第2話 セイントオーダー

 リアドが探していると聞いて研修室にやってきたルーパ。部屋のドアを開けるとそこには白髪の生えた初老の男性と共に一人の女性が立っていた。


(……綺麗な人だな……)


 その女性を見た瞬間に思ったことはただ単純に綺麗だということだ。だがその女性の絶世の美女とも呼べるほどのあまりの美貌に、油断したならば思わず数秒は魅了されていたことだろう。だが彼は――


(なんということでしょうか……!私にはユウナという愛する人がいるにも関わらず他の女性に見惚れてしまうとは……!これほどまでに自分に怒りを持ったことはありません……!)


 と、自分への怒りを持つことで魅了されるどころか全身から炎が噴き出るのではないかというほどに怒りを見せるが、あまりに一瞬で垣間見えた怒りは気のせいだったのではないかと錯覚するだろう。

 何もしていない女性に魅了されそうになるが、ルーパは気を取り直して新人メイドである女性に自己紹介をする。


「初めまして。私、このユースティアの女王であるリリア様の専属の執事をさせてもらっています、ルーパ・ディアフルです。以後お見知りおきを」


 敬語ではあるが、彼にとって敬語は自分の本当の姿を隠すものであるため目下の人間でも敬語を崩すことはなかった。だが女性はなぜ敬語なのだろうという疑問を持つことなく己の自己紹介をする。


「お初にお目にかかります。この度ここでご奉仕させていただくことになりました。レーゼと申します。よろしくお願いします」


 レーゼの作法は新人とは思えないほど形となっており、また彼女の一挙一動がそう仕組まれているかのように人の目を惹きつけている。そして最後に見せる彼女の笑顔が胸の動悸が治まらないほどに人の心を掴み取っていた。現にルーパの隣に立っているリアドは一瞬たりとも彼女から目が離せなくなっていた。一方のルーパは彼女のことを美人だとは思うものの、自身への苛立ちが高まっていき彼女に向ける視線が段々と鋭いものになっていき、もはや苛立ちが隠せなくなっていた。

 リアドとはまた違った意味で目が離せなくなったルーパはふと、レーゼが笑ったように見えた。正確には人を惹きつけるような笑顔ではなく何か悪いことを思いついたときのような邪悪な笑みを浮かべたように感じたのだが、彼女は終始笑顔のままなので気のせいかと疑うことはなかった。


「……いつまで呆けているつもりですかリアドさん」


 今の今までレーゼの美貌に目を奪われていたリアドだったがルーパによる第三者の声でようやく我に返る。


「ご、ゴホン!これは失礼した。ルーパくん、自己紹介を」

「もう済ませました」

「そ、そうでしたか。すいません……柄にもなく呆けていました……」

「……とりあえず私をここに呼んだ理由を教えてください。何となく察しはついていますが念のため聞いておきたいので」

「了解しました。では我々もそれぞれ仕事が溜まっているいるので手短に済ませましょう。君を呼んだ理由は単純明快です。君が最も信頼できるからです。本来ならばメイドの研修をする者がいるのですが、丁度その者が休暇を取っていましてね。仕事ができて信頼もできる、そんな人物がいるとすればあなた以外にいないからですよ」


 他の執事やメイドが仕事ができないわけではなかったが、自分の仕事をこなせて尚他人に仕事を教えられるのはルーパしかいないという女王の専属を務めていてかつ信頼を得ている彼だからこそ選ばれたのである。


「まぁ大体予想通りですね。断る理由もないですし、その仕事はお受けしましょう」

「君ならそう言ってくれると信じていましたよ。ではレーゼくん。研修が終わるまでは彼と行動を共にするように」

「かしこまりました」

「それでは私は仕事に戻ります。ちなみにルーパくんの仕事の一部は期限を延ばしますので、何日かかってもいいのでしっかりレーゼくんに仕事を覚えさせるように」

「了解しました。できるだけ早めに終わらせます」


 伝えることは伝えたのでリアドはその場から立ち去り己の仕事場へと戻った。それを見届けたルーパはレーゼに仕事を教えるべくまずはこの城の案内へと取りかかった。


◇◆◇


 城の一番奥にある部屋、王専属の者しか入ることは許されない現女王の私室。リリアは今現在彼女の専属のメイドであるリナリーとここには誰もいないし来ないという理由で二人は楽しくお喋りをしていた。その会話の内容は他愛のない食事の話や愚痴、そして年頃の娘がするような恋の話など様々だった。


「へ~、リナリーはその人のどこが気に入ったのですか?」

「さ、流石にそれはリリア様でも教えられないですよ~///」

「いいでしょ?どうせ私には誰も会えないんだから」

「そ、それじゃあ……///」


 周りに誰もいないにも関わらずリナリーはリリアに耳打ちをしながら己の想い人の気に入ったところを吐露する。


「へ~、ふ~ん、へ~」

「な、何よ……///」

「いいえ?リナリーは可愛いなって思ってただけよ?」

「もう!そんなにニヤつかないでよ~!///」


 二人の話は盛り上がっており、主従関係とは思えないほどに仲がよかった。あまりの恥ずかしさにリナリーは話題を変える。いや、変えてしまった。


「す、好きな人と言えばルーパさんって恋人いるんですね」


 その言葉はリリアの体を硬直させるのに十分な発言だった。


「……えっ……?」

「ここに来る途中に見たんですけど、ルーパさんがメイドの一人とキスしてるところ見ちゃったんですよね。あの人、意外と抜け目ないんだなぁ~って思いましたね」


 聞きたくない。聞きたくない!。リリアは心の中で叫んだ。彼の笑顔を一番最初に見るのは自分だと、自分のはずだと思っていたのに。それを誰とも知らない女に取られたのだ。彼と一緒に過ごせるのは自分の特権だと思い込んでいた。だがその願いは届かなかった。頭が真っ白になる。何も考えられなくなる。


「えっ……!?ちょっ……リリア様!?」


 無意識に涙を流していたリリナにリナリーはこの話題を出したのは失敗だったとすぐに気づいた。知らなかったこととは言え、主の涙を流す姿を見てしまったリナリーは心を痛めた。


「り、リリア様……も、申し訳ありま……」

「出…て……出てって!!」


 リナリーはすぐにリリアに謝ろうとした。だがそれを遮るかのようにリリアは大声でリナリーを追い出そうとする。心を痛めてしまった彼女は何も弁明することなく、部屋を出て行った。


「うぅ……うっ……うっ……」


 それからリリアは枕に顔をうずめて泣いた。泣いて泣いて涙が枯れるのではないかというぐらいにまで泣いた。ルーパが凄く遠くに行ってしまったかのように感じた。もう会えないのではないかと錯覚もした。それでも彼を諦めることができなかった。でもどうすれば彼に振り向いてもらえるかがわからない。そう思いながら自分の手を見つめた。そして――


「うふふっ。そうよ。最初からこうすればよかったんじゃない」


 彼女は国王専用の専属の騎士へと繋がる電話を手にし、伝えた。


「絶対命令権、セイントオーダーを発令します。この城にいる私を除いた女という女を皆殺しにしなさい。手段は問いません。命令に歯向かう者がいるのであれば殺してかまいません。ただし、ルーパ・ディアフルだけは私のところへ生きて連れてきなさい」


 そう専属の騎士に伝えると受話器を下ろし笑みを浮かべる。


「ああ!ルーパ。もうすぐあなたをこの手に収めることができる!待ってて、私の王子様。待ってて私の初恋の人」

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