、それは後で話すからよ。そんで空から3つの大きな黒い大穴が開いて、

えっと、何故かインガが使えるようになって、そんで武神機に乗って戦ったんだよな、それから……」

「え? ちょっと待ってタケル。それってどういう事?」

「どういう事っておまえ、俺が経験した事だよ」

「え、でも……」

「あ、萌さん。とりあえずタケルさんの話を全部聞いてからにしましょうよ?」

「う、うん……」


 タケルの話は続いた。

「で、そっこから覚えてねぇんだけど、気がついたらこの世界にいたんだよ」

それからタケルは、この世界に来てからの事を掻い摘んで話した。

「……なるほど。どうです、萌さん。わかりましたか?」

「ふぅん。そうなんだ……タケルもこっち来てからいろいろ大変だったんだなぁって……

でも、インガの力って不思議だよね~。私も自分で使って思うもの」

「そうだな、インガの力は不思議……って?

おい! 萌、今何て言った? まさかオマエもインガを使えるのか?」

「うん、使えるよ。私のインガは主に治療系だけどね」

「おどろいたっぴょ~。モエもインガが使えるだっぴょか?」

「それはアタシが断言するよ。だって衰弱したアタシを治してくれたのがこの萌のインガだからね」

「ボクも見てましたけど、それはもう見事でした。手品のように紅薔薇さんを回復させたのですから」

「へへへ……照れるなぁ」

萌は顔を赤く染め、手を頭の上にのせて照れた。


「それで萌さん。さっきあなたが言いかけた事なんですが、

ひょっとしてタケルさんとは話が食い違っているのではないでしょうか?」

シャルルは萌に尋ねた。

「そうなのよ! タケルは地球で撫子っていう人と出会って、

武神機っていうロボットに乗ったって言うけど、そんな事なかったわよ?

あの時、黒い渦が現れてから私とずっと一緒だったもの。

それでその渦に吸い込まれて、気がついたらこの世界に来てしまっていたのよ……」

「何だって? そんなバカな! 俺は確かに撫子って女と会ったし、武神機にも乗った!

大和零式って名前の武神機だった! まちがいねぇ!」

タケルは立ち上がって大声を出した。それを聞いた紅薔薇の表情がまたもピクリと強張った。

「タケル……アンタ本当に、その『撫子』って女に会ったってのかい……?」

「ああ! ウソじゃねぇぜ! 俺はウソが大っキライなんだ! マジだぜ!」

「へぇ~、私にはよくウソつくのにね? タ・ケ・ル?」

萌はタケルに顔を近づかせ、弱みを握ったような口調で喋る。

「うぐ……俺はオマエ以外にはウソはつかねぇ……んだよ……」

タケルの語尾は聞こえないほど小さくなった。


 紅薔薇はそのやりとりを見て見ぬフリをし、話を続けた。

「アタシがもとヤマトの国にいたってのは知ってるだろ?

