鍛練風景その1

「ファイオー! ファイオー! 聖獣ファイオー!」

 そんな元気な掛け声と共に、アルレシアが俺の隣りを走っている。身体からは心地の良い汗が流れ、迸る笑顔が何処か眩しげだ。

 アルレシアが鍛錬に加わってから早一週間が経過した。

 最初の内は人間だし、俺達の鍛錬にはついて来れないんじゃないか? と思っていた。体力的な意味で。

 箱庭の岩壁沿いを何周も走るのは、ぶっちゃけた話フルマラソンより長い距離を走る事になる。なので、途中でリタイアするとか走れたとしても結構遅めのペースで完走するとか考えていた。

 しかし、俺はここが異世界なんだと改めて実感した。

 アルレシアは普通に俺達の鍛錬に付いてきた。走り込みでさえも、全く遅れる事無く走り切る。走り切った後も体力が限界を迎えた訳でもなく、かなり余裕を持った状態だ。

 流石に息切れは起こしはするが、それでも俺の元いた世界の人間なんかよりもかなりの体力を有している。

 それに、筋力とか跳躍力とかもだ。

 自分の倍はある重さの岩を持ち上げるし、三メートルは軽くジャンプ出来るし、最早俺の知ってる人間じゃなかった。

 まさに漫画とか小説、ゲームの中のキャラクター並みの身体能力を有していたのだ。アルレシアは。

 何故そんな事が平然と出来るのかと言えば、アルレシア曰く「昔からトレーニング積んでたから」だそうだ。因みに、質問はディアが俺の意図を汲んでしてくれた。

 王族だからと言っても、政治とか帝王学とか学んだりするだけじゃなくきちんと体も鍛えているとか。

 因みに、物心つく前からアルレシアは限界まで走りまわったり、自分より重い物を持ち上げようとしたり、高い場所に隠された王様秘蔵の本を手に入れようと跳びまくったりしたり、家臣団から逃げる為に気配を消してみたり……と本格的に鍛錬を積む前から色々とやってのけていたらしい。

 見た目華奢な女の子なのに、何ともお転婆なお人ですこと。

 そんな過去が積み重なって、アルレシアは俺達の鍛錬にも音を上げずについて行く事が出来ていると言う訳だ。

「ファイオー!」

「本当元気いいよな、この人間」

 アルレシアの掛け声に対し、俺の反対隣りを走るディアがぼそっと率直な感想を口にする。

「そりゃ、オレは元気だけが取り柄だからな! ほらほら、ディアも言う!」

「はいはい……ファイオー」

 耳聡くディアの言葉を訊いたアルレシアは(そこまで胸はないけど)胸を張りつつディアにも掛け声を言うように催促する。

 ディアは渋々といった風に掛け声を口にするが、実際はそれなりにのりのりで口にしているのは俺には分かる。大体気分がいいとか、嬉しいとか、そんな時のディアは僅かに右の口元が上がるんだ。長い付き合いだからな、癖くらいは分かるさ。

 アルレシアが鍛錬に加わる前は、まぁ、確かに談笑しながらでも走っていたから静かではなかった。しかし、そこまで賑やかと言う訳でもなかった。あくまでモチベーションが低下しないように会話をしていただけ、とも取れる。

 それが今では毎回走る際にはアルレシアが掛け声を口にして、それぞれに課せられた筋トレでは励ましを行い、模擬戦では戦う双方へと応援を送っている。

 最初はアルレシア一人だけが行っていたが、次第に一匹、また一匹と彼女に釣られるように掛け声を口にし、互いに励まし、応援を送るようになった。

 皆いい意味でアルレシアの影響を受けてるな。初めて見る人間だから何となく真似をして、やってみたら思いの外気に入ったって部分が大きいだろうけど。

 それでも、鍛錬のモチベーションを上げるには充分効果があるからな。身の入り方が以前よりもよくなってきている。アルレシア様様だ。

 因みに、言葉を話せない俺だけれども掛け声とかは言っている。

「ブォウ! ブォウ!」

 生まれた時は何とも可愛らしい声でしか鳴けなかったが、声変わりをして今では逆に可愛らしい声が出ず事が出来ない。野太い……と言うよりもアルトリコーダーとかの管楽器でも吹いているかの如き鳴き声が我が喉から響いている。

「ファイオー! ファイオー! 聖獣ファイオー!」

「「「ファイオー! ファイオー!」」」

「ブォウ! ブォウ!」

 そして今日も、皆して掛け声を言いながら岩壁沿いを走るのだった。


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