スティさんの過去

 まさかアルレシアがそんな事を言って来るとは思わなかった。俺が目を点にしていると、スティさんの眼が細められられる。

「その子と一緒に行きたいと言う理由は?」

 スティさんの声音には何処か冷たい物が感じられる。アルレシアは僅かに身震いするも、萎縮する事もなく理由を述べて行く。

「彼は外の世界に興味を持ってる。で、オレは世界を巡る事になるから一緒に行くには丁度いいと思って。一人旅よりも二人旅の方がにぎやかだし。……あと、もしかしたら彼と同じ種族の生き物が何処かにいるかもしれないだろ? 家族ではないだろうけど、自分以外の同族と一度は顔を合わせられる機会があるのなら、是非にと思って」

「成程ね」

 スティさんはそう言うと目を伏せる。その声音には先程の冷たさは鳴りを潜めていた。それをきちんと感じ取ったアルレシアは納得したと感じ、やや前に体を乗り出す。

「じゃあ、一緒に行っても」

「駄目よ」

 しかし、アルレシアの嘆願はスティさんによってバッサリ切り捨てられた。先程よりも冷たく、重く響く声音はアルレシアをたじろがせるには充分だった。

「その子には外の世界は早過ぎる。あと数年はここで鍛錬を積まなきゃいけないの」

「でも、彼はもう充分な強さを持ってる。守護獣の皆よりは弱いかもしれないけど、それでも他の皆に比べれば上位に位置するぞ。オレから見ても、ここの外でもそうそう後れを取らない域まで来てる」

「それはあくまで魔法を使わない場合でしょ? 確かに、魔法を使わなければその子は強いわ。でもね、相手が常に魔法を使わないとは限らないは。人は普通に使うでしょ? それ以外にも、魔法を使える生き物はいくらでもいる」

「でも、彼は魔法を使う相手でも戦える。事実、鍛錬でも魔法を使ってもいい具合に立ちまわれるようになってるぞ」

「そうね。それは認めるわ。でもね、今はそれ止まりなの。あくまで魔法を使える相手でもある程度までなら戦える。鍛錬の時以上の高威力の魔法の使い手や搦め手を使ってくる相手には、負けるわね」

 それに、とスティさんはアルレシアを睨みつける。

「あなたと一緒に行動するという事は、相応の危険が待っているでしょ?」

 アルレシアの旅には相応の危険がある? やはりスティさんは……いや、守護獣はアルレシアの王族のしきたりだか試練だかの内容を知っているようだ。

 それにしても相応の危険とは、アルレシアはどんな苦難に身を置いているのだろうか?

「……それを抜きにしても、少なくともあと数年。最低でも三年はここで鍛錬を積まなければ、外に出す事を許可しないわ。故に、あなたと一緒に行く事も認めない」

 スティさんはアルレシアと……そして俺にそう告げると踵を返して外へと唯一繋がる道の方へと去って行ってしまう。

 後に残された俺達は、ただただ無言で立ち尽くしていた。

 沈黙を最初に破ったのは、フォーイさんだった。

「……うぅむ。私は既にその子は外に出ても大丈夫だとは思うのだがな。スティの奴はいくらか過保護だな。まぁ、それも致し方ない事か」

「まぁ、あんな事があったんだからな。仕方ねぇだろ」

「うんうん」

「そうですね」

 腕を組み、やや困った表情を作るフォーイさんの言葉に、スイギさんを含む他の守護獣の皆さんは首肯する。

「あの、あんな事って?」

 おずおずと、アルレシアは手を上げてフォーイさんに尋ねる。俺もアルレシアと同様、あんな事とはどんな事だか知らない。

「む? あぁ、アルレシアは知らないか。いや、その子も。そしてスティがここに来た時にいなかった者も全く知らない事であったな」

「スティさんが来た時?」

「気付かなかったのか? ステイは外の世界からここへと来たのだ。その証拠に、ここにはホワイトセラスはスティしかいない」

 そう言えば、と俺は今更ながらに納得した。確かに、この箱庭の森にホワイトセラスはスティさんしかいない。他の種族は俺とアルレシア、そしてベルティーさんを除けば複数匹いる。一匹しかいないという事は、箱庭の森内で既に他の同族が死んでしまったか、外からやってきたかになる。