アタシには妹がいたんだけどさ、その名前が……」

「妹だと? まさか、その名前が……」

「そう、撫子っていうんだ……今まで隠すつもりじゃなかったんだけどさ……」

「なんだって!? 撫子が紅薔薇の妹だってぇのか!?」

「アタシがまだ幼い頃、一流の『サムライ』になる為に撫子とは一緒に修行してきたんだ。

その師匠があの『天狗』なのさ」

「そうだったのか……」

「アタシは天狗を師匠として慕って育ってきた……

でも、ある事件をきっかけに、天狗は行方不明になり、あたしもヤマトの国から飛び出してきたのさ……」

「そうだったのか……紅薔薇にとって天狗は師匠同然だったのか……

俺はその師匠を殺してしまった……悪いことをしちまったな……」

「気にすることないさ、タケル。あのひとは変わってしまった。

もう幼い頃の優しい師匠ではなかった。だから死んで当然だったのさ……」

「いや、でも……」

タケルはやり切れない気持ちでいっぱいになった。


「そういえば、ベンの姿が見えないねぇ?」

「ああ、ヤツは獣人の長に弟子入りしたんだ。それで、そっちで修行してくるんだと」

「へぇ、獣人の長にねぇ……よっぽど誰かさんに負けたくないみたいだね?」

「ヘン、知るかよ!……そう言えば紅薔薇、烏丸神って知ってっか?」

「なんだって!?……その名前をどこで聞いたんだい?」

紅薔薇はひどく驚いた。

「獣人の長に会いに、閉ざされし死の門へいった時だぜ。もうひとり春菊とかってヤツもいたな」

「烏丸神に春菊……どうしてあのふたりが?……」

「こっちが教えて欲しいぜ。紅薔薇、あいつらは一体何モンなんだ?」

「春菊は、あたしと同じ白狐隊(びゃっこたい)のメンバーさ」

「また白狐隊かよ……」

「そうだよ。無表情で残忍な戦い方をする奴さ」

「そうだな。そんな感じの女だったな」

「そして、烏丸神……

彼は、『白狐隊』のさらに上の実力を持っている『神選組』(しんせんぐみ)なんだよ……」

「神選組だと? もっと強えぇってことか? たしかに、あいつのインガは俺でも歯が立たなかった……」

「え? 何だって? じゃあ、タケルは烏丸神と戦ったってのかい?」

「あ、ああ……そうだ……コテンパにやられちまったけどな」

「あれはまさに神の如く強さ……生きて帰れただけでも儲けものだよ」

「でもよう、くそっ! やられっぱなしじゃぁ、俺の気がおさまらねぇぜ!」

一同はシーンと静まり返る。


「話をまとめてみましょう。タケルさんは地球で撫子さんに会ったことがある……

紅薔薇さんには妹さんがいてその名前が撫子さんという……

そして萌さんはタケルさんと一緒にいたのに撫子さんとは会った事がない……となると……」

シャルルは腕を抱えて考え込んだ。

「だけどよう、もし俺が地球で会った撫子が紅薔薇の妹だったとしたら、何の目的で地球に来たんだ?」

「ひょっとしたら、名前が同じだけかもしれないだっぴょね」

「そうね……それとも、ヤマトでは地球へ行けるようなすごい装置を開発したとか考えられるかも……」

「そいつはすげぇ装置だな」

「そうですね。ヤマトはインガだけではなく、幅広い分野で研究をしていると聞いたことがあります。

ひょっとしたら、地球とヤマトを行き来できることに成功しているかもしれません」

「だったら俺も地球に戻れるかもしれねぇってことだよな?」

「ヤマトへ忍び込めればの話ですが……

空を飛ぶ鳥でさえ警戒が厳しくて潜入は無理だと思いますけど……」

「そんなに厳重なのかよ?……くそっ!」

一同はまた無言になってしまった。


「萌はウソをついてるだっぴょね」

その時、ポリニャックの一言が沈黙を突き破った。

「え? ちょっと待ってよ、ポリニャックちゃん。私はウソなんてついてないわ」

「あやしいだっぴょ~」

ポリニャックは萌の顔をマジマジと見た。

「いや、撫子と会ったと言ったのは俺が先だ。

もし萌がニセモノだったら、撫子に会ったと俺の話に合わせただろうぜ」

「確かにそうです……萌さんの言う事が仮にウソだとしてもメリットがないし、

萌さんの記憶が部分的に消えてしまったのかもしれない……

それに、紅薔薇さんをインガで治す事もないでしょう」

「でも、ウチらを安心させる作戦かもしれないだっぴょよ?」

「うぅ、そんなぁ……」

萌はうつむいて黙ってしまった。

そして顔をぐしゃぐしゃにして涙をボロボロ流し、泣くのを必死で堪えた。

「よせよ! 仲間同士で疑いかけてる場合じゃねぇだろ」

(この泣き顔……確かに萌だぜ……こんなマヌケな泣き方するヤツはそうはいねぇ……)


「ふん、ダーリンは萌に甘いだっぴょね!」

「い、いや、俺はべつにそういうワケじゃねぇけどさ……」

「泣いて誤魔化さないで欲しいだっぴょね!」

「ひぐっ、ひぐっ……そんな……」

萌は涙やら鼻水をダラダラと垂らしていた。

「おい、みっともねぇからこれで拭けよ」

タケルは萌に手拭を差し出した。

「ありがと……チーン! ひっぐ!……あ、そういえば……」

鼻をかんだ萌は、突然何かを思い出したようだった。

「カブラくんよ。鏑正輝(かぶら まさき)。彼も一緒だったわ!」

「カブラ……カブラだと? 誰だそいつ?」

「やっぱりモエはウソついてるだっぴょね!ありもしない名前をテキトーに言ってるだけだっぴょ」

「ちょっとまて……カブラ……カブラ……カブラ?

