第8話お姫様と出会い

「……とは言ったものの」


姫はそぉっと扉を開けると、周りに誰もいないことを確認しながら、慎重に部屋を出る。


『ぷるぷる、姫様。別にこんなことしなくても普通に歩いて大丈夫だよー』


ライムがテレパシーで会話してきながら、床を這って後をついてくる。


「それはそうなんだけど……やっぱりまだ不安なのよ」


魔王やディロはともかく、他の配下には出会ったことがない。


最悪、魔王達にバレなければいいと考えて絡んでくるやつがいないとも限らない。


そんなわけで姫はスパイのごとく隠れながら魔王城を散策した。





「……誰もいなかったわね」


魔王城をしばし歩いてみたものの、誰にも遭遇しなかった。


城の大きさは、姫の住んでいた王城とさして変わらないのだが、ここまで歩いて一人にも出会うことがないのは逆に不気味である。


「……もしかして杞憂だったのかしら」


そんな感じで隠れるのをやめて歩いていたわけだが、一際大きな扉の前で立ち止まる。


最初の日に、魔王の部屋から姫の部屋へと移動した際に魔王の部屋の位置は分かっているため、魔王の部屋ではないことは分かる。


「……ここは?」


『ぷるぷる、たぶん中庭への扉だと思うよー』


「……中庭か」


あれから時間はかなり経っているので、魔王もさすがにもういないだろう。


姫がゆっくりと扉を開けると━━━。




風が吹き、草花が揺れるなか。




中庭の中央、花壇から離れた広場に一人の少女が立っていた。


褐色の肌に、光が透き通るほど白い髪。


頭には白と紫の縞模様で色付いたターバンを巻き、服も同じ模様の施されたローブだ。





幼い顔をした少女は瞳を閉じたまま、突然動き始める。


浮いている様に地面を滑りながら。


ときにステップをし、ときにその場でクルクルとターン、ときに腕を大きく広げ、そしてときに片足を真上へと身体が一直線になるように上げながら踊る。


袂のついたローブ服は踊るには動きづらいはずなのに、そんなことは関係ないと言った風に、ローブをはためかせ見事に舞う。


その様になった動きを、姫もライムもただ黙って見つめる。


今この場で演じられるは、一人の少女ダンサーによる一人だけの舞台コンサート





そして少女が躍りを終えると同時に、揺れていた草花の音がピタリと止む。


風の音も止み、辺りを静寂が包む。





パチパチパチパチパチ。


「……はっ!」


気づいたときには、姫は扉から少女の目の前まで移動して拍手をしていた。自分の迂闊な行動に後悔するももう遅い。


瞳を閉じていた少女は、その音に反応して瞼を開けると、その金色の目で姫をじっと見てきた。


そして少女は━━━━。








「綺麗なお姉さんなのだー!」


突如駆け寄ってきて、姫にいきなり抱きついてきた。


「……きゃっ!」


いきなりのことで動揺した姫はそのまま後ろへと倒れそうになる。


『ぷるぷる、僕に任せてー』


ライムが姫の背中が倒れる位置に留まり、その体を普段の液状からゼリー状へと変質させた。


姫の背中がライムに触れると━━━ポヨンと低反発を起こして、姫は怪我をせずに床に倒れた。


「……ラ、ライムちゃん、ありがとう」


『ぷるぷる、どういたしましてー』


そのまま姫は腰に抱きついた少女を見やる。


「いきなりごめんなさいなのだ」


「え、えぇ。ところであなたは?」


少女は申し訳なさそうに腰から離れスッと立ち上がると、姫の手を取り引っ張りあげる。


引っ張る際のりきみを感じさせない自然な動作に姫は驚かされながらも、少女に問いかける。


「リルラなのだ」


「リルラ?」


「そうなのだ」


「あなたはどうして踊っていたの?」


「ときどき城に来ては趣味で踊っているのだ」


「そ、そうなの……」


姫も王宮に招かれたダンサー達の躍りを見たことはあるが、リルラのそれは趣味にしてはよくできたものだった。


そもそも、趣味で魔王城で踊るというのはそれはそれで凄いなと思った。


「……あっ、そういえば魔王様が人間の王女様を拐ったって聞いたけど、もしかして王女様なのだ?」


「……えぇ、まぁそうよ」


そこで姫は今更ながら目の前の少女も魔族なのだと思い出すが。


さすがに話している途中で、怪しんだりして拒絶するのは失礼だろう。


それにこの少女からは姫に対する敵意などは感じられず、むしろ姫に対して興味を持っているようだった。


「なるほどーどおりで綺麗なわけなのだ」


「あなたも綺麗よ?さっきの躍りも見事だったし」


「お世辞でも嬉しいのだ」


「……お世辞ではないのだけれど」


魔王やディロとは違う、無邪気な子供っぽさを感じさせる少女は楽しそうに笑っている。


それにつられて姫もこの城に来て初めて自然とした笑みを溢した。






「それで王女様はここに何か用なのだ?」


「え、えぇ。実は体を動かそうと思って」


姫の言葉に、リルラは意見を述べる子供のように右手をシュピッと真っ直ぐあげる。


「それならリルと一緒に運動しようなのだ!」


「リルラと?……でも私にはあんな踊りはできないわ」


「あんなの素人でもできるのだ!」


「……さすがにそれはないわ」


「そうなのだ?何かできることはあるのだ?」


「……そうね、細剣レイピアとかは護身程度に習ってはいるけど……さすがに危ないわよね」


「それなら模擬戦でもするのだー?」


「模擬戦?」


「剣を模した棒で戦うのだ」


「……リルラと?」


「そうなのだ」


「危なくないかしら」


「リルは避けるのには自信があるのだ。お姫様の攻撃を頑張って回避してみせるのだ!」


「……うーん、でも」


魔族とはいえ、模擬戦とはいえ、目の前の自分よりも小柄な少女を攻撃するのはさすがに気が引ける。


しかし、リルラはそんなこと気にしない様子でニコニコと笑っている。




「……それじゃあお言葉に甘えようかしら」


「やったーなのだー!」


姫の言葉を聞いて、リルラはピョンピョン跳ねている。


「……それじゃあそろそろ部屋に戻ろうかしら。リルラ、明日からお願いしてもいい?」


「もちろんなのだ!リルもこれから魔王様に会いにいかないといけないから、明日からお願いするのだ!」


「……そう、それじゃあよろしくね」


こうして、姫はどこか謎めいた魔族の少女リルラと知り合いになった。





ドンドンドドン、ドンドドン!


