第10話 成長ができているのか。

 校庭に移動してきて早々、太一が発した。

「なんでPortのやつらまで一緒にいるんだ。」

 真が答えた。

「学校の教職員が警察を呼んで、そのときにはもう警察の人たちは『PWの人たちがいるに違いない』とすでに察していたのでしょう。そりゃ行動が早いことです。」

「…。空気の読めない奴らだな…。」

 静かに太一が愚痴をこぼした。確かに、太一からすると、あのデスブレイカーと話していたというのに突然割り込んできたらそう思わざるを得ない。


「あなたたちも大変だね。あの警察とPortとやらに追いかけまわされて。」

 デスブレイカーが見下すように、傍に寄ってきた。

「まさか、あのPortもお前の仕業なのか?」

「そんなこととんでもない。こればっかりは僕の仕業じゃない。」

 俺が尋ねるとデスブレイカーは困ったような顔をしていた。どうやらこれは疑いどころじゃないらしい。


 すると、再び校舎から、今度は戦う男たちの声の残響が響いてきた。

「たっ、隊長!ロボットのような奴らが複数…いや、多数います!!」

「発砲許可をだす!総員構えっ!」

 警察だった。警察らの構えた銃の銃口が向けられた先は…。

「撃てええええぇぇっっ!!」

「デッ、デスブレイカー…。ロボットようなって、お前のウイルスたちじゃないのか?」


「あっ…そういや、僕も詳しくはないけどあのウイルスたち…。あなたたちの持っているようなウイルスをデータ化する武器以外、すなわち警察が持っているような普通の銃で倒されたら、軽く爆発を引き起こすらしいんだよね。」


 静かで、冷酷な声で再び話し始めた。そんな静けさなどお構い無しに聞こえてきた残響音…それが銃声だった。

「お、おい!警察のやつら、すでにウイルスを撃ち始めてるぞ!」

「あのウイルスは…もうじき爆発する予感がするよ…。」

 菫が心配をしているような顔での校舎内の警察を見つめている。



 俺は全ての状況を把握した。爆発すれば校舎は崩壊し始めるし、警察は命を落とす。思考に思考を重ねた末に辿り着いた結論をすぐに言葉にした。


「デスブレイカー!ウイルスを全部消せ!このままじゃ警察の命が危ういんだ!できるだろ…!?」


 このセリフに5人は驚きの表情をしていた。なぜそこまで驚く必要がある?警察といえども、命は護らなくてはいけないだろう?

 デスブレイカーはゆっくりとこちらに顔を向けた。

「それは別に構わな…」


「いや、だめだ。」


 否定したのは…太一。

 なぜ太一が否定するのか?俺には全く分からなかった。暑すぎる熱に頭がイカれちまったのだろうか。何か都合が悪いのか。

「ウイルスを消してはいけない。」

「今更何を言い出すんだ太一!いくら俺たちを捕まえようとしている奴らでも、護るべきは命なんだろ!?真も…菫も蓮も芽花も…何か言ってやってくれよ!!」

 4人の顔は先ほどよりさらにうつむいて、泣き出した。なぜ、泣く?俺の頭のほうがイカれているのか。4人の応答はない。太一は真剣な顔…かつ涙を流しながらデスブレイカーを見つめていた。


 特に菫、蓮、芽花の3人は異常に涙を流している。

 今の俺には分からない。


 銃声は未だに鳴り響いている。あと少しすれば、ウイルスは爆発し、校舎は崩れ出すと考えた俺はとっさに言い放った。

「デスブレイカー!ウイルスを止めろ!」

「僕は以前にも話したと思うけど、自分の正しいと思ったことを実行に移すだけ。ただそれだけ。」

 デスブレイカーは右手を前にだして、手の平を空に向けた。そして、言い放った。

「ウイルスオールデリート」

 手の平から青い火の玉のようなものがいくつもでてきて、そして彗星のようにとんでいった。俺はそのうちの1つを目で追いかけることができた。校舎にいる銃に撃たれつづけていたウイルスの体内に、それが入り込んだように見えた。すると、ウイルスは削除された。

 空に散っていったのだ。

 その場面を理解し終えたところで、突然太一が叫び出した。


「やめろって言っただろおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!」


 蒸し暑い空に、響き渡る声。

 だからなぜそこまで嫌がってい………。


 嘘だ。


 そんなの、認めたくない…。


 認めない…。


 俺はその場面を見て瞬時に理解できた。その状況も、太一が嫌がった理由も。

 

 蓮、菫、芽花の3人の体が薄くなっていく。

 

