3月31日

 引っ越し当日。フェリー下船の瞬間から、あたしは人気者。そりゃそうよ。都会から来た若い女の先生だもん、珍しいんだ。小学生と、おじさんおばさんたちと、おじいちゃんおばあちゃんたち、みんなで歓迎してくれる。


 見事に、若者がいない。


 ゼロじゃないけど。一人だけいたわ、若者。同僚の中で唯一の二十代、マツモト先生。地元出身で、真っ黒に日焼けしたスポーツマンだ。五年生と六年生、まとめて一クラスを、マツモト先生が担任してるんだって。


 マツモト先生は、あたしのトランクをひったくって運んでった。電気系に強いらしく、テレビとか冷蔵庫とか洗濯機とかの配線、片っ端からやってくれた。途中から半袖になってた。肌寒い三月三十一日の潮風の中、むっちりがっしりな筋肉が汗で光っていた。


 すっごい働く人だなぁ。黙々と。淡々と。


 働き者なのは、島の人の気性なんだろうか。小学生からおじいちゃんおばあちゃんに至るまで、みんな力を合わせて、荷物を運んだり家具を配置したりしてくれる。


「すみません、ありがとうございます」


 あたしはぺこぺこ頭を下げてばっかりの役立たず。だって、働こうにも、何から手を付ければいいのか、わかんない。引っ越し初体験なんだもの。大学も実家から通ってたから。


 段ボール箱を抱えようとしたら、マツモト先生が横から割って入った。


「よかです。これは重かけん、おれが運びます」

「あ、はい、ありがとうございます」


 えーっと。意外とイケメンですね、マツモト先生。髪はスポーツ刈りだし、ファッションもアレだけど。


 なんていうか。生活環境は最悪だけど、ここの人たちって、いいんじゃない? 働き者のマツモト先生も。無邪気な子どもたちも。親身になってくれるおじさんおばさんお年寄りたちも。


 なんとなく、気分上向きな島生活初日。晩ごはんは、校長先生の奥さんが招いてくださった。獲れたての魚を使った料理は絶品だった。校長先生から「頑張って」と励まされて、あたしは「頑張ります!」と宣言した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る