アルレシアの夢

 皆との模擬戦を終えた後は、守護獣との一騎打ちと言う名のワンサイドゲームなどを挟んで傾いた太陽が夕陽に変わる前に鍛錬終了。人間だったらいい汗を流してただろうけど、今の俺はトリケラトプス。汗腺は存在しないので汗は流れず、生じた熱はそのまま身体の中で溜まっている。

 まぁ、それで活動に必要な熱をある程度得られるんだけど、あんまり激しく動き過ぎると逆に熱くなり過ぎて怠くなってしまうのが球に瑕なんだよなぁ。

 いい具合に放熱出来る身体の作りにはなっていないから、木陰で涼むとか水浴びして無理矢理体温を下げるかしか方法がない。

 で、現在俺達は鍛錬が終わったから近くの滝で水浴びをしている。この滝から流れる水は箱庭の森の中央にある大きな池へと繋がっており、唯一の水源となっている。

 流れる滝の真下へと向かい、瀑布を直接その身に受ける。あぁ、いい具合に身体が冷やされる。ただし、あまり冷やし過ぎると生死にかかわるので、ある程度体温が冷めるまでだ。

 他の皆も、思い思いに滝壺に飛び込んだり、オレと同じように瀑布に打たれたり、近くの木陰で昼寝をしていたりする。

「ふぃ~、生き返るなぁ~」

 で、アルレシアはばっちゃばっちゃと豪快に泳いでいる。バタフライ泳法だ。もうそのままトビウオのように滑空出来るんじゃないかってくらいに勢いが凄い。

 因みに、彼女は生まれたままの姿である。つまり真っ裸だ。唯一身に着けているのは王族の証の耳飾りだけで、鍛錬時に来ていた服は滝に晒しながら揉み洗いと言う豪快な洗濯をした後にハンガーにかけて日当たり良くて風通りも良い場所に生えている木に吊り下げている。着替えは水しぶきが当たらない場所にきちんと畳まれた状態で鎮座している。

 いい年した少女が裸になるなど、しかも王族が外で無防備に肌を晒すなど……と思わないでもないがここでは外敵の心配は殆ど無いのでこうも無謀ででも特に問題ない。服着ていなくても魔法は使えるしね。

 あと、ここには覗きを働こうと言う不逞の輩も存在しない。と言うか、そもそも人間はアルレシア一人だけしかいないので欲情する者がいないと言うのも大きいか。

 なので、裸のままでいても特に問題なく、誰も咎めたりもしない。

 まぁ、俺は元人間だからアルレシアの裸には興味は……うん、何故かなかった。人間じゃなくなったから、俺の中で人間はそう言った対象として見なされなくなったんだろう。

 ……因みに、アルレシアの身体に付いている双丘はかなり小さい。いや、低いと言うべきか? どちらにしろ平均以下である事に変わりはないな。その分水の抵抗を受けないから、ああやって泳ぐ事が出来るんだろうなぁ、とそれとなく思う。

 あと、本人は貧乳を全く気にしていない。と言うか、母や妹に比べて胸の無い御蔭で肩が凝り難いし動きやすいから恵まれている豪語していた。そう言った際のアルレシアの表情は無理をして強がっている風体は見られず、本心からの安堵と感謝が滲み出たものとなっていた。

 にしても、アルレシアはあれだけ動いた後なのにあそこまで泳げる程体力が残っているんだよな。本当、この世界の人間の体力って凄いな。フルマラソンしても息切らさないんじゃないかな?