ああッ!! カブレかッ! カブレの事だな! 思い出したぜ、やつはどうしたんだ!?」

「わからない……この世界に来た時、わたしはひとりぼっちだったから……」

「そうか……」

「それで私は、偶然立ち寄った村で、傷ついた人にインガの治療したら歓迎してくれて……

それで、村人のオパールとネパールと一緒にタケルを探す旅に出かけたの」

「オパールとネパール? 誰だそりゃ?」

「タケルさん、オパールさんとネパールさんは萌さんと一緒に旅して来た人です。ここにはいませんが、来客室でお休みになってます。にぎやかな場所は苦手らしいので」

「そうか……それにしても、カブレもこの世界にやってきているのかよ?……

あいつは殺しても死なねぇヤツだからな~。あんの野郎! 無事でいろよ!」

タケルは嬉しそうな顔をしていた。


 シャルルは今までの話を頭の中で整理してみた。

(ええと……

タケルさんが今まで思い出せなかったカブレさんという人物を、ここにいる萌さんは知っていた……

とすると、萌さんの部分的な記憶錯誤という線が一番有力だ……

この萌さんをニセモノだとするにはあまりにも証拠が少なすぎる……)


「アタシはこの萌を信じるよ。傷を治してくれた恩人だからね」

「紅薔薇さん……ありがとう! ひっぐ……」

萌はまだ泣きじゃくっていた。

「あぁ、おまえは本物の萌だ。でなけりゃカブレの事をしってるハズがねぇ」

「ダーリンが信じるなら仕方ないだっぴょね」

「ありがとう、ポリニャックちゃん」

「でもダーリンは簡単には渡さないだっぴょよ」

ポリニャックは小声で萌の耳にささやいた。

「ひぐ……?」

萌は、いまだにこの四角関係に気付いていないようだった。

どうやらこの場は、萌が本物だということで話が落ち着いたようだった。



 そして宴は終わり、それぞれの部屋に戻っていった。

夜は更け、皆が寝静まった頃。


「……」

タケルは屋上に上がり、そこでひとり星空を眺めていた。

(この世界は、俺のいた地球とは違い、夜空に見える星が存在しねぇらしいな……

それなのに空には輝く星が見える。

これは、はるか上空にある、粒子の結晶だか何かが輝いているものだとシャルルが教えてくれた。

それに、月のように青白い光の大きな物体。

これも粒子のせいでそう見えるらしいが、どう見ても地球の月とそっくりだな……)

