第10話 お呼ばれ(1)


「……お前、変わってるな」


 ガラスが割れ、蔦に覆われた窓。

 そこから蔦の隙間を通して月明りが弱々しく部屋を照らす。


 いつの間にか夜になっていた。


 帰りが遅いと妹がさぞお怒りだろうなと頭の片隅で考えながら、僕は目の前の死体を見つめる。


「あんたに言われたくないよ」


 しゃがみ込む僕の隣に立ち、こちらを見下ろす男。

 床に転がしっぱなしだった自前のライトを回収したのか、両手でもてあそんでいる。


 そう、こんなふざけた野郎だが、この男は僕が今まで追い求めてきた死体の創作者かもしてないのだ。


「あんたなんだろう? こいつを殺したの」


 僕は目の前の、首回りにあざのある死体を指差す。

 そしてそのすぐ近くには頑丈そうなロープが。


 絞殺、ということだろうか。


 若い男、痩せ型、長髪、と。とりあえず死体の身体的特徴を挙げてみる。


「んー、まあ殺したというか、死んでもらったというか?」

「はあ?」


 どっちも同じじゃないのか。


「要は、自殺してもらったというか?」


 いや意味が分からん。


「どういうことだよ」

「えー、ここに人の重さに耐えきれるロープとビルに元からあったイスがあります」


 突然説明口調になる男。

 彼は床にあるロープと、同じく床に転がっているイスを指差す。


「そのロープを天井のはりに結んで垂らすと、輪っかの部分が下にくるわけです」

「いやそうだろうけどね、そうじゃなくてさ、」

「すなわち死体の彼には、」


 あ、完全無視ですかそうですか。


「そこに首を通して自らお亡くなりになってもらったわけです。俺の目の前で」


――お亡くなりに、


「…………つまり?」

「一人で死ぬのが怖いやつと、人が死ぬところを見たいやつ。こいつと俺は、利害が一致してたってわけ」


 あんだすたーん? と男が僕の顔を覗き込んでくる。

 ニヤニヤと口元を歪ませながらも目が笑っていないため、真意が読み取りづらいことこの上ない。


「で、さらに言うと、死んだ後の身体は俺の好きにしていいっていう約束だから。

 今からこの死体はする」


 これでね、と男は壁側を指差した。

 そこにあるのは、大きなスーツケース。


「――えっと、つまり自殺志願だけど一人じゃ死ねないやつの自殺にお前は付き添って、その死にゆく様を観察して、事切れたその死体を持ち帰るってこと?」

「そういうこと」

「持ち帰ってどうするんだ?」

「決まってんだろ、愛でるんだよ」


 さも当然のように言い放つ男。


「いやー自分で殺すのは疲れるからなあ、こういう死にたがりは大歓迎なわけ。

 それに殺すとして刃物で一発で仕留めるにしても、身体に傷がついてもったいないだろう?」

「……ちなみに、さっき上階からものすんごい音がしたから僕はここまで上ってきたんだけど、あれはなんだったんだ?」


 嬉々として話す男に疑問を投げかける。

 僕が死体と人殺しの存在を期待した、あの音のことである。


 男は眉間にしわを寄せ、大げさに首を傾げた。


「ん? んん? ――ああ思い出した!

 首吊り死体を床に下ろそうとしてたんだよ」


 うんうんと一人頷く男。


「ゆっくりゆっくり、死体を傷つけないように慎重に集中して全神経を使って俺は作業していたわけ。そしたら突然カンカンうるっせえ音が聞こえてきたもんだから、ちと驚いたのと集中を切られてイラついたのとで、間違って死体を床に叩きつけた」


 いやそこは間違うなよ。


「ま、そういうことでさ」


 男が僕に視線を合わせ、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべる。

 やっぱり目は笑っていない。

 なにがそういうことなのかもさっぱりだ。


――そして。


「お前、今から俺んち来る?」


 まるで気の知れた友人を遊びに誘うかのような気楽さで。

 僕は男にお呼ばれされた。


「ちなみに断ったら殺す」


 どうも拒否権はないらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る