第6話魔王様と釣り 後半

「……さて、ダンカンからもらった『魚の焼き方』の本によると」


「……魔王様、なにをやっておられるのですか?」


魔王は釣った魚を目の前の机に置き、本を読んでいる。


横ではディロが魔王に疑念の視線を送っている。


ここは魔王城のキッチン、一部の魔物達が利用する料理場だ。


……とはいえ、魔物の料理は肉料理だけだが。



魚などもちろん料理したことがないし、魔王も自分が釣った魚なので、自分で料理してみようと思ったのだ。




……もっとも、魔王城調理場責任者のシェフであるポポン(炎魔法が得意な女悪魔)には、


「魔王様が私の仕事とったら、私の存在価値はどうなるんですかー!!?」


とかなり本気で泣きつかれたので、「最初はやるが、今後やるときはポポンに任せる」ということで納得してもらった。


「……魚を焼くだけだが?」


「……人界に行くなと言っても魔王様がそれを聞かないのは十分に理解できましたので、もうそのことを説教するつもりはありません。ですが……種を植えたときもそうですが、このようなことを魔王様がせずとも……」


なるほど。遠回しに心配しておるのか。


「……したくてしているのだから気にするな。さてあらかた焼く前の準備は終わったようだな」


「そうですか。次はなにをされるのですか?」


「……焼く」


「どうやって?」


「……もちろんこうする」


魔王は目の前の魚に向けて五指を開くと、小さな火の玉を出現させた。


そしてその火の玉は徐々に大きくなり。




火球になった。



「っ!?魔王様!まっ…………!!」










「………………」


「………………」


「……魔王様」


「……ディロ、なんだ」


「……いくら手加減しているとはいえ、魔王様の魔法力で炎の魔法なんか使ったらこうなることぐらい分かるでしょう……」


「……うむ、すまない……」


目の前の魚は跡形もなく文字通り消滅していた。


部屋全体が黒く煤けて道具は辺りに飛散し。




そこにいた魔王とディロも真っ黒焦げの煤にまみれた。





コンコン、コンコン。


「……姫、入るぞ」


「……どうぞ」


魔王が入ると、姫は椅子に腰掛け、スライムと共に食事をとっていた。


「……あなた、なんでそんな真っ黒なの?」


「……気にするな」


いくらか払い落としたものの、煤は完全にはとりきれず、かといって入浴してる間に魚を冷ますわけにもいかず、魔王はそのままの姿で訪れた。


姫は困惑した表情を魔王に向けるも、魔王が答える気がないと思ったのか、問うのを諦めた。


「……まぁいいです。ですが部屋の物には触らないでください、汚れてしまうので。それで、今日はいったい何の用ですか」


魔王は姫に焼き魚の乗った皿を、姫に触れぬよう慎重に手渡した。


「これは……魚?」


「……魚が恋しいと言っていたのでな」


「……まさかそんなに黒ずんでるのも……」


「……気にするな」


実はあの後、冷凍蔵にしまった魚を残りの三匹とも出し、炎の魔法の出力を更に下げて焼いたものの、一匹目は黒焦げ、二匹目はチョイ焦げ、最後の三匹目は丁寧に焼いてなんとか上手く焼けたという結果になった。


なので上手く焼けたのを、姫に届けにきたのだ。


「……美味しそうですね」


「……そうか」


魔王は煤けた真顔で、姫の嬉しそうな顔を見る。


最初の頃に比べれば、多少は警戒を解いてくれたようで少し安心した。


加えて、自分が獲ってきて作った物に喜んでもらえるというのは、魔王からすれば初めて沸き上がるものがあった。


「……そういえばこんなものもあった」


魔王はふと思いだし、懐からカップ状の容器と筒状の容器をとり出した。


「……これは?」


「……店主が言うには、人間の女性が喜ぶ物らしい。コラーゲンとかヒアルロン酸だとかそんなことを言っていたな……」


ダンカンに釣り道具を買わされた際に、「そういえば兄ちゃんのご期待に応えるための商品が届いたぜ!」と言って、紹介してくれた。


「……カップが食品ゼリー、筒が保湿液……だったか。まぁ、好きなように使ってくれ」


魔王は踵を返し、部屋を出ようとすると。


「……ありがとう」


背中越しにお礼を言われたので、一瞬ピタリと止まり、そのまま部屋を出た。


「……最初の頃より態度が柔らかいな。心境の変化でもあったか?」


人間の女性はおろか魔族の女性をもまともに相手にしたことがない魔王に心の機微など分かるはずもなかった。


そして魔王は部屋を出てキッチンを訪れ。






「魔王様!早くキッチンを綺麗に掃除しますぞ!」



雑巾掛けをするディロに叱咤され。



「うわぁぁぁん!私のキッチンがぁぁぁ!魔王様どうしてくれるんですかぁぁぁ!!」


調理場責任者であるポポンにはやっぱり泣きつかれた。


「……すまないな、手間をかけて」


「……ぐすっ、もういいです。今度からは私がやるようにしますので……。」


「ぜぇっ、ぜぇっ……、ま、魔王様、床は終わりましたぞ……っ」


ディロがただでさえ年寄りなのに、息を荒げているせいで余計に老けて見えた。


「……ディロもすまなかったな。我の我が儘に付き合わせてしまって」


「い、いいのです、魔王様の自由っぷりにはもう慣れましたから……」


「……そうか」


何気に悲しいことを言ってくれる。


「……だがこれだと我の仕事がほとんどないな」


道具は既に片付けられ、床の煤はディロによって拭かれ、壁は現在進行形でポポンに拭かれている。


これではやってしまった側としては申し訳ない━━━のだが。


「……魔王様、何を言っておられるのですか」


「……む?」


「まだ大きなお仕事が残っておりますぞ……」


「そうですよ、魔王様。これを処理しないとこの掃除は終わりません」


二人が指差す方向には━━━━。






二つの焦げた魚があった。


「……食えと?」


「もちろんです魔王様、チョイ焦げのは私が食べますので黒焦げは魔王様が食べてください」


「私は調理場責任者とシェフのプライドにかけて、残った料理は自分で処理するようにしています。魔王様も調理場を借りてまで料理した以上、腹をくくってください」


「……いや、我は魔王であって料理人では」


「「魔王様、さぁぐいっといっちゃって」」


「……料理とは恐ろしいものなのだな」




魔王は今日、翁との釣りのやり取りで、釣りのやり方と、生物と自然の在り方を学んだ。


そして同時に、別のものから命を奪うことで自身が生きるための力をその命から貰うという、命の大切さを学んだ。


そんな本来は知るはずのなかった考えを、かつて味わったことがないほどの苦味と共に噛み締めながら。


「……生きるとは面白いことだな」と感慨深げに一人ごちた。

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