無双と落胆

 ランドドラゴンの子供がどうして洞窟の入口に嵌まっていたのか?

 それはちょっとした偶然によってもたらされてしまったからだ。

 今日、ランドドラゴンの子供はお母さんと一緒に餌を探していたらしい。

 探している最中に遥か昔に人工的に作り出された建物――遺跡を見付けたそうだ。丁度この子は歩き疲れてしまっていたから、お母さんは建物の中で休んでるように言いつけて、餌を探しに行った。

 で、子供故の好奇心かこの子は遺跡の中を探索し始めたらしい。適当に奥に進んでいると、床に変な紋様が描かれた部屋に辿り着いた。

 この子は興味深げにその部屋に入り込み、その紋様に触れた。

 それが、いけなかった。

 どうやらそれは転移魔法の魔法陣だったらしく、この子は俺達が行こうとしていた洞窟内部――澄んだ水の溜まった地底湖へと来てしまったのだ。

 この子は見知らぬ場所にいきなり連れて来られて大層困惑し、更には恐怖も味わった。

 お母さんがいない恐怖と、目の前にいた悪魔に対する恐怖。

 地底湖には何故か悪魔どもがたむろしていて、突如現れたこの子を見付けると一斉に飛掛かってきたそうだ。悪魔本体に、魔法弾と何でもござれ。

 この子は一目散に駆け出して逃げ出した。幸い逃げた先に道があり、そのままトンネルに入って突っ切って逃げ続けた。

 まだ子供と言えどもランドドラゴン。走力は悪魔何て目ではなく距離は離れて行ったらしい。

 で、ある程度走り、陽の光が見えて安堵して速度を上げて出ようとしたら、幅が狭くてつっかえてしまったと言う訳だ。

 いくら力を入れても土壁というか岩壁は壊れる様子もなく、このまま出られずお母さんにも会えず、後ろから迫り来る悪魔に殺されると悲観した所で俺とアルレシアが着て事なきを得た。

 現在、俺とアルレシアはランドドラゴンの子供を連れて少し離れた場所へと退避……していない。

 俺は安心させるようにこの子の傍に立つ。アルレシアはと言うと……。

「うりゃぁぁああああああああ!」

 洞窟から出て来る悪魔をちぎっては投げ、魔法弾をぶっぱし、無双を繰り広げていた。

 悪魔にこの子が追われていると告げたら、最初は息をのみ、その後は憤慨した面持になったアルレシア。

「因みに、悪魔の翼はどのくらいあった?」

 怒り心頭のアルレシアの質問に、俺とこの子はちょっとぶるっときた。それだけ怒気に満ちていたので。

 この子は最大で六つ――つまり三対の悪魔を見たらしい。その事をアルレシアに通訳すると「そうか」と言って洞窟の前に立ちはだかった。

 そして現在に至る。アルレシアの攻撃を受けた悪魔どもは頭を汚い花火にされたり、腹に大きな風穴を開けられたり、腕を引き千切られたりと傍から見れば一方的な蹂躙が繰り広げられている。

 けど、俺は悪魔に同情はしない。悪魔は魔神の復活を目論んでいるし、そもそもスティ母さんの家族の命を奪った相手だ。むしろこうなって当然と思える。

 因みに、今の所アルレシアが相手取っている悪魔は翼がない奴と一対だけの奴。二対と三対の奴はまだ来ない。今外に出ているのは捨て駒か先遣隊か。兎にも角にも翼が一対しかない悪魔はアルレシアの敵ではないようだ。

 あー、これなら隠れる必要ないね本当。箱庭の森で研鑽を積んだアルレシアはそこらの奴には負けないとフォーイさんにお墨付きをもらっていたけど、悪魔相手で無双が出来る程だとは。

 それにしても、悪魔の殺し方がやけにスプラッターだよね。仮にもアルレシアは王族なんだから、そんな野蛮に屠っていかなくてもいいんじゃないかな? 返り血を浴びて羅刹に見えてしまう。殺るとしても、もっとこうスマートにやらない? 返り血を浴びないようにとか。

 と言った疑問を頭の中に浮かべていると、洞窟の中から悪魔が出て来なくなった。全て屠り尽くした……訳じゃない。まだ三対の悪魔が出て来ていない。様子を窺っているのか、それとも始末を下っ端にまかせっきりで未だに地底湖付近にいるのか。

「……トライはここでその子と一緒に待ってて。ちょっと片をつけてくる」

「え?」

 眉間にひびもとい皺を寄せているアルレシアはそんな事を俺とこの子に言うと洞窟内へと駆けて行ってしまった。

 ちょっ⁉ 流石に三対の翼を持つ悪魔相手に一人じゃきつくないですか⁉ 確か翼が一対増える毎に悪魔は劇的に強くなるってフォーイさん言ってたから、一人で強行してしまったアルレシアの身が心配だ

 だけど、かと言ってここから離れる事は出来ない。俺まで洞窟内に入ってしまえばこの子は独りぼっちになってしまうし、その隙を付いて悪魔が洞窟から現れて襲い掛かってくるかもしれない。

 流石にこの近辺に生息してる魔物よりは強いと思うけど、悪魔から逃げ出したので悪魔にはまだ勝てないんだろう。

 この子を見捨てる事も出来ず、結局俺はアルレシアを信じて待つしかなかった。

「グルルゥ」

「ぐる」

 独り洞窟の中へと消えてしまったアルレシアを心配するこの子に大丈夫だと言っておく。大丈夫と行っても、俺も心配で仕方がないけど。

 はらはらどきどきと、ちょっとお腹が痛くなりながらも待つ事二十分。

 アルレシアは見るからに無傷で、無事に戻ってきた。

 よかったよ……でも、何でがっくりとうなだれているんだろう?

 先程まではもう金髪に覚醒するんじゃないかってくらいに怒ってたけど、今はそんな事無く心なしか髪の毛から艶が消えてるようにも見える。

「えっと……どうしたの?」

「ん……あぁ。いやな、悪魔どもは一匹残らずぶちのめしたんだけど、嫌な予感が当たっちゃってさ」

「いやなよかん?」

「あぁ……あの悪魔ども、地底湖を濁らせてやがった」

「え」

 マジか。つまり、今見に行っても底が見える程に透き通る幻想的な光景が見れないという事になる。

 アルレシアは見るのを楽しみにしていた。だから、これ程まで落胆してるんだろう。

「砂や泥が入り込んで濁って、更には変な粉をぶち込んでやがった。マジふざけんなよ……折角綺麗で眼の奪われる光景を期待してたのによ……これだから悪魔って嫌いだ。世界の絶景百選って本に悪魔は景色を汚す最も害ある存在だって書かれてた意味が本当に分かったよ畜生……」

 あ、だからあれ程までに怒り心頭だった訳ね。絶景スポットが悪魔に荒らされていると思って。まぁ、それだけじゃなくこの子が追い掛けられたってのも怒りのスイッチをオンにした原因だろうけど。

「ふざけんなよ……オレの期待を返せよ……全滅させたけどあの水を元通りの透明度にする為に甦れよ……」

 ガチでへこんでいるアルレシアを慰めるべく、俺は彼女の頬を軽く鼻先で擦る。

 俺も楽しみにしてたのになぁ。悪魔マジふざけんな。

「グル……ゴル」

 そして、ランドドラゴンの子供も見るに堪えなかったのか、お礼を言いつつも俺と同様にアルレシアの背中に鼻先を擦りつけるのであった。

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