第3話 妹

「お兄ちゃん」


 その日、学校から帰った僕は黒のTシャツにジーパンというなんともラフな格好に着替え、ある場所へ出掛けようとしていた。

 しかし今日という日は何かとうまくいかないことが多いようで。

 玄関で靴を履き、さあとドアノブに手をかけたところで背後からの声に引き留められてしまったのだ。


「ちょっと、お兄ちゃんってば」


 呼びかけに屈することなく外に出ようとした僕だったが、呆れ交じりのに変わった声音に仕方なしにゆるりと振り向くと、そこにはセーラー服を着た妹がいた。


 そう、僕にはなんと妹がいるのだ。


 そんな妹はというと胸の前で腕を組み、おまけに不機嫌そうに頬を膨らませてこちらを睨みつけている。

 これで僕のことを見下ろすことができれば少しは迫力があったかもしれないが。

 あいにく玄関土間と床の段差があっても兄である僕の方が目線は上で、その有様は残念ながら必死に上目遣いをしているようにしか見えない。


 そして僕は別にこの状況に対して何か特別に感想を抱くこともないわけで。


「なんだ、また靴下が片方どこかにいったのか? 今朝もそれで大騒ぎしたばっかりじゃないか。先に言っておくが僕は知らない」

「ちょっ……馬鹿にしないでよ! 私だって好きで靴下を無くしているわけじゃないし! 第一『また』って、それじゃあまるで私が常習犯みたいじゃん!」

「違ったのか? それより僕は行くところがあるから。じゃ」


 そう言い残して踵を返し、玄関ドアに体重を掛ける僕の腕を慌てて妹が引っ張る。


「だから! そうじゃなくて!」

「何が?」


 足止めされて仕方なく妹の方へ顔だけ向けると、頬を赤くして相も変わらず睨めつけてくる妹がいた。

 どうやら怒っているようだ。


「何が、じゃないでしょ! 今日の夕食、お兄ちゃんが作ってくれるっていう約束だったよね」


 そうだっけ? とわざとらしく惚けてみせると、妹は僕の腕を掴んでいた手で今度は肩を思い切り叩いてきた。

 最近どんどん暴力的になっている気がするのだがこれが噂の反抗期というやつなのか。


 若干ヒリヒリとした感覚を肩に感じながら、謝罪の言葉と共に僕は努めて人当たりの良さそうな、だけど眉根を寄せて申し訳なさそうな笑顔を作って妹に向けた。


「ごめんって。でも今日は忙しい朝に一緒に靴下を探してあげたわけだし、それでチャラにして」

「な、にそれ、ずるい――ってちょっと、待ってってば!」


 面倒になった僕は妹の話を最後まで聞かずに外へ出た。



 季節は夏――の、終わり。


 ようやく陽が沈むのが少し早くなってきて、その調子で気温も落ち着いてきてくれたらと切に願う、そんな季節。


 妹はさすがに諦めたのか特に追ってくる様子もない。


 遠くの空が赤く染まってきているのを眺めながら、見慣れた景色の中を通り過ぎていく。

 絵画みたいなグラデーションの空を数羽のカラスが点々と横切って行った。

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