 っと、そろそろいい具合に身体の熱が引いたから滝から出よう。

 俺はのしのしと少し重い足取りで滝から出て、程よく日が差し込む木の下に座り込む。近くに食べられる植物が生えていたのでついでに栄養補給をしようと食む。

「ふぅ、泳いだ泳いだっと」

 アルレシアは充分に泳ぎ尽くした様で充足感に満ち溢れた笑顔で滝壺から這い上がってきた。

「隣り失礼するよっと」

 そう言ってアルレシアは俺の方へとたたたっと駆け寄ってきてそのまま俺に背中を預けて胡坐をかく。

「あ~、いい感じに冷えていて、尚且つじんわりと熱が伝わってきて気持ちいい~」

「ブォウ」

 気持ちがいいのはいいけどきちんと体は拭いとけよ、と言う意味を込めて俺は一鳴き。

「お~、君もオレの体温が伝わって気持ちがいいか~」

 しかし、アルレシアにはきちんと伝わらず、同意したとみなされてしまった。アルレシアはにかっと笑って俺の横腹をぺしぺしと軽く叩く。

 結局、アルレシアは身体を拭かずにそのまま魔法で水滴を弾くと言う荒業を使って乾かし(?)た。

 体を洗ったり、冷やしたりした皆は一声かけて一匹ずつここから離れて行く。今日の分の鍛錬はもう終えたので、あとは個々人の時間だ。

 最後まで残ったのは俺とアルレシアの二人――いや、一匹と一人だ。やはり疲れが溜まっていたのか、服を着たアルレシアは俺に寄り掛かって健やかな寝息を立てている。

 のどかで静かな時間が過ぎて行き、俺にも眠気が襲い掛かってきたので少しばかり眠る事にする。

 目を閉じ、微睡に身を任せて夢の世界へと旅立つ。

 ふと、軽く身体に衝撃が伝わったのを合図に俺は夢の世界から戻ってくる。

 結構な時間眠っていたらしく、眼を開けたら日が傾き、夕陽が当たりを赤く染め上げていた。

 夕陽に照らされた景色は少しの物悲しさと切なさが掻き立てられるが、同時に心が安らぎ昼とも夜とも見られない黄昏の光景に目を奪われる。特に、滝が夕陽の光を反射し、まるで砂金を散りばめたかのような輝きを放つ姿は幻想的だ。

「綺麗だな」

 起きていたらしいアルレシアも夕陽に照らされた滝に魅入り、ほぅっと感嘆の息を漏らす。そう言えば、アルレシアはこの光景を見るの初めてだったな。なら、目を奪われるのも無理はないか。

「なぁ、知ってるか? 世界にはこの景色にも負けないような綺麗で、壮大で、物凄いものがあるんだ」

 暫く光を反射する滝を眺めていると、アルレシアが顔を俺の方に向け、語り掛けてきた。

 底深くまで透き通り、まるで空に浮かんでいるかのような錯覚を起こさせる程の透明度を誇る水の洞窟がある事を。

 果てしなく続く雲の河に、まるで流れるように沿って移動する浮遊島がある事。

 まるで楽園であるかのように、穏やかで時の流れを感じさせない妖精が住み着いた古代の庭園がある事。

 遥か古に生きた巨大なドラゴンの遺骨がそのまま森の一部となり、命を育んでいる場所がある事。

 ある時期になると渡り鳥が飛来し、一面にまるで桜が咲いたのように綺麗な桜色に染まる湖がある事。

 翡翠色の翅を持つ蝶が一斉に飛び立ち、光る鱗粉を撒き散らしてあたかも祝福されているかのように思える森がある事。

 他にも、色々とアルレシアは俺に語った。

「オレはな、世界中を旅するのが夢なんだ。そうして、世界のいろんな景色や生き物をこの目に焼き付けたいんだ。今言った事だって、オレは実際に目にした訳じゃない。図鑑に載ってあった事を口にしただけだ」

 アルレシアは自身の夢を俺に語る。

「本来なら、王族って立場が足枷になって旅なんて出来ない。けど、今回の事はオレにとって僥倖なんだ。その王族のしきたりだか試練ってのは、世界中を巡る事になるからさ」

 そう言えば、アルレシアはその王族のしきたりだか試練だかの準備の為にこの箱庭の森で訓練に参加してるんだったな。

 そのしきたりだか試練の内容は俺達は知らない。多分、守護獣の皆は知ってるんだろうけど、敢えて言わないという事は俺達が知っても特に意味がないからなんだろうな。

 にしても、そのしきたりだか試練では世界中を渡り歩く事になるのか。とすると、聖地への巡礼とか各地にある神殿で王としての器を証明する為の試練が課せられるとかだろうか?

 いくら考えても憶測でしかないし、それを口にしてアルレシアに問う事も出来ない。こういう時、言葉を喋れないのはもどかしいな。

 ……にしても、世界か。

 アルレシアの語りを訊いているうちに、俺も外の世界に興味を示し始めた。

 この世界に生まれ落ちた俺は、まだこの箱庭の森の中しか知らない。一体外の世界はどうなっているのか、日本とはどう異なっているのか、知りたいと言う欲求に突き動かされ始めた。

 アルレシアの影響を受け、俺も外の世界に出て旅をしてみたいと思うようになった。

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