 それはまるで、削除されていくさっきのウイルスのように。


「う…嘘だろ…?まさか、3人が…?」

「ごめんなさいね、俊太さん。」

「菫があのとき、やっぱり教えて置くべきだったね。こういう事態に備えて…ね。」

 だんだんと声が薄れていくのが分かる。

「蓮…菫…。な…なんで謝る…!?どうして…どうしてだよ!!こんな展開…俺は認めないぞ!!」

 今度は、俺の声が空に響いていた。


「俊太くん。私、あなたと出会えてよかったわ。」

「つ…芽花…。しゃ、喋るな!やめてくれよ!なんでっ…!」

「私、俊太くんが買い物に付き合ってくれて、本当に楽しかったよ。」

「やめろっ…!やめろっっ…!!」


 すると芽花の足が崩れだし、後ろに倒れそうになったところをとっさにささえた。

 気がつくと、菫は太一に、蓮は真に支えられていた。

 腕の中で芽花の頭を支えていたが、次第に質量を失っていくことを感じた。



「ありがとう」



「なんでっ…!なんで…3人はウイルスだったんだああああああぁぁぁっっ!!」


 脳内を駆け巡る3人との過去。俺が奢った洋服は、誰が着てくれるのだろうか。

 あのコーヒーは、もう飲めないのか。

 過ぎ去った過去、また新たに貯蓄されていく過去。これから、決して忘れないであろう過去がまた記憶された。芽花が削除される直前に流した涙が腕を流れてゆく。

「俊太さん…。大丈夫ですか。」

「真…。俺…俺…。ウイルスを消すように頼んだのって・・・ 俺だったよな…?」


「俊太さん。あなたは失敗したと考えているのですか?」


 足が崩れてしまっている俺に、上から声をかけてくる真の顔はどこかしら、悲しみに堕ちているような気がした。

「だって…消えたんだぞ!?いつも一緒に暮らしていた人が突然減ったんだぞ!もうあのご飯は食べられないんだぞ!!」

 それこそ走馬灯のように、初めて6人で食べたご飯の日や、一緒に町と人を護ってきた日々を思い出しながら口に出した。


「あなたに反対しようとしている訳ではありませんが、僕はあなたが失敗の選択をしたとは考えていません。」


 真は俺に背中を向けて、太一に顔を向けて、俺に言い放った。


「最大の失敗は何も行動しないことです。あなたはとっさの判断を行いました。3人が消えたのは確かにこれが原因かもしれません。でも、あなたは失敗していません。学ぶべきことはたくさんあるでしょう?ですよね、太一さん。」


 相手の意志を確認するように言い終えた真に太一は反応した。

「あぁ、そうだな・・・。PWのリーダーは僕だ・・・。僕がしっかりしなきゃな・・・。」

「ど、どうして…そんなに早く立ち直ることができるの?」


「なんでだろうな。」


 言い残すようにして太一は崩していた足を元に戻して立ち上がった。

「時間は待ってくれない。そろそろあいつらも到着する頃だろう。」

 そう言いながら太一が向けた目線の先には、『あいつら』がいた。

「いたぞ!PWだ!お前らどうやってテレポートしたんだあああぁっ!」

 叫びながらこちらへ向かってくるPortメンバーだ。もうあいつらの姿は見慣れた。だが、どうしても足が動かなかった。動かしたくなかったとも言えるかもしれない。菫、蓮、芽花が消えてしまったこの場所から去ることを、俺の脳が拒絶しているから…。俺の頬には未だに涙が流れていた。腕の涙は乾いてしまっていたけど。


 すると、ずっと黙り込んで俺たちの場面を見ていたデスブレイカーが口を開いた。

「おい!そのPortとかいう奴ら!!PWとどんな関係だか知らねぇが今は近寄らないほうがいいぜ。もうじき、空から鉄の塊が降る季節だぜ。」

「鉄の塊…?どういうことだ。」

 太一は怒りが混じっているようなくしゃくしゃの顔でデスブレイカーを睨んだ。そこで俺も思った。鉄の塊が降る…?


 そこで真がすぐにTVを展開した。

『今みなさんがご覧になっている映像はISS2の最後のパーツとなるはずだったものです!それが今、鉄の塊となり、地球へ落下中です!どんなトラブルがあったのかまだ明白ではないようです!住民の方は早急に避難してください!』


 速報でニュースが流れ出していた。ニュースを伝えるアナウンサーも随分と早口だ。

「その鉄の塊、この中学校の校庭に墜落するよ。だからみんな逃げたほうがいいよ。」

 このデスブレイカーの声を聞いた瞬間、Portの人たちの表情は一気に青ざめていった。

「お、おい!PW!俺たちに捕まりたくないっていう気持ちは分かるが、命は一番大事だぞ!お前らもこっちへこい!死ぬぞ!!」

 その呼びかけに反応したのは太一だった。

「僕は戦うけどね。」

「あっ、どうでもいいんだけど、例の証明の件について。僕、意外と期待してるよ。」

 デスブレイカーの発言に太一はニヤッという表情を浮かべた。なぜ、そこまでメンタルを維持することができる?俺はまだ、悲しみの湖に溺れていた。下を向いてうつむいているところに、2つのコマンドが聞こえた。


『ハンマーコマンド』

『ソードコマンド』


「真、僕たちであのロケットを壊すぞ…っていっても、お前も考えてることは同じだな。」

「同意です。」

「少しきついかもしれないけど、無理なことに挑戦するぐらいが丁度いいさ。いくよ…。真。」


『『ハイスピードコマンド』』


 太一と真の体は遥か高い上空へぶっとんでいった。

 さきほど、真のTVであと30秒ほどで地面に落下すると聞いた。30秒で破壊するというのか…?


