十一月第一月曜日:ウワサ

 月曜日だけど、今日は文化の日の振替休日。あたしはお昼過ぎのフェリーで島に戻った。


 マツモト先生と同じ便になるるようにメールで確認して、波止場で待ち合わせして、一緒に乗った。フェリーの中では、またしても、あたしはしゃべりっぱなしだった。


「あ、そういえば、昨日はお友達の結婚式だったんでしょう? どうでした?」


 マツモト先生は、んー、と少ししかめっ面をした。しぶしぶって感じで、口を割る。


「いきなりマイク向けられて、友達代表で何かしゃべれって言われて……」

「へぇえ、何しゃべったんですか?」

「高校時代の、バレー部の……まあ、部活の後に遊びよったこととか」

「遊ぶって、どんなことやってたんですか?」

「別に普通に、腕立て伏せの罰ゲーム付きのポーカーとか、そげんもんです」

「それ普通ですか?」

「普通と思っとりましたけど」


 あたし、女子校だったから、高校生男子の生態なんてわかんない。


 マツモト先生に、スマホで撮った写真を見せてもらった。


「ウェディングドレス、かわいいなぁ……! 特に後ろのデザインがステキですね! 裾がすごく長いし。背中から裾まで、リボンとお花が付いてるんですね。うわっ、いいなぁ!」


 あたしは、ドレスも写真を拡大表示で見た。だってステキなんだもん! やっぱ憧れるでしょ、裾の長ーいドレス!


 でも、マツモト先生は首をかしげていた。


「ドレスのデザインやら、男にはわからんです。尻尾が長くて、尖った背びれが並んどるって、ゴジラんごたる」

「ご、ゴジラっ!?」

「ぞろびくごと長か裾って、何のためにあるとですか?」

「キレイでしょうがっ!」


 ぞろびくって、語幹から察するに、ぞろっと引っ張る感じ? もっと別の表現をしろぃ!この無神経男!


 マツモト先生は、一応、あたしの怒りに気付いたっぽい。あたしの手からスマホを取り戻すと、さかさかと操作して、別の写真を表示した。それも結婚式の写真だった。


「これ、島の教会で従妹が挙げた結婚式の写真」


 古風で清楚なドレスとヴェールだった。膨らまないシルエットのドレスに、アクセサリーは真珠だけ。木造で瓦屋根の教会。カラフルなステンドグラス。


「わぁ、これもステキ!」

「おれは、こっちが普通やと思っとりました」


 島にはカトリック教会が多い。人口が減って、もう使われてない教会もあるけど、地区の信者さんたちは掃除を欠かしていない。


 島の教会で結婚式を挙げると、島じゅうのみんなが駆け付けてくれるらしい。公民館を借りて披露宴的なものをすると、入れ替わり立ち替わり、お祝いの魚が届けられる。


「いいですね、そういう結婚式も」

「一種の海外ウェディング」

「確かに」


 ねえ、あたしたちは? なんていう話は、とてもできなかった。だって、まだまだだもん。


 ようやく隣り合って座って、スマホの小さい画面をのぞき込んだりする。ときどき指が触れるのを、気付かないふりしたりする。笑い合ったら、意外に距離が近くて、ドキドキしたりする。


 これだけでも楽しくて、幸せで、満たされてて、胸が高鳴る。




 フェリーで三時間。長ったらしいはずの船旅が、マツモト先生と一緒だったら、あっという間。夕方の島に降り立って、あたしは家まで送ってもらった。


 あたしは、鼻歌なんか歌いながら、荷ほどきをした。ついでに掃除しよっかなー、と思ったとき、ビビーッと玄関のブザーが鳴った。


「はーい?」

「タカハシせんせーっ!」


 子どもたちだ。あたしは玄関を開けた。


 リホちゃんとショウマくん、という生意気コンビが、特別に生意気な笑顔で並んでいる。微妙にイヤな予感。


「タカハシ先生とマツモト先生、いつ結婚すると?」

「はぁっ!?」

「ショウマのママが言ってたけど、マツモト先生、タカハシ先生の家に挨拶に行ったとやろ?」

「ちょっ……えぇっ!?」


 確かにっ、確かにマツモト先生はうちに挨拶に来たけどっ! でも、なんかニュアンス違うし! 屋根修理してごはん食べて帰っただけだし!


 てか、何で一瞬で話が伝わってる!? いつどこでどうやってその話が漏れた!?


「おれの叔父さんが今日、フェリーに乗っとったとさね。タカハシ先生とマツモト先生、結婚式の打ち合わせばしよったとやろ?」

「してない!」

「隠さんでよかって! ドレスの話ばしよったって、叔父さんが言いよったばい」

「ああぁぁぁぁっ!」


 顔から火を噴きそう。その目撃情報も間違ってない。間違ってないけど、何かが決定的に違う!


「あ、あああのねっ、二人ともっ……!」


 必死で弁解しようとするあたし。でも、生意気コンビが聞くはずもない。


「結婚式には呼んでねーっ!」


 元気いっぱいの捨てぜりふを吐いて、二人は走って行ってしまった。


「あー……」


 おーい、待ってよぉ……もしもーし……明日、あたし、どんな顔して学校行けばいいのぉ……?


 ここで国語の問題です。問い:今の気持ちを、どう表せばいいでしょうか?


 イヤなわけじゃない。恥ずかしいってのも微妙に違う。嬉しいのは嬉しいけど、それだけじゃないし。


 困惑。


 うん、それ。まわりのスピードについていけない。


 あのね、頼むからね、あたしに、ゆっくり恋愛を楽しむ時間を与えてください! ほんとに! お願い!

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