紫電の王

@nupopo

第1話 この男は


 闇に紛れ歩く男が一人。

そこに音は無く、気配は無い。

常時なら見逃してしまうであろう程希薄な存在感。


そんな忍び寄る影を傍目にもう一人の男は取り乱す様子もなく至極自然体で落ち着いている。まるで、これがいつもの日常であるかのように。


至近距離まで気配を読ませない完璧な存在の消し方、暗闇に潜む男は間違いなく一流の暗殺者であった。

それもこの王都、否王国全体で見てもこれだけ人としての存在を薄める事が可能な男はそうは居ない。

そこから結論出されるのはある裏組織である。


終暝。

それは王都に巣くうに暗殺者集団の組織名だ。規模だけで要っても王国一で構成員は数百人は下らない。


金さえ積まれれば何だってやる冷酷無比な輩であり、それを利用するのはやはり金を持つ貴族や商人であることからか、裏の世界を知るもので知らない人はいないほど有名と暗殺者集団にはあるまじき知名度を誇っていた。


そしてそれは同時に例え知られていようが全く問題ならないほどの力を兼ね備えている事を意味していた。



「こんにちは、貴方はボーガスにでも雇われたんですか?」


自分を殺しに来たであろう相手に対して、友人に話し掛けるように呑気なトーンで質問をするこの男の名はアルシア·フォーンヘルト。




暗殺者は当然アルシアの問い掛けに答える事もなく、警戒した様子でナイフを腰から抜く。


「私がどんな奴か聞いてはいるみたいですね......」


ベッドから身体を起こし、ゆっくりと歩き机に手を付き、警戒心を顕にした男に視線を向ける。

その動作の節々から感じ取れるのは、自分自信への圧倒的信頼から成せる余裕である。


「どうしたんですか?私を殺しに来たんですよね......そちらから来ないんですか?」



挑発とも言えるその言動に男は乗ることもなく、冷静にアルシアを見据えている。


暗闇の中、時計の針の音だけが規則的に室内に響き渡る。


「ふっ」


先に動き出したのは、暗殺者の方であった。

手に持ったナイフを手首のスナップだけで投擲し、瞬間的に空いた両手を通して、空中に魔術式を構築する。


アルシアは飛来したナイフを胴体をずらす事で避わし、相手の魔術の発動を止めようとするが、既に構築済みの魔術は暗殺者の掛け声と共に発動される。


闇刃シアラ


闇魔術の第二階梯。

四対の漆黒の刃が暗闇と完全に同化し姿を消しながらアルシアに襲い掛かった。


しかし、視界で捉える事が不可能であるはずのその魔術の刃を正確に見切ったように、全て叩き消す。


魔術を手で叩き消すなど、本来なら不可能な事だ。

しかし、アルシアは己の持つ権能により魔術を物質として視ることが出来、結果として拳で破壊が可能であった。



魔術の破壊と云った普通ならあり得ない現象を見たのに関わらず、暗殺者は動揺した様子もなく、距離をとる。

端から今ので殺れるとは思っていなかったのは明白だ。


「あまり、家を壊さないで下さいね。ここ借り家なんで」


相も変わらず戦闘中だと言うのに軽い口調で相手に話し掛けるのは勿論、アルシアだ。

暗殺者は沈黙を貫き、背中に差した二刀の刀を引き抜く。

それはどちらも一級品と言える業物で、さらに一流の冒険者でもそう持っているものはいないであろう魔具であった。


二刀の魔具に魔素が流れ込むのを感じ取ったアルシアは自分の体内で魔素を加速させ、知覚能力を向上させる。


暗殺者の姿は闇夜に消える。

おそらく、どちらかの刀の能力だと考えたアルシアは視覚ではなく、聴覚を集中させる。


刹那背後に回り込んだ二つの凶刃が胴体に目掛けて斬りかかる。

それを感じ取り、素早く身体を翻し、同時に用意していた亜空間から取り出した一振りの剣で受け止める。