「それで、あんな事ってのは、スティさんがここに来る前の出来事って事?」

「うむ。そうだ」

 更にアルレシアが踏み込んだ質問をして、フォーイさんが重く頷く。

「……さて、どうしてスティがここに来たのか、それを勝手に語っても良いものか」

「いいんじゃねぇか? 知っておいた方がいいだろ」

「こことは違う外の世界の事を知っておいて損はないと思う」

「何時かは、ここでも起こりうるかもしれませんしね」

「……あい分かった。では、スティには事後承諾と言う形を取るか」

 腕を組んで思案顔を作るフォーイさんに、スイギさんと他の守護獣の皆さんに言われ、フォーイさんは軽く息を吐くとスティさんが去った方を見る。

 どうやら、話してくれるようだ。俺達にスティさんの過去を。

 俺とアルレシア、そしてディアを含むまだ五歳にも満たない皆は視線をフォーイさんへと向ける。

「スティがここに来た時はな、あ奴は満身創痍であった。前脚の骨は折れ、内臓のいくつかも破裂し、裂傷も激しく、背中の肉は抉れておった」

 まさか、と俺達の中で動揺が走った。

 ステイさんは守護獣の中でも無茶苦茶強い。ベルティーさんの次――つまりは二番目に強く、同等の強さを誇るフォーイさんと双璧をなして外へと続く道を守護している。

 それ程までの強さを誇るスティさんが満身創痍にまでなるなんて……俺達は信じられなかったが、そう語るフォーイさんに周りの守護獣の皆さん、そしてスティさんがここに来た時に既に箱庭の森いた皆は深く頷いた。

 つまり、真実という事だ。

「どうしてそうなっていたのかと言えば、悪魔と戦ったからだそうだ」

 悪魔。それは地下深くに潜み、かつて世界を滅ぼそうとした魔神を祀っている種族。今は封印されている魔神だが、悪魔はその封印を解こうとしているらしい。その為に色々と暗躍しているとか。

 悪魔は背中に生える翼の数によって位が分かれており、翼が生えていない悪魔は最下級。六対十二枚の翼が生えているものが最上位である……と、以前フォーイさんに教えて貰った。

 そんな悪魔と戦いは、スティさんの進む道を悪い意味で変えた。

 スティさんは、こことは違う森で他のホワイトセラスと一緒に住んでいたそうだ。全部で十八匹のホワイトセラスの群れで、その中にはステイさんの夫さんとまだ生まれて間もない二匹の息子さんがいたらしい。

 スティさんは群れのリーダーとして皆を率いて、時には無情な決断も下していたらしい。群れを守る為に、そして自分の命の為に仕方がない事だと割り切って。

 そんなある日、森に悪魔達が現れた。

 悪魔達はどうやらその森自体に用があったらしく、邪魔な他の生き物を片っ端から殺していったそうだ。

 当然、森に棲んでいた生き物は悪魔に反撃した。しかし、悪魔の中には翼が四対もある最上位の二つ下の位にいる悪魔が四体いたそうだ。そいつが他の下位悪魔を率いていた。

 ホワイトセラスの中では、唯一スティさんだけが四対の翼を持つ悪魔対抗出来る力を持っていた。なので、スティさんは四対の悪魔の相手をし、他のホワイトセラスには援護に回るように指示した。

 夫さんには、息子さんを含めたまだ幼い子を守るように頼んだそうだ。群れの中で二番目に強い夫さんも戦いに参加した方が勝率は上がったそうだが、流石に息子を含む幼子に危険が及ばない可能性は低かったので、子供達の守りに回って貰ったそうだ。