「……む?」


魔王の部屋の扉がリズミカルな音をたててノックされる。


「……この特徴的な叩きかたは……入るといい」


バターン!!


壊れるのではないかと疑いたくなる大音響をあげて扉が開き、一人の少女が助走をつけて魔王に跳んできた。


「ま・お・う・さ・まー!お久しぶりなのだー!!」


「……やはりリルラか、久方ぶりだな」


リルラはそのまま魔王に抱きつき、頬をすりすりとしながら魔王の胸に頭を埋める。


「……今回も色々な場所を回ってきたのか」


「そうなのだー!魔界人界色々な場所を巡ってきたのだー!」


「……そうか」


「えへへーなのだ♪」


魔王が頭を撫でると、リルラは嬉しそうに身をよじらせる。



「……魔王様!?いったい何事……」


「……あっ、ディロ爺なのだー!」


「げっ、リルラ!?頼むから私にはタックルはぐへぇぇぇッ!?」


ディロを見た途端、魔王から離れたリルラはディロに向かって魔王にしたように飛び付きハグをかました。


ディロは突然のことと、リルラの勢いに苦悶するような声をあげながらくの字に折れ、ぶっ倒れた。


「ディロ爺は相変わらず元気そうなのだ!」


「……そ、そうか。リルラは本当に……私の身体をいたわってくれぬほど元気だな……」


「えへへ、嬉しくてついなのだ」


「『つい』で殺されんように気を付けよう……」


「……それでリルラ、今回もか?」


「今回もなのだ!」


魔王が問うと、リルラは腰につけた袋から取り出したものを魔王に渡した。


「……これは?」


「人界の北の国ノルンの《木彫りの熊》なのだ!」


魚を口にくわえた熊が魔王を見つめてくる。


「……そうか、部屋に飾っておこう」


「ディロ爺にはこれなのだ!」


「ろくな気がしないんだが……」


リルラは首飾りを袋から出すと、ディロの首にかけた。


「……ただの首飾りかこれ?」


「違うのだ!魔界の黒ローブに身を包んで『イッヒッヒッヒ』って不思議な笑い方をするお婆ちゃんからもらった首飾りなのだ!」


「駄目なやつじゃないかそれ!?」


ディロが首から外そうとするも、微動だにしない。


よくよくみると、首飾りの石一つ一つがドクロの形をしていて━━━━。




『ケタケタケタケタケタケタケタケタ』


ドクロが嘲笑うように音を鳴らし、妖しい輝きを放つ。


「やっぱりこれ呪いのアイテムじゃあががががが!!?」


「あっ、まずいのだ!ディロ爺!!」


ディロが苦し気な様子で地面に倒れる。


リルラがすぐに首飾りの一端を掴み握ると、首飾りから異質な音が響き━━。



次の瞬間、全てのドクロが砕け散った。


「ディロ爺!大丈夫なのだ!?」


リルラが身体をユサユサと揺らすと。


「ぜぇ……ぜぇ……っ、死ぬかと思った……」


ディロが苦しそうでありながらも、安堵した様子で呼吸を整える。


「ディロ爺ごめんなさいなのだ……」


リルラがションボリと申し訳なさそうに落ち込む。


普段の明るさとは逆のどんよりとした空気が辺りに立ち込める。


「……そう落ち込むなリルラ」


ディロがリルラの頭をポンポンと軽く撫でる。


「昔からお前の土産にはろくでもない目にあわされてきたし、今さら怒る気にもならん。それに明るさが取り柄のお前がそんな悲しそうになったら私も魔王様も悲しくなるだろ」


「……分かったのだ。ありがとうディロ爺!」


「いやだからと言ってせめて今度からはもう少し普通のお土産にしてくれると助かるんだが……」


「ディロ爺大好きなのだー!」


「待て私の話を聞け!あと飛び付きハグはぎゃぁぁぁ!!」


「……平和だな」


魔王は二人の配下の微笑ましい光景を真顔で眺め、独りごちた。





「そういえば、王女様にあったのだ」


「……なに?」


リルラの言葉に魔王は無表情ながらもまるで驚いたように訊ね返した。


「今日リルとお知り合いになったのだ!明日から一緒に運動するのだ!」


「……そうか」


まさか姫が部屋から出ただけでなく、そこまで関係が進んでいるとは。


魔王はリルラの頭を再び撫でる。


「ま、魔王様。どうしたのだ?くすぐったいのだ♪」


「……リルラ、でかしたぞ」


姫の警戒は完全には解けてはいないだろうが、少しでも進展があるという事実に、魔王は安堵する。


時間はまだたっぷりある。それまでに徐々にでも打ち解けてもらえればよい。


「……リルラ、姫の相手を頼むぞ」


「えへへ、任せろなのだ♪」


とりあえずは目の前の少女を存分にねぎらってやろうと、頭を撫でたり、胸を頬ですりすりされる魔王であった。

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