そのまま、剣圧で相手を吹き飛ばす。

そして軽い衝撃を受け体勢を崩した相手に対して距離を詰め、剣を横に振るう。


しかし、また消えるように闇夜に溶け込み暗殺者は姿を消す。


「厄介な能力ですね」


消える直前、いや、吹っ飛ばされた直後にまた、二刀の魔具に魔素が流れるのは確認出来た。

ということは、二つの魔具に刻まれた魔術式を用いて姿を消しているという事だ。

一つは姿を消す魔術だとして、もう一つはあの崩れた体勢から私の横薙ぎを避ける為の魔術が必要だ。

考えられる魔術は幾らでもある。だが、流出していた魔素量が膨大で合ったことから魔素の消費量が高い転移の類いの魔術の可能性が高い所か?

まあ、なんだっていいですね。

使われる前に斬る。それで終わりです。


アルシアは脳を回転させ、相手の魔具について考察すると同時にまた感覚を耳に集中させ、身体全体の力を抜く。


利き手には先程の一振りの剣を、だらりと下ろした逆手には、指先に魔素を集中させ、瞬時に魔術式を空中に書き込む。


雷魔術の第三階梯。


導電ボルティア

微弱な電気を身体の周囲に張り巡らす事で相手がこの範囲に入った瞬間感知する補助魔術である。

これにより例え姿を消して近付こうともアルシアの半径1メートルに入った瞬間に察知し相手を斬る事ができる。



また、沈黙が部屋を支配する。

アルシアの魔術の発動を感知した暗殺者は気配を消しつつ何も変化が起きなかった事に警戒心を募らせていた。




撤退するかどうか暫しの思考の末、決断する。

撤退は無い。


終暝の幹部でもある俺が標的を見逃して、そのまま逃げ帰る訳にはいかない。


両手に持つ刀を一瞬手から離し、瞬時に腰に差してある数本のナイフを亜音速に近い速度で投げ付ける。


それら全てをアルシアは眼をつぶった状態で一つ一つ飛来する鋭利なナイフを無駄の無い最小限の動きだけで反らす。

 

ん?魔素の反応。


感じ取った魔術の発動。それと同時に、突如自分の範囲に出現した人の気配。

それに対して慌てる事無く流れるように神速の太刀を振るった。



鮮血が舞う。


胴体は力無く倒れ、頭は綺麗な放物線を、描きながら机の上に落ちた。


結果、胴体と頭を切り離された暗殺者は一言も喋る事無く、絶命し闘いの幕は呆気なく閉じた。


「たまにはこうやって殺り合うのも悪くないですね」


人を殺した後とは到底思えないその落ち着いた口調がアルシアにとって殺し合いの世界が日常であることを物語っている。


剣に付いた血を一振りし、払い飛ばし、亜空間にしまう。


そして床に血みどろに倒れこんでいる胴体に近付き横にある二対の刀を手に取る。


やはり、良い魔具ですね。

魔素伝導性の高いミスリルを違和感無く金属と組合せ、更に術式も六工程の複雑な陣であるに関わらず正確に彫られている。

術式を見た限り、暗闇と色を限りなく同化し、気配を薄める魔術と近距離での転移を可能とする魔術と有用性は高い。

これは私が使わせて貰う事にしますか。


血を払い無造作に亜空間に投げ込む。

そして二つに別れた死体を掴み部屋の外に向けて無造作に投げ、術式の構築を開始する。

三工程程の簡易な魔術なので一秒もかからず完成し、完成と同時に瞬時に発動する。


炎弾キアラク


火の第三階梯魔術。

発動と同時に翳した手の前に直径200センチ程の球状の炎が顕れ、それは外に投げた死体を業火の炎で焼き尽くした。


「······」


その炎を無機質な瞳で眺め続ける。


彼は人の死を嘆かない。


彼は人の死を喜ばない。


何故なら、アルシア·フォーンヘルトは、

神の使徒であるからだ。




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