タケルは地球を思い出すかのように、その星空を静かに眺めていた。


「……タケル? やっぱ起きてたのね?」

そこに萌がやってきた。

「おまえ……どうしてここに?」

タケルは驚いた表情をして萌に尋ねた。

「ふふ、なんとなく、ね。私もなんだか眠れなくってさ……タケルと一緒だよ」

萌は少し首を傾けて、タケルの顔を覗き込むように言った。

「おまえは長旅で疲れてんだろ? ガキはさっさと寝ちまえよ」

タケルは、萌の微笑みを見て少し戸惑い、顔をプイと背けた。

「あー、また私を子供扱いしちゃって。これでも少しは成長したつもりなんだよ?」

「へん、さっきみてぇにグズグズ泣くのがおまえの成長かよ?」

「あっ、あれはその……もう、タケルのいじわる!」

萌はタケルの肩をポカポカと叩いた。

「ははは! そらみろ、やっぱガキじゃねぇか」

「もう……!」

萌は頬をぷっくりと膨らませた。

「でも、ね……」

「ん?」

「本当は嬉しかったの……もう二度とタケルと会えるなんて思わなかったから……

ひょっとしたら、私だけがこの世界に連れてこられたと思っていたから……」

萌はタケルの顔をジッと見詰めた。顔を赤らめ照れるタケル。

「へ、ヘン! 心にもないこと言いやがって」

「あ、バレた? ふふふ……」

「へん! まったく……」

「でもね? タケルと会った時に不思議な気分だったの。

何て言うか……十数年ぶりに再会したみたいな……うまく言えないけどそんな変な気分だったの」

「十年ぶりぃ? だったらオマエはもうオバちゃんになってるじゃねぇかよ」

「あ、ヒドーイ! もう、タケルったら!」

「あっはっは」


 しばらくふたりは笑っていた。

そしてしばらく黙ったまま空を眺めていた。


「この星空は地球とまったく同じなんだな……

ここが異世界だという事がたまに信じられなくなるぜ……」

「ホントだね。ここって一体どこある世界なんだろうね?」

「さぁな。ただ、ヤマトの世界に俺たちが存在しているのは紛れもない事実だぜ……夢なんかじゃねぇ」

「でもさ? ホントは夢かもしれないよ?」

「夢か……それか、ひょっとしてここは、未来の地球だったりしてな。タイムスリップとかなんかでさ」

「あ、私も思ったよ。確かそんな映画あったね。

主人公が宇宙旅行して辿り着いた星が、実は未来の地球だったって話」

「まったくシャレになんねぇな。この間まではフツーの学生やってたのによぉ、それが今じゃ、インガだヤマトだ何だで、命守るために必死で戦ってよぉ」

「いつもの町並みに、いつもの学校。

それでいつもの友達と一緒に勉強したり、おしゃべりしたり買い物したり……

なんだか今までの記憶が全部ウソだったみたいだね……うふふ」

「記憶と言えばさ、萌……」

「ん? 何?」

「あ……いや、いいや。何でもねぇよ」


(確かに俺は地球で撫子という女と出会い、武神機で正体不明の敵と戦ったはず……

だが、萌の記憶はそうじゃねぇ……すると、あれは俺の記憶違いなのだろうか?……)

タケルは、地球での萌との記憶の違いについて詳しく聞きたかった。だが、今は聞けなかった。


「それより、タケル! あのひと、紅薔薇さんとどういう関係なの?」

萌が突然、声を大きくして尋ねてきた。

「あ、え?……あ、あぁ、アレはソノなんだ……別に紅薔薇とは……その、どういう関係って……」

タケルはしどろもどろでハッキリ答えられなかった。

「私にはちゃ~んとわかってるんだからね、タケル!」

「え!?」

「紅薔薇さんは、タケルにとって大事なお友達なんでしょ? 私、一目見てわかったもん」

「あ、ああ、そうだな……大事な友達……でもあるな」

タケルは紅薔薇と恋仲であることを、萌に言い辛かった。

萌とはただの幼馴染なのに、何故か気遣ってそれを正直に言えなかった。

「ここの人達は良い人ばかりだね。これだけタケルのこと理解してくれる人ってなかなかいないよ?」

「そうだな、ここの連中はイイ奴ばかりだ。

地球のやつらみたいに無気力じゃねぇし、自分の信念をもってしっかり生きていやがる。

おかしな奴も多いけど、俺はそんな人間くせぇ連中が好きだな」

「私も! 実はこの世界って結構気にいってるんだ。ちょっぴり辛い事もあるけどね」

「楽してツマンネー世界で生きるか、それとも辛くても生き甲斐のある世界で生きるか……だな」

「あれ? タケルたったら急に詩人になっちゃったみたいだね?」

「あほ! ちげーよ。ったく、俺が詩人なんてガラじゃねぇよ」

「あはは、ほんとだね。タケルはタケルだもんね。あはは!」

「ちっ、何だよソレ、どーゆう意味だよ?」


萌は心の中で思った。

(でもほんとに成長したね、タケル。前より大人っぽくなったみたい。

タケルもこの世界でいろいろな経験をしたみたいだね……)


「さて、と……そろそろ寝るね、私」

萌はタケルの側から立ち上がった。

「あ、それと!」

「な、なんだよ?」

「紅薔薇さんと何があったかしらないけど、仲直りするのよ、いいわね?」

「え? あ、あぁ……」

そう言うと萌は、屋上から寝室へと向かって去っていった。

「ふぅ……」

(紅薔薇のキゲンが悪いのはオマエのせいだっちゅーのに……

まったく鋭いんだか鈍いんだかわかんねー奴だな、相変わらず……)

タケルはため息をひとつついた。しかし、その顔には笑みがあった。


 タケルはそろそろ寝ようと思って、自分の寝室へ向かった。

すると廊下の途中で、紅薔薇が壁に寄りかかり腕組みして立っているのを見掛けた。

「そこにいるのは紅薔薇か? 何してんだよ、こんな夜更けに」

「……別に……」

「べつにってオマエ……こんなところにいたら風邪ひくぞ?」

「タケルこそ何してたのさ? トイレにしちゃぁ長すぎるだろ?」

紅薔薇は顔を背け、淡々とした口調で言った。

「あ、イヤ……その、ちょっと星空を眺めてたんだよ、ははっ」

(ホントは萌といたんだけど、別にウソをついてる訳じゃねぇし)

「ふーん、星空ねぇ……ま、いいわ。じゃアタシは寝るから……」

「おい、ちょっと待てよ。何か俺に用があるんじゃないのか?」

「別に。ただちょっと眠れなくて意味もなくここに立っていただけさ、じゃね」

「お、おい! 待てって!」

タケルは紅薔薇の腕をつかんで止めた。

バシッ! それを払いのける紅薔薇。

「幼馴染との再会はそんなに嬉しいかい?! マヌケな顔がずっと緩みっぱなしだよ!

