VSスティさんラスト

 アルレシアは俺のフリルをしっかり掴み、振り落とされないように姿勢を整える。

 俺は四肢に入れていた力を爆発させて、スティさんへと駆け出す。魔法弾ブーストではないが、俺が出せる全力を持って走っているのでそれなりの速度が出ている。

 スティさんはその場で動かずに俺を待ち構える。俺は目の上にある二本の角でスティさんの鎧目掛けて攻撃していく。スティさんはそれを頭の鎧で受け止める。

 俺の動きが止まった瞬間、スティさんの角に光が宿るのが見えたので俺は急いで身体を離して後退りする。

 スティさんは光属性の魔法を体に纏わせ、威力の底上げを図る事が出来る。そこまでしなくてもスティさんの角の一撃をもろに受けたら俺の皮膚は簡単に貫かれるんだけど……本気の本気で相手をするって言ってたからな。スティさんは容赦なく俺を叩き潰してくるんだろう。

 角に纏われた光は徐々に長くなっていき、まるで刀のような形状に変化する。あれでやられたらスパッと小気味よく切れそうだなぁ……。まぁ、切れたとしてもフォーイさんが治癒してくれるから大丈夫だけど、切られたら痛い事に変わりはないか。

 スティさんは予備動作も無く前に飛び出し、刀と化した角で俺を切りつけてくる。

 俺は反射的に目の上の角でそれを受ける……が、いとも容易く切り落とされてしまった。半ばから切られた二本の角は空しく地面にぼとっと落ちる。

 やばい……本当にスパッといったぞ。これ当たり所が悪ければ即死なんじゃないか?

「安心しなさい。これで斬り付けるのはあなたの角だけだから」

 そんな恐ろしい事を平然と告げるスティさん。身体を切り刻まれる事は無くなったけど、俺の武器を失わせると宣告して来たよ。

 俺は更に飛び退こうとするも、それよりも早くスティさんが角で切り付けてくる。俺の眼の上の角は、根元から切れてなくなってしまった……。

「おい、大丈夫か?」

 アルレシアはフリルに覆い被さるようにして俺の角があった部分を見てくる。

「ブォウ」

「あ、すまねぇ」

 危ないだろと火と無きし、それをきちんと汲んでくれたアルレシアは直ぐに身体を引っ込める。

 俺の角は三本から一本に減ってしまった……。トリケラトプスから見た目プロトケラトプスに変化してしまったではないか。まぁ、プロトケラトプスはここまで大きくないけどさ。

 さて、残った一本の角だけど……。

「余所見は禁物よ」

 俺がアルレシアに注意して、彼女が引っ込んだ瞬間にばっさりと切られてしまった……。

 あぁ……トリケラトプスの象徴である三本の角が地面に散らばっている。うち二本は二つに分断されている。

「おいおい、ヤバくねぇか?」

 アルレシアの言葉には焦りが滲み出ている。うん、正直ヤバいです。攻撃手段の要の一つがもう機能しなくなったからね。後でフォーイさんに後遺症も無く癒着してもらえるけど、模擬戦中の今では無理だ。せめて角が踏み荒らされて粉々に砕けないように細心の注意を向けないとな。

