箱庭の森での日々

 俺がトリケラトプスに転生してはや三年が経過した。

 その間、俺は真っ白な犀――スティさんに育てられた。

 スティさんはここに守護獣として住んでいる。俺が卵から孵った場所――箱庭の森が広がる場所は外の世界へと向かう道が一つしかなく、その道の中間地点にはスティさんや他の守護獣が待ち構え、外敵が侵入してきた際には率先して追い払いに掛かるそうだ。

 一応、その道以外を使ってこの箱庭の森へと来るには上にぽっかり空いた穴から侵入するしかない。

 翼がある者にとっては、その穴の巨大さ故に道を通るよりも簡単に箱庭の森へと侵入可能となっている。

 が、俺が過ごしたこの三年では、誰も空からの侵入に成功したものはいなかった。

 何せ、空を担当する守護獣が常に睨みを利かせているので。

 少し前に、空から外敵がここに向かって来た事があった。あれは前脚が翼に変化した巨大な蜥蜴で、ワイバーンという呼称がぴったりの化け物だった。

 そいつは餌を探して飛んでいたんだろう。ここを見付け、見るからに旨そうな獲物を発見して降り立とうとしてきた。

 けど、それは叶わなかった。

 ワイバーンは上に開いた巨大な穴を潜ろうとした瞬間、ワイバーンの倍以上の巨体を誇る一匹の白いドラゴンの放ったブレスによって散って逝ったからだ。

 そう、空担当の守護獣さんはこの箱庭の森で最強の存在、ホワイトドラゴンのベルティーさん(およそ五百歳の女性)である。

 その十メートルを超える巨体故に道で外敵を追い払う事は出来ないが、その背中に生えた自慢の翼をはばたかせて空を自在に飛び回る事が出来、かつそのブレスは大概の相手を一撃の下屠る事が出来るので、唯一の空担当の守護獣となっている。

 この箱庭は守護獣によって守られ、平穏な日々を送る事が出来ている。

 なので、俺も外敵とは接触せずにぬくぬくと育つ事が出来た。

 ただ守られて育てられた訳ではなく、スティさんや他の皆に色々と教えて貰ったり鍛えて貰ったりしながら三年を過ごした。

 まず、皆にはこの箱庭の森に生育する植物限定だが、食べられる植物と食べられない植物について教えて貰った。

 で、俺が一番気に入った味を持っていたグリーンべリー……正式名称トクシアントベリーは食べられない、というよりも食べてはいけない毒を持つ植物だそうだ。そうと知らずに俺はばくばくと食べ、あわや毒の影響と血の吸われ過ぎで死ぬところだったとか。

 そんな状態の俺をスティさんが偶然見つけてくれた御蔭で俺は生き永らえた。スティさんには今後絶対に頭が上がらず、足を向けて眠れない。

 他にも食べられない植物は何種類か生育していて、危ないと思っていた血のような色をしたパンジーが上げられる。

 あれはブラディアンパンジーと言って、葉も花も致死性の毒を持っているそうだ。……食べなくてよかったよ、本当。

 因みに、紫蒲公英ことパープルダンデリオンは疲労回復効果が少しあり、ドクダミ草っぽい奴はダードミクと言って、ちょっとした解毒作用のある薬草だそうだ。俺がトクシアントベリーを大量に食べて一命を取り留めたのはダードミクを食べてたからだそうだ。

 で、他にも色々と食べられるのやら食べちゃいけないものやらを教えて貰った。

 植物に付いては皆に教えて貰ったが、他の事に関しては個別に指導して貰った。

 まず、スティさん。彼女――そう、スティさんは女性です――からは主に身体を鍛えて貰った。

 毎日箱庭の森の中をランニングして体力をつけ、四足スクワットで足の筋肉を強化。スクワットはある程度出来るようになると、ここ最近は二本の足だけでスクワットをするようになった。

 また、角による攻撃をスムーズに行ったり、より威力を増した一撃をお見舞い出来るように首の筋肉も鍛えている。目と鼻の間に重石を乗せられ、その状態で上下左右に首を動かす。

 他にも、背後の敵に対して行える攻撃として後ろ脚での後ろ蹴りや尻尾による殴打の方法も伝授されだ。尻尾の筋肉はぶんぶんと毎日振っている事により自然の発達していき、後ろ蹴りをするにはある程度の柔軟性が必要なので日々筋を伸ばしている。

 スティさんの御蔭で、俺の身体にはある程度筋肉がつき、そして素早く動けて多少の事では息切れしなくなった。

 次に、守護獣のうちのひとりである男性のシャーマンゴリラことフォーイさんには言葉を教えて貰った。

 フォーイさんの種族シャーマンゴリラは巧みに言葉を操り、更には呪文を詠唱して魔法を扱う事が出来る。

 魔法と訊いて、俺は心が躍った。やはり、異世界と言えば魔法だろう。フォーイさんも魔力さえあれば呪文詠唱して魔法を使う事が出来ると言っていた。

 そう、魔力さえあれば。

 この言葉により、俺は魔法を諦めて物理一辺倒となった。

 何せ、俺には魔力が全く無いらしい。本来ならほんの僅かでも身体の中で生成されるらしいけど、俺の場合は本当に全くこれっぽっちも欠片も生成されていないそうだ。

 なので、俺には魔法を使う事は不可能。諦めろ、と容赦なくフォーイさんに告げられた。

 俺としても使えないものをねだっても仕方がないので早々に諦めた。使えないものよりも自分で出来る事を伸ばしていった方が為にもなるし。

 なので、フォーイさんにはいくつもの言葉を叩き込まれた。何せ、言葉が分からなければ色々と不便だからな。

 無論、ボディランゲージによる言葉を介さない意思の疎通は出来る。しかし、それだけでは相手から伝えられる情報は限られてしまうので言葉を覚えるのは必須だった。

 フォーイさん曰く、様々な言語を覚えていて損はないとの事。相手が何を言っているのか分かるだけで、対処の幅が広がるとかで。なので、この箱庭の森で使われている共通言語の他にも古代言語や他の地域の言葉、更には人が使う言葉に付いても教えられた。

 そう、この世界にも人は存在するらしい。人のカテゴリーに当て嵌まるのは人間、エルフ、ドワーフ、そして獣人に鬼だそうだ。この箱庭の森には人はいないが、外の世界には沢山いて、何処へ行っても人、人、人、だとか。

 まず俺は死ぬ気でここの共通言語を覚え、スティさんや他の皆と会話出来るように努力した。

 前世の記憶から、日本語が最初に頭にインプットされていたので覚えるのに手こずったけど、何とか共通言語はマスターする事が出来た。

 しかし、俺自体は共通言語を喋る毎が出来ない。トリケラトプスと言う恐竜の口の構造上、言葉を発するのに不向きな形をしているからだ。

 なので、俺は言葉をしゃべらず、主にボディランゲージでの対話をしている。

 因みに、他の皆は魔力に音を乗せる事により、喋るのに適さない口の形をしているにもかかわらず、きちんと言葉を発する事が出来ている。

 俺も魔力さえあれば……と思うが、こればかりは致し方ない。

 他の皆にも色々と教わり、それと並行して皆との親睦も深め、三年が経った今日。

 この箱庭の森に、人が訪れた。


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