しっかりしておくれよ、アンタはリーダーなんだからさ!」

紅薔薇のいきなり豹変した態度に、タケルは一瞬たじろいだ。

「ま、マヌケはねぇだろ? なんだよ、ちょっと萌と話してただけで、何をそんなに怒ってんだよ!?」

「ほら! やっぱり萌と会ってたんだね?

そんなに話したかったらアタシの前で堂々と話せばいいじゃないか!」

紅薔薇の口調はすでにヒステリックだった。

「べつに堂々と話すも何もねぇよ。俺とアイツは只の幼馴染なんだからよ。

久しぶりに会って話しするのがどこが悪りぃんだよ!」

「ふん! そういう問題じゃないんだよ!」

「あ、ひょっとして妬いてんのか、オマエ?……だったら俺が悪かったからよ」

「ハン! 妬いてるだって? のぼせるのもいい加減にしな! 

アタシは餓狼乱のリーダーがしっかりしてくれればそれでいいのさ! 萌とは関係ないね!

お手てつないで散歩でも何でも行ってくればいいじゃないか!」

「な、何だよその言い方は!? 俺はずっとオマエの事を心配してたんだぞッ!」

「……」

その言葉を聞いて、紅薔薇は言葉に詰まってしまった。

「だったら……だったらもっと気をつかってよ!

アタシだって……アタシだって女なんだよッ!!」

紅薔薇は震えるような声で叫び、走り去ってしまった。

「あ……」

タケルは見た。紅薔薇が顔を隠すように背けた時、涙がこぼれ落ちるのを。


(あいつの涙はじめて見たな……そうだ、アイツだって女なんだ……

俺も萌の事で頭がいっぱいで、アイツの事かまってやれなかった……

アイツが元気になったのも祝ってやれなかったな……)

タケルは反省した。そして後味の悪いままベッドへと潜り込んだ。

ベッドが心なしかひんやり冷たく感じた。


「……」

柱の影からは何者かが一部始終を目撃していたようだ。

それは、ポリニャックだった。

「まったく、モエもベニバラもみんな子供だっぴょね~。

その点、ウチはダーリンの事を影ながら見守る大人だっぴょよ。

あぁ~……これが大人の恋というものだっぴょね……あぁ~」

ひとり勘違いして悦に入るポリニャック。

このおかしな四角関係は、これからも続きそうだ。





 ここは夢の中……タケルは夢を見ていた。

いや、ひょっとしたら夢ではなく、タケルの記憶なのかもしれない。

とにかく夢とも現実ともわからない映像がタケルに頭の中に映し出されていた。


 ここは地球だった。そしてタケルの住んでいる町だった。

タケルは撫子という正体不明の女と出会って戦いを交える。

そして、圧倒的な力の前になす術もなく敗れる。


なんとか一命をとりとめたタケルは、同級生のカブレと共に、

黒い渦の正体を突き止めるべく学校へと向かう。

そこに現れた謎の人型兵器。

タケルも武神機とよばれる機体に乗り込み、戦いに巻き込まれてしまう。

そして、インガという強大な力を発揮するが、それが自らの命を縮める結果になってしまった。

なんとかカブレの回復能力により復帰したタケルは、撫子の武神機とともに黒い大渦に向かっていった。

視界を覆いつくすほどの巨大な黒い大渦。そしてその先にあるものは……


「うわあああぁあぁーーッ!!」

ドスン! タケルは大声をあげてベッドから落ちた。

「ゆ、夢!?……か……なんだかとても恐ろしい夢を見た気がするが……

内容が思い出せねぇ……紅薔薇を怒らせた罰かな」

タケルは冷や汗でビッショリになった額をぬぐった。

「空が白い……もう朝になっちまったのか……」

タケルはいつもより早く目覚めてしまい、これ以上寝付けないので起きて廊下に出た。

明け方の廊下はひんやりと冷たかった。

タケルがメインルームへ向かおうとすると、何やら騒がしい。

「なんだ? 誰かの声が聞こえるが……」

タケルはまだ薄暗い廊下をメインルームに向かって走った。

「放しなッ! アタシはここを出てくんだからッ!」

そこには、紅薔薇と部下が何やら止めている様子だった。

「困ります! アネゴがここを出ていっちまったら、アニキに俺らが怒られちまうんですから!」

タケルはそこに近寄った。

「紅薔薇……ここを出て行くって、一体どうしたんだよ……?」

紅薔薇は、タケルの顔を見て一瞬驚いたが、開き直ったようにこう言った。

「アタシはヤマトの国の獣人狩りを独自で調査するのさ!