 ***

「真!ターゲットに一気に叩き込んで空中分解させるぞ!」

「分かりました。腕がなりますね。」


『ターゲットとの相対速度、0k/mです。』


「体が許す限り、叩き込めぇ!」

 ガギギイィン!ガギギイィン!ガンッ!ガガンッ!

「太一さん、これを30秒で破壊させるのには無理があります!」

「安心しろ、真。下には俊太がいる。」

「俊太さんは、まだ涙を流して倒れこんで・・・」

「安心しろ。僕はあいつを信じてる。」

 ガギギイィン!ガガガギイイイイィィン!

 ***


 約20秒経つと、空から輝く物体が見えてきた…。あれが例の鉄の塊のようだ。

 その左右にまた輝くものが見えた。かすかに聞こえてくるガギィンという音。

 太一から通信が入った。

「おい!俊太!お前もう泣いてたりなんかいしてねぇよな!?僕たちじゃ間に合わない!下で準備しておけ!!」


 今の俺は頼られているのか?


「お前のなりたい人間って、どんな人間だあああぁ!!示してみろ!!!」


 そのとき、背中に稲妻が走るようにビビッときた。そして、脳内を過去の記憶が走り抜けていったように感じた。


 大学を卒業して、就職して、安定した収入を得ようとしたら失敗してニートになっていた。圧倒的ダメ人間に育っていた。親からの仕送りをあてにしてくだらない日々を過ごしていた。自ら変わろうという気はさらさら無かった。でも、みんなと出会えて、少しずつ自分自身を変えることができた。そりゃ、まだ未熟な部分もあるかもしれない。でも、俺は実感してきたんだ。


 働くことの意義と、人間の凄さっていうやつを。


 どうやらこいつらは、言葉では言い表せられないらしい。

 俺は無言で起き上がった。

「俊太!僕はお前を信じてるぜ!やれっ!俊太ぁっ!証明してみろおおおおぉっぉお!」

 顔をあげると鉄の塊は裸眼で見えるほどに迫っていた。

 校舎にまだ残っている生徒はいるだろうか。あれほどの時間が経ったからみんないないだろう。Portのやつらも警察も、気がつくと校舎から姿を消していた。避難したのだろう。

 じゃあなぜこのロケットを止める必要がある?いや、そんな話じゃないんだ。今の俺にとって、こいつを止めることが、駄目人間は変われるということを証明できる方法にもなっていた。


「見とけ、デスブレイカー!人間ってのは、変われるんだよおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

…『エラーです。制御不能。制御不能。制御不能。制御不能。…パワーロックが解除されました。』


「あいつ・・・・すげえ!パワーロックを解除しやがった!」

 不思議と、腕と足、指先につま先…。体全体に力が入っている。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 俺は足で地面をおさえつけて、手で鉄の塊をとめるようにむかった。

 そしてぶつかってきた。

 俺は足で地面に大きな跡を残しながら…。だんだん、腕がでかくなっていることに気づいた。手のひらもでかくなって、鉄の塊を止め続けていた。

 それでも体全体への負担はかつてないほど大きかった。まるで腕をハンマーで叩かれているような感覚。まるでお腹の溝をずっと殴られているような感覚。まるで油がひかれたフライパンの上に乗っているかのように熱さが走る脚。

 約300mぐらい進んだところでようやくとまった。学校のフェンスを突き破っていた。鉄の塊はその場で地面に落ち、その振動が地面から体へ伝わってきた。


 死者は・・・・・いない。


「・・・・・止めたぞ!!!俊太が止めたぞおおおおおおおぉぉお!!!!」

 太一が急いで近くに寄ってきた。笑顔だった。

「すごいです、俊太さん!パワーロックを解除するだなんて・・・・・。体は大丈夫でしたか?相当の負担がかかっていたから怪我の心配が・・・。」

 パワーロックっていうのは俺にはよく分からなかったが、2人が喜んでいたから俺も喜んだ。やがて、3人で抱擁しあった。


「止められたのはみんながいたからだ。俺が止めたんじゃない。6人で止めたんだ。」


「俊太っ・・・・!お前いつからそんなこと言えるようになったんだ!」


地面に転がり、空を見上げた。あの3人も笑っているはずだ。

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