「さて、一気に行くわよ」

 スティさんは角に纏わせていた光を消し、一気に攻めてくる。

 俺はスティさんの角攻撃や光の魔法弾をフリルを用いて防ぐ。流石にフリルがばっきりと折れる事はないけど、段々と傷が走っていく。

 防御一辺倒になり、俺は攻めに転ずる事が出来ずスティさんは手を休めずに攻撃し続けてくる。

 アルレシアはスティさんの猛攻に歯噛みし、フリルにしがみ付いて耐えるしかない。俺は彼女が振り落とされない事を祈るしか出来ない。

「……やっぱり、まだまだ未熟ね。これじゃあ外には出せないわ」

 何度目かの攻撃の後、スティさんは一度距離を取り、そんな事を口にした。スティさんの表情と声音には呆れと……そして拍子抜け、期待外れと言った感情が現れている。

「そろそろ終わりにしましょう」

 スティさんと俺との距離は十メートルは離れているだろう。スティさんは僅かに頭を下げ、鎧に包まれた頭頂部を俺へと向ける。

「これで終わりよ」

 そして、四肢に力を籠めて一気に駆け出す。スティさんの最大速度を一気に叩き出し、一瞬で俺へと肉薄する。

 スティさんが突進してくるより前――スティさんが頭を下げた際に俺は奥の手を発動する為に合図をした。

 スティさんが言葉を発したのと同時に、アルレシアは俺の合図に気付く。アルレシアの行動を待たずに俺は予めテールスイングを繰り出す。

 スティさんが駆け出した瞬間に奥の手が発動し、肉薄したスティさんの右肩の鎧に俺の尻尾がぶち当たる。

 俺の奥の手――それはまたもやアルレシアに力を貸して貰う事によって使う事の出来る身体強化だ。

 アルレシアの持っているギフトは【魔力共有】という、触れている相手と魔力を分かち合う事が出来るものだ。アルレシアのギフトはおよそ二日前の夜に現れたもので、その時一緒にいた俺以外には知られていない。

 この【魔力共有】によって、本来魔力の無い俺だがアルレシアの魔力を共有する事によって疑似的に魔力を得る事が出来る。

 そして、疑似的に魔力を得た事によって俺はアルレシアから魔力流動による身体強化の方法を教えられた。

 曰く、今から五年程前にある冒険者によって広められた方法であるらしく、魔法に頼らず己の中に巡る魔力だけで身体の機能を強化するものだそうだ。

 ただ、行うには血流のように行き渡るイメージと魔力の消費、譲渡、そして放出と言ったプロセスがあり、魔力なんて扱った事の無い俺にとって上手く扱えるものではないと直ぐに分かった。

 なので、俺は全身ではなく身体の一部だけ身体強化が出来るように特訓をした。ほんの二日。それも他の皆に気付かれないように夜遅く静かにやるしかなかったから一か八かの状態だったけど、何とか成功。しかし、その身体強化の維持時間は一秒にも満たない。

 なので、確実に当てられる場面でないと使えないのだ。身体強化が出来ても、その攻撃が当てられなければ水泡に帰してしまうしね。

 俺は機会を窺った。確実にスティさんに当てる事が出来る瞬間を。

 そして、その機会は訪れた。

 俺はアルレシアに合図を送って【魔力供給】を行って貰った。本来なら強化値は彼女の魔力残量によりあまり期待出来ないものになる筈だった。けど、彼女のもつイヤリングにより、一時的に魔力を増幅させて俺が独断と偏見で定めた基準値まで身体強化を行う事が出来た。

 俺は自身の尻尾に身体強化を行い、今の俺とアルレシアが放てる最高の一撃をスティさんへと送り付ける。

 俺のテールスイングと、スティさんの頭突きが同時に当たる。

 吹っ飛ばされたのは、俺だ。スティさんの凄まじい突進を胴体の側面に受け、足が地面から離れてそのままゴロゴロと地面を転がっていく。その際にアルレシアは巻きこまれないようにと一人離脱していた。

 渾身のテールスイングを受けたスティさんだが、至って涼しい顔をしていた。どうやら、有効打は与えられなかったみたいだ。

 どうしよう……流石に種が割れたから同じような方法はもう使えない。それに身体強化は尻尾だけに週通して特訓してたから他の箇所の強化なんて出来ない。

 と言うか、もうアルレシアの魔力も底をついたと思うのでそもそも強化自体が出来ない。打つ手は無くなったけど、まだ体は動けるから無様でもいいから最後まで果敢に攻めて行くか。

 そう思って身体を起こそうとするも、四肢に力が入らない。どうやら、先程の突進のダメージがかなり重く、身体に一気にガタが来てしまったみたいだ。と言うか、段々と意識が遠のいて行くような感覚もあるんだけど。これ、ヤバくないか?

 流石に意識を手放したらアルレシア一人でスティさんを相手にする事になってしまう。そうならないように俺は必死になって意識を留めるように努める。

 しかし、その努力は実を結ぶ事無く、俺の意識は段々と闇に呑まれていく。

「…………いい一撃だったわ」

 闇に意識が飲まれていく中、俺の傍まで来たスティさんの賞賛の言葉が俺の鼓膜に響いてきた。

 そして、ぼやけて行く眼には、肩の鎧が砕けたスティさんの姿が映った。

「アルレシアと一緒に、外に行く事を許可するわ」

 意識が完全に途絶える寸前、スティさんは俺がアルレシアと一緒に行く事を許してくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る