このままここにいてもラチがあかないし、それに元ヤマトの人間としての責任があるのさ!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 調査するってアテはあるのか? それもひとりで?

無茶だから止めておけ! これはリーダーとしての命令だ!」

「フンッ! アタシに勝ったからってリーダー面するんじゃないよ! 

今の腑抜けたタケルだったら負けはしないよ! 何ならここでもう一度勝負するかいッ!?」

「な、何言ってんだよ紅薔薇。今はリーダー争いしている場合じゃねぇだろ?」

「だから! 無能なリーダーの代わりに、

アタシがヤマトの国へ行ってカタつけてきてやろうって言ってんだよ! 文句あるかいッ!」

紅薔薇は凄まじい見幕でタケルを睨みつけた。

「い、いいから落ち着け! いくらオマエがヤマト国出身だからって、

勝手に国を抜け出した奴が戻ってきたら無事じゃすまないハズだ!

やつらの残虐な獣人狩りを見てそう思うぜ……違うか、紅薔薇?」

「ふ、ふん! いいのさアタシなんて! どうせここにいたってお邪魔なだけだろ?」

「な、何を言っているんだ、紅薔薇?」

「だったらここから居なくなってやろうって言ってんのさ! 

どうだい、親切だろアタシは? え? タケル?」

紅薔薇はタケルに顔を近づけて皮肉たっぷりに吐き捨てた。

「ばかやろう! それのどこが親切なんだよッ!」


バシッ!


 タケルは紅薔薇の頬を叩いた。

殴られて赤くなった頬を押さえ、紅薔薇は目に涙を浮かべてタケルを睨んだ。

そして小刻みにブルブルと震えていた。

「タケルのバカッ!!」

紅薔薇はタケルに怒鳴りつけると走り去ってしまった。

タケルは思わず叩いてしまった自分の手を見詰めていた。

「あ、アニキ、早くアネゴを止めないと!」

部下の一言でタケルは我に返った。

「そ、そうだ、こうしちゃいられない!」

すでに紅薔薇は、武神機の格納庫へと走っていった。

「あの野郎! 勝手な事しやがって! ちったぁ俺の事も考えやがれ!……よ……」


 タケルは走りながら紅薔薇の気持ちを考えた。

(紅薔薇は、俺がリーダーとして止めるのではなく、ひとりの男として止めて欲しかったのか……?

あいつだって、この負け犬の街に好きで集まった訳じゃない……

みんな自分を表現するのがヘタクソだっただけなんだ……

そして俺もそうだった……アイツが素直じゃない事はわかっていたハズなのに……

くそっ! 俺が間違っていたようだぜ!)

タケルは、自分の間違いに気付いたようだった。


「アニキーっ! 紅薔薇のアネゴが武神機で出ようとしてます! 急いで止めて下さい!」

アジト内のスピーカーから部下の声が聞こえてきた。

「ち! あの野郎、本気で出て行くつもりかよ!?」

紅薔薇は、すでに格納庫の『餓狼弐式カスタム』に乗り込んでいた。

「聞こえてるね! 格納庫のハッチを壊されたくなかったら、さっさとここを開けるんだよッ!」

「すいませんアネゴ! ここを開ける訳にはいきません!」

「仕方ないねぇ……忘れたようだね、アタシは炎のインガ使い紅薔薇様だよッ!」

ゴオオゥッ!

紅薔薇の乗った武神機から灼熱の炎が放たれた。ハッチは一瞬にしてドロドロに溶けた。


 やっと格納庫に辿り着いたタケルは、自らも武神機に乗り込んだ。

「よせ、紅薔薇! 取り返しのつかないことになっちまうぞ!」

武神機に乗り込んだタケルは、紅薔薇の武神機を止めようと肩を後ろから掴んだ。

「上等だよッ! やってやろうじゃないかッ!!」

ゴアァッ!

紅薔薇の炎のインガが激しく燃え盛る!

そのあまりのパワーに、タケルの武神機は吹き飛ばされてしまった。

「ぐわぁ!」

(すげぇインガだ!……紅薔薇のやつ、怒りでキレるとこれほどまでのパワーを出せるのか!?)

いつもは冷静な紅薔薇。だがキレるとそのインガは普段の数倍の威力を発揮するようだ。


 紅薔薇の武神機はハッチから外に出て、ビーグルモードに変形し、アジトから遠くへ移動していた。

「アニキ! 早くアネゴを追わないと! アニキ、アニキっ! 聞こえますか!