 戦いは熾烈を極め、傷を負いながらもスティさん達は四対の悪魔に優勢だった。

 このまま行けば、四対の悪魔を倒す事が出来る。そう確信していた。

 しかし、現実は気まぐれで残酷だった。

 ……スティさんは、群れの皆で四対の翼を持つ悪魔の相手をした事を後悔した。そして、夫さんを戦いに参加させなかった事も。

 四対の悪魔に止めを刺そうとしたその瞬間、スティさんは何者かに遠くまで吹っ飛ばされた。

 一体何が起こったのか分からず、少し呆けてしまっていたそうだが、直ぐに起き上がって悪魔の方へとスティさんは駆け戻り、目の前の光景を疑った。

 スティさんの目の前には、見るも無残な姿となった群れの仲間の成れの果てが地面に伏していた。その中にはスティさんの夫に、まだ生まれて間もない息子さんの姿もあった。

 ホワイトセラスを虐殺したのは、悪魔だった。

 四対の悪魔がやったのではなく、新たに出現した悪魔が引き起こした者だった。翼を五対も持つ上から二番目の位に位置する上位の悪魔だったそうだ。

 翼が四対までの悪魔なら運よく互角に渡り合える者達が森に棲んでいた生き物には何匹かいたらしい。徒党を組めば勝てる確率は上がる。……そして、五対の翼の悪魔は桁違いの強さで、森の生き物達でも歯が立たなかった。

 スティさんは目の前の惨状を目にし怒りに身も心も焦がし、悪魔へと襲い掛かった。

 しかし、先の戦いで負った傷により十全に力を振るえないスティさんは悪魔にいいように嬲られ、瀕死の重傷を負わされてしまった。

 五対の悪魔はそのままスティさんに止めを刺そうとしたが、その寸前に一気に飛び退いたらしい。

 飛び退いた直後に、悪魔のいた場所に真っ白なブレスが着弾した。丁度上空には箱庭の森から飛び立ったベルティーさんがいて、森の悪魔どもをブレスで焼きつくしていた。

 フォールさん曰く、「ムカつく臭いを嗅ぎ取ったから殲滅してくる」とベルティーさんは空の守りをフォールさんに任せて飛び立ったらしい。

 五対の悪魔はベルティーさんの姿を見ると直ぐ様離脱し、行方をくらましたそうだ。ベルティーさんは所かまわずブレスを放って森の中を浄化していった。

 結果、悪魔は五対の悪魔と四対の悪魔二匹を残して全て焼き尽くされたそうだ。

 そして……元から棲んでいた森の生き物達はスティさんを除いて全滅。全員悪魔に殺されてしまったそうだ。

 唯一生き残ったスティさんはベルティーさんに連れられてこの箱庭の森へと連れて来られたらしい。

 以上が、スティさんの過去。ここに来るよりも前に起こった辛い出来事。

「スティはな、最初心を閉ざしておった。それだけ、心に受けた傷が深かったのだ。一年が経ち、漸く私らとも言葉を交わすようになり、起こった事を噛み締めるように言ったのだ」

 俺達は口を閉ざし、静かにフォーイさんの言葉に耳を傾ける。

「スティはずっと後悔していた。あの時、群れの仲間と一緒に戦うのではなく、皆を逃がす為に戦っていたのであれば、群れの仲間は無事だったのではないか? 夫を参加させて戦っていれば五対の悪魔が乱入する前に四対の悪魔を倒す事が出来たのではないか? とな。無論、無事である保証はない。四対の悪魔を一人で相手取るのは負担が大きい。まして、その最中に五対の悪魔が乱入してくる可能性も充分にあった。夫を参加させても、子供達が無事でない可能性も十二分にあった。故に、どの行動が最善であったかなぞ、知る由もない」

 フォーイさんは深く息を吐く。確かに、そのような状況ではどれが最善かなんて分かる訳がない。結果がどう転ぶかなんて、実際にやってみないと分からないし。

「しかし、スティは悔やみ続けた。肉体の傷は言えても心の傷は癒えず。しかしそれでもスティは同じ過ちは繰り返さないと自己流の鍛錬に励んだ。実力は申し分無しでな、僅か一年でベルティーに守護獣として認められたのだ。スティ本人も、自分を救ってくれたベルティーに恩義を感じており、ここを守ると誓ったのだ」

 スティさんが守護獣としての任に付いているのは、そんな理由があったのか。

「守護獣の任に付いて何年か経ち、スティは見知らぬ赤子を咥えて私の前に急ぎ足で来たのだ。トクシアントベリーを大量に食べてしまったらしいので、解毒をしてくれとな。それがお前だ。スティは、死にかけていたお前と息子を重ね合わせたんだろう。故に、あやつはお前を危険な目に遭せたくないのだろう」

 フォールさんは俺を指差す。

 そうか、スティさんが俺を気に掛けてくれたのは、殺されてしまった息子さんに姿を重ねたからか。

 フォールさんからスティさんの過去を訊いた俺の足は、自然とスティさんの去って行った方へと向かっていた。

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