5-3. 覚悟

 木炭が置いてある場所には、まだ誰もいなく、俺と葵、二人っきりだった。


「なぁ、葵」

「……何?」


 葵がこちらを振り返り、尋ねてくる。


「俺の話を、聞いてほしい」

「もう、私、裏切られることは嫌なんだけど」


 葵はぶっきらぼうに言ってくる。


「だから、それは間違いなんだって」

「何が間違いなのよ!?」


 葵は、俺を鋭い眼差しで見つめ、訴えてくる。


「何がどうなっているっていうのよ!?」


 俺は、覚悟を決めなければならなかった。

 あのとき、ちゃんと自分の気持ちを言えていれば、こんなことにはならなかった。

 だけど、あの時間はもう戻ってこない。

 だから、だから、だから――。


「だから、今、この場で、覚悟を決める」

「!?」


 俺の、覚悟、決意を込めて、言い放った言葉に、葵は目を見開く。

 俺はそれを確認して、話し始める。


「ことの始まりは、お前が告白してきたときからだったんだ」

「えっ……!?」

「俺はお前からの告白を受けて、嬉しかったよ、嬉しかった。……でもな、そこで俺は迷ってたんだ。お前のことを、幼馴染としてこのままの関係でいるのか、それとも、幼馴染から恋人としてのお前との関係でいるのかを」

「…………」


 葵は、さっきまでの気魄がなくなり、俺の話を黙って聞いている。


「そして俺は……、お前が泣くのを見たくなかった。臆病だよな、俺。葵は振られるのも覚悟していたはずなのによ……。俺は泣かれるのが怖かったんだ。だから、俺は自分の気持ちより、相手のことを最優先に考えてしまい、お前の告白を受けてしまったんだ」


 葵の手が震えていた。驚きと俺の思いを聞いて、思いが揺さぶられているのだと思う。


「ホント、俺は臆病者だった。でも、その場面を見ていた奴がいたんだよ。それが、久東花音」

「く、久東……さん」

「そして、花音が俺たちのクラスへの転校生ということで、来た時、俺の顔を見て、すぐわかったらしい――あの臆病者だって。それで、俺は屋上へ連れられ……罵声を浴びせられたよ」


 俺は葵の目を逸らさず、直視しながら、語り続ける。


「そのときだよ、俺と花音が同盟を結んだのは。あいつは小説家志望で、俺の恋路が認められなくて、そして俺も認められなくて、このことをちゃんと言って、本当の気持ちを伝えようって、そうして、俺たちはそのために家で話し合ってたんだ」


 葵の誤解が徐々に解けていったのだろう、葵は口元を抑えている。


「それから、遥奈がお前にそのことを話して、事態が悪化してしまった。そこで葵は、優里にそのことを話して、お前の代わりに問い詰めてもらったんだろ? そのとき、これとまったく同じことを優里に話したよ。――あいつ、呆れてたよ、俺のこと。でもさ、ちゃんと自分で言えって、そんなこと言ってた」

「優里……そういうことだったんだね……」


 葵の目元が涙で溢れ始める。だけど、ここで話は終わりじゃない。


「その後、お前からのデートのお誘いがあって、あいつらは俺たちのあとを着いて来た。俺がちゃんと言えるか見守るために。そして、あの言葉……。『長年幼馴染をしている俺からの意見』っていうのは、お前の言うとおり、俺の気持ちがまだお前のことを幼馴染だと思っていたから、出てきた言葉なんだと思う。それに加えて、お前は花音と優里を見つけてしまい、不信に陥ってしまったんだ」

「…………」

「本当にごめんな、葵」


 そう言って、俺は葵に深々と頭を下げた。


「わ、わわ」


 葵は大粒の涙を流しながら、顔を覆っていた。


「私こそ、ごめんなさい! ちゃんとあの時話を聞いていればこんなことにはならなかったのに……」

「いいや、元と言えば、俺が悪いんだ。お前が謝る必要はない」

「でも……」

「そして、俺はお前にちゃんと返事をしなくちゃいけない」


 葵は顔を上げて、俺を見る。そして、俺は勇気を振り絞って、口にする。


「俺はそもそも恋っていうものを全く理解しちゃいなかった。

 お前が告白をして来た時から、ずっと、そのことについて考えていた。

 でも、答えはやっぱり見つからなかった。

 恋ってどんなもんなんだろうな……。

 一緒にいて楽しいっていうのが恋なのか?

 相手のことが気に入ったからって、そういうのが恋なのか?

 そばにいてあげたいっていうのが恋っていうものなのか?

 俺にはわからない。

 だから、俺はこれから答えを見つけていこうと思っている。

 曖昧な回答のままじゃ、俺は嫌だから。

 だからな、図々しい真似だけどな、葵――」


 俺は、葵に手を差し伸べて、こう言った。



「俺が恋の答えを導き出すまで、待っててくれないか?」



 葵は、泣きじゃくりながら、俺の手を取り、


「うん、待ってる。私、たぶん、何年経っても遥くんのことが好きだから」


 俺は葵を抱き寄せる。


「本当にごめんな、こんなダメな俺で。答え