……だめだ、アニキの武神機の無線が切れている……」

タケルの餓狼弐式カスタムは、さっきの紅薔薇のインガで無線が故障したようだ。

それを追うタケルの武神機も、ハッチから外に出てビーグルモードに変形し、紅薔薇を追いかけた。

「ま、待ちやがれって! 紅薔薇~~ッ!」


 タケルから逃げようとする紅薔薇と、それを追うタケル。

ニ体の武神機は土煙を巻上げながら疾走していく。

紅薔薇の武神機からはゴウゴウと大きな音が響いていた。

それは、まるで、悲しい泣き声のようにも聞こえた。



「大変なことになったっぴょ!」

スピーカーから聞こえた会話で、一部始終を理解したポリニャックが司令室に飛びこんできた。

「紅薔薇はまだ捕まえられないだっぴょか?」

「ダメだ! 何故かアネゴの武神機の方がスピードが速い。同じ機体なのに何故……?」

レーダーで位置を確認していた部下が、それを不思議がっていた。

「それは女の意地だっぴょよ! 紅薔薇の意地が、武神機を速く走らせているだっぴょ!」

「お、女の意地? そ、そんなことで……」

「とにかくダーリン! 早く! 早く紅薔薇を止めてあげるだっぴょ! 

女はいつだって自分を捕まえていて欲しいだっぴょよ!愛の奴隷! それが女の本心だっぴょよ!」

ポリニャックのその言葉に、横にいた部下が赤面した。

「何見てるだっぴょか?」

「あ……い、いや……」 (いい言葉だったな……メモしておこう)


ビーッッ! ビーッッ!


突如、警報のブザーが鳴った。

「何だッぴょか? この音は!?」

「これは大変だ! 何者かがこのアジトに向かって攻撃を仕掛けてきたようだ!

早くアニキにしらせないと!」

「それは大変だっぴょ!」

「アニキ! アニキ!……だめだ! やっぱり無線が故障しているようだ」

「えぇーっ!? ダーリン! 敵だっぴょよーーっ!」

ガシャン。

すると突然、、バラの花が活けてあった花瓶が割れた。

「う……」

ポリニャックはそれを不吉に感じた。

「と、とにかく、早く! ダーリン! 紅薔薇を早く止めるだっぴょよーー!」


ブロロロロッ!


 しかし、紅薔薇は止まらない。いや止まる事ができない。

負け犬の街でアネゴと慕われ、部下を引き連れてきた紅薔薇。

虚勢を張り続けるには、優しい女ではなく、強い女を演じねばならなかった。

だが、初めて自分より強い男性と出会う事で、紅薔薇の心は次第に解きほぐされていく……

その男性とはタケルであった。

しかし、タケルと同じ世界から来たという幼馴染、飛鳥萌の出現。

それによって、タケルは自分の事を必要としなくなるのではないか?

そう感じた紅薔薇の女心は複雑であった。

無理に虚勢を張り続けてしまう自分の性格に、苛立ちと歯痒さをおぼえた。

紅薔薇は悲しくなって涙を流し泣いた。

ボロボロ、ボロボロと泣いた。


「紅薔薇ーッ! 聞こえるかぁ! そっちは絶壁の崖のある方向だ! そっちへは行くなー!」

しかし、タケルの乗る武神機は、無線が故障しているため紅薔薇には聞こえない。

「ち!……こんな時に故障かよ!? 紅薔薇ーッ! 止まれーッ!」

タケルの叫び声は虚しくも紅薔薇には届かない。


「タケルのバカっ!……アタシのことなんか全然考えてくれてないんだから!」

紅薔薇の感情はもうガタガタだった。そして武神機はさらに加速していく。

ガガッ……ガガガッ……

「ん? いったいどうしたってのさ……スピードが上がらない……」

突然、紅薔薇の武神機のスピードが落ちた。無理な加速を続けていたのでオーバーヒートしたようだ。

「ちぃっ! だったら……走るまでだよーっ!!」

紅薔薇の武神機は、ビーグルモードからバウトモード(戦闘型)へと変形し、ガシャガシャと走り出した。

しかし、その先には崖が待ち受けている。紅薔薇は興奮していて周りが見えていない。

「紅薔薇ーッ! 止まれ! 止まるんだッ!」

後ろを振り向くと、そこにはタケルの武神機が視界に見えた。

「ここで追いつかれるワケにはいかない! もう……アタシはいまさら戻れないんだよっ!」


 必死に追いかけるタケル。だが紅薔薇は走るのを止めない。

なんとか追いついたタケルは、バウトモードに変形して横に並ぶ。

ガシャン! ガシャン! ガガガシャン!

