1-3 コントラストが眩しい



 他人に興味を持ったのは、一体いつ以来だろう。


 あの日以来、気づけば高砂ユリのことを目で追ってしまっていた。なるほど、彼女は随分と色んな人間に人気があるらしい。周りには常に誰かがいた。女友達、同じ実行委員のメンバー、しっかり者の彼女を頼りにする教員、それに彼女に気があるらしい男子たち。特にあの工務店の息子・平賀ひらがはまるでボディーガードみたいにいつも付き添っている。


 一日中一人で過ごし、誰とも話をせずにいる僕とはえらい違いだ。





「今ちょっと高砂たかさごユ……さんと話せるかい?」


 一度だけ、僕は実行委員会が活動する空き教室を訪ねたことがあった。入り口に立つ平賀に声をかけると、彼は首を横に振って低い声で答えた。


「ユリさんは今別件の対応中だ。どうせ大した用ではないだろう。出直せ」


 、か。それに大した用ではないと決めつけられたのに僕は少し苛立ちを覚えた。的を射ていたから余計に。


「ああそうかい。大事な儀式とやらを任せる相手にずいぶん不躾ぶしつけな対応をするもんだね」


 僕は皮肉を込めて返す。すると平賀の片眉がピクリとつり上がった。やがて腕を組み僕から目をそらすと、巨体に似合わぬ小さな声で言った。


「……俺は反対したんだ。お前みたいな死体に平気で触れるような人間に神聖な祭りの儀式を任せるなど、ありえないと」


 僕は自分の右手を見つめる。思わずふっと自嘲の笑みがこぼれた。


——その通りだよな。


 毎日のように遺灰に触れていたあの日々からもう数年経ったというのに、あの血生臭さと焼け残った灰の熱が鮮明に蘇る。何度も何度も石鹸で洗って荒れた手のひらは、未だに少し黒ずんで見えるのだ。








 結局、それからしばらく高砂ユリと話す機会などなく、ついに祭りの当日になった。


 僕はどうも不安になってきていた。やはり良いように言いくるめられたんじゃないだろうか。僕の力を出しものにして人を集めたいだけなのかもしれない。そもそも、彼女が僕に「ありがとう」と言ったということ自体、僕の妄想だったのだろうか。


 僕は学校に向かう道中、なんとなく靴を脱いで放り投げてみた。緩やかな放物線を描き、ころころと転がって靴底で綺麗に着地。うん、天気は良さそうだ。


 すると後ろからポンと肩を叩かれ、思わずひゃっと情けない声が出た。


「何よ、そんなに驚かなくても良いじゃない」


 高砂ユリがむすっとして僕の後ろに立っていた。今日は取り巻きがついていない。


「い、いや、驚くだろ! こんなところで君から話しかけてくるなんて思いもしなかったしさ!」


 僕はけんけん足で進み脱いだ靴を慌てて履き直す。高校生にもなってこんな子どもの占いごっこをしていたところを見られるなど、恥ずかしさで顔から火が吹き出そうだった。


 彼女は口に手を当ててクスクスと笑うと、手に持っていた風呂敷を「はい」と言って差し出す。


「これ、あなたの衣装。当日になっちゃってごめんなさい。奮発して作ったんだから、ちゃんと着てちょうだいね」


 中に入っていたのは藍染あいぞめの腹掛けに股引き、それに背に大きく花咲師はなさかしと書かれた半纏はんてん。どうやら手製のもののようで、僕はふと彼女の指を見た。人差し指の先に絆創膏を貼っている。彼女は少しだけ恥ずかしそうにその指を手の中に隠す。


「衣装なんて考えてもみなかった……ありがとう」


「礼は良いわ。今夜盛り上げてくれれば、それで」


 そう言って彼女はにっこりと微笑んだ。



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