マルマーの呟き

不死身バンシィ

前編

 私の名はマルマー。この星で10年ほど猫をやっている。

 この「高原家」で飼い猫として飼われ始め、今年で3年目になる。

 秋冬の境目に暖を求め、車の下で丸まっていたところを保護されたのがきっかけだ。

 発見者である長男「高原寿春(たかはら・すばる)」当時8歳に、その経緯からマルマインと名付けられそうになったのだが、諸処の事情を鑑みてマルマーと呼ばれることになった。


 「マルマー、ベル、ごはんよー!」


 この家の家計一切を取り仕切るところの「高原清美(たかはら・きよみ)」さん42歳が呼んでいる。

 高原家では餌が決まった時間にきっちり三食出るので大変ありがたい。

 内容も粗雑すぎず豪華すぎず、たまに高級缶詰が出るくらいのグレードに調整されており喜ばしい。

 以前飼われていた家では人間の食べ残しを出されていた時もあったので、食べられるものと食べられないものをこちらで分ける必要があり、大変だった。

 故に、現在の環境はとても幸福度が高いと言える。


 私が餌場につくと、共同住民であるベルが一足早く食事を始めていた。

 普段は鈍いのに餌の時だけは俊敏な奴だ。


 この犬(バーニーズ・マウンテン・ドッグという種類らしい)のベルは私より先に高原家に飼われていた、いわば先住民だ。

 高原家の長女「高原瑠奈(たかはら・るな)」当時14歳の希望でペットショップにて購入されたのが由縁であるとのこと。

 総黒の長毛に赤みがかった瞳という特徴から、高原瑠奈嬢によって「漆黒を纏いしベリアル」と名付けられそうになったのだが、諸処の事情を鑑みてベルと呼ばれるようになったらしい。


 このベルは普段は口数が少ない奴で、同じ家に住んでいながらもあまり積極的にコミュニケーションを取らない間柄なのだが、このエピソードは自己紹介を兼ねて話してくれた、数少ない事情の一つである。


 「今の名前で呼ばれることになって本当に良かった」と、その時のっそりした声でベルは言った。

 私もそう思う。

 現在19歳になった高原瑠奈嬢も、時折ベルの首筋を撫でながら

「良かった…早まらなくて良かった…」と呟いているので、本当に良かったのだ。


 朝食を終えた私は、定時報告をするべく指定のポイントへ向かう。

 家人にはいつも散歩だと思われているようだが、これはれっきとした任務である。


 ポイントである近場の運動公園の片隅に着くと、既に同輩が集まっていた。

 この周辺に野良飼い問わず住み着く猫たちであり、その数およそ50匹程にもなる。


 「来たか、マルマー。少し遅いぞ」

 「そういうなハルヒコ。どうにもここは私のねぐらから遠くてな」

 「それならそれでもっと早く出てこい。事情があるのは皆同じだ」


 リーダーであるハルヒコは時間に厳格だ。だからこそリーダーに任じられているのだが、ちと固すぎるのが玉に瑕だ。

 部下の事を鷹揚に許してやる器もリーダーには必要だと私は思うのだが。


 「まあいい。それでは定時報告を始めるぞ」


 まずハルヒコがオアアアア~~と猫特有の波長で鳴き声を上げる。

 続けて他の猫達もそれに倣い、同様の嘶きをし始める。

 嘶きを重ねることで「共振」を起こす。

 この「共振」によって嘶きが一定の固有振動波数に整えられ、それがこの星の核に予め埋め込まれている超次元共感スフィアへのアクセスパスになるのだ。


 程無くして承認が通り、この場にいる猫の意識体がスフィアに接続される。

 視界が一瞬魚眼レンズのように歪み、固定化される。

 そしてまるで川に流されるようにして遥か彼方へ遠ざかっていった。

 

 暗転。

 

 入れ替わるようにして、スフィアによって形成された仮想空間が視界に広がる。

 

 そこは見渡すかぎりの、地平線まで続く広大な畳敷きの大地。

 その上に10m間隔でこたつが規則正しく碁盤目状に配置されており、先に接続していた猫達が思い思いの姿でくつろいでいた。

 

 当初はアクアブルーに満たされた球体空間というデザインだったのだが「あまりにも猫に優しくないデザイン」「我々が水嫌いと知っての狼藉か」という反対意見により却下され、今の形になった。


 どうやら我々がほぼ最後だったらしく、すぐさま定例報告会が始まった。

 この県一帯を取り仕切る支部長、「一ツ耳のニャン次郎」が音頭を取る。


 「それでは、哺乳綱ネコ目ネコ科系バイオボット星間調査団、日本第13支部の定例報告会を行う。何か報告のあるものは順次発言せよ」




 今からおよそ五億数千年前。

 この星の生態系を断絶させる、何らかのインパクトが起きた。

 それ自体はこの宇宙で何ら珍しいことではないのだが、このインパクトがたまたまその時、停滞期に陥り暇を持て余していた銀河文明圏の目に止まった。


 これは丁度良い暇つぶし、もとい環境シミュレーションになるということで、「運良く」無生命の荒野となったこの星に繁殖型自己保存情報バイオボットを送り込んだのである。


 それだけなら、ただの暇つぶしで終わっていたのだろう。しかし、そうはならなかった。


 この銀河文明圏と同規模程度の別の銀河文明圏が、共同研究の提案と称して(しかしその内実は対抗心と嫌がらせと領土拡張に対する牽制で)別種のバイオボットを送り込んだのだ。


 こうなるともう止まらないのが世の常というもので、あらゆる銀河系が各々のボットをこの星に送り込み始めた。

 それからこの星が多種多様なバイオボットの一大コロニーと化すのに、そう時間はかからなかったという。


 その後も、この星は生態系を一変させるインパクトに何度か襲われたが、その度に各銀河系は改良進化させたボットを送り込んだ。

 技術革新のお披露目と銀河間の牽制を兼ねたお祭り騒ぎとして、いつしか定例のイベントになっていたのだ。


 その過程でバイオボット達は様々に姿を変え、新たな機能を付与され、また不要とされた機能を削られていったが、変わらずに共通して備えられている基本機能が二つある。


 一つは繁殖を行い、環境に適応することで自己を保存すること。

 もう一つは、固有の行動様式によってこの星に備えられたスフィアにアクセスし、母星に情報を送信すること。


 この際より重要なのは後者の機能であり、この機能をそれぞれが任務として自覚的に行うために、全てのバイオボット達はここまでの顛末を遺伝的に継承して記憶している。

 

 ある一つの例外を除いて。

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