タケルはコクピットハッチを開け、紅薔薇に向かって叫んだ。

「なんで逃げるんだよォ!? オマエがいなくなる理由なんてないぜ!?」

すると、紅薔薇の武神機のハッチが開き、顔をのぞかせた。

「自分の胸に手を当てて聞いてごらん!」

「なに? わ、わかんねーよッ!」

「それもわからないようだから、アタシは出て行くんだよ!」

「出て行かなくても、今までどおり、俺と紅薔薇で餓狼乱をまとめていけばいいじゃねぇか!」

「今までどおりだって? はん! よくもそんな虫のいいことほざけるもんだね、タケル!」

「なんだと!?」

「これからは今までどおりいかない事は、アンタが一番良くわかってるんじゃないのかい!?」

「だから! 萌とはただの幼馴染だって言ってるだろ!」

「フ、フン! 誰も萌の事を言ってるんじゃないんだよ! フヌケになったアンタの事を言っているのさ!」


紅薔薇は強情を張って素直にタケルと話せなかった。

そればかりか、心にもない事を次々に口走ってしまう自分に苛立ちを覚えた。

それで悲しくなって紅薔薇はまた泣いてしまった。


「ううっ!」

紅薔薇はハッチを閉めてしまい、餓狼弐式カスタムはさらに加速して走った。

「くっ! 紅薔薇の野郎、なんてぇ早いんだ! 

武神機の性能は、乗った人間のインガに影響する……感情に影響するのか!?

それにしても紅薔薇のヒステリックパワー、尋常じゃねぇッ!」


 タケルはもう一度、ビーグルモードに変形して後を追う。

しかし、その先の崖はすでに目前に迫っていた。

「紅薔薇ーッ! ブレーキだ! 崖から落ちるぞッ!」

タケルは渾身の力を込めて叫ぶが、紅薔薇には遠く聞こえない。


「うッ!? が、崖っ!」

紅薔薇もやっと前方の崖に気付き、ブレーキを強く踏んだ。

ギャギャギャーッ!! バキョン!

しかし、餓狼弐式カスタムの足の付け根のギヤが、火花を挙げて爆発した。

「くうっ! 足のギヤがいかれちまった! と、止まらないっ!」

過度の無理な走行で耐え切られなかったのだろう。

スピードは多少落ちたものの、そのまま崖に向かって走り続けている。

「紅薔薇ーッ! そのままスピードを落とさずに上にジャンプするんだッ! 俺が受け止めてやる!」


「だ、ダメだよ、タケル! アンタまで崖に落っこっちまう! アタシの事はいいからほっておいて!」

(だってアタシなんかいなくてもいいんだろ……?)


「バカヤロウ! 俺には……俺にはオマエが必要なんだーッ!」


「タケルのばかっ! よしなって言ってるだろっ!」

(だったら! 早く……早くアタシをつかまえて!)


「うおおおおッ!」

二機の武神機は崖から大きくジャンプした。空中に飛び上がるふたりの機体。

しかし、紅薔薇の機体はジャンプが足りず、このままでは確実に落下してしまう。

スピードに乗ったタケルの武神機は、空中でバウトモードに変形し紅薔薇の機体の腕を掴む。


「た、タケル……」

(あぁ、やっとアタシを捕まえてくれたね……)


「俺のインガよ! 激しくハジケやがれーッ!」

ブースターを噴出し、紅薔薇の武神機を引きあがるタケル。

もう少し! もう少しで向こう岸に手が届く!

そして、なんとか崖の端を掴む事が出来たのだった。

両機は中ブラリンの状態ながらも、なんとか助かったのだった。


「ふぃ~……ギリギリセーフってところかな? 紅薔薇」

「タケル……あんたって人は……」

「もう、俺から離れるなよ」

「うん……」

お互いの顔は見えないが、心は見詰め合っていた。


ボオオォォンッ!


 その時。

紅薔薇の機体が火を噴いた。腕がもげ、谷底へと落下していく紅薔薇の武神機。

突然の出来事に、タケルはただ唖然としていた。

「べ……紅薔薇! 紅薔薇ーッ!!」

一体何が起きたのだろうか?

「!!」

タケルは上空に強いインガを感じ、見上げるとそこには武神機の編隊が空を飛んでいた。

どうやら、そこからの攻撃のようだった。


 突如現れた敵の正体は?

そして谷底に落下した紅薔薇の安否は?

タケルは、これから想像もつかないような激戦を繰り広げる事になるのだった。

割れた花瓶のバラの花は、床に散乱しながらも、なおも可憐に咲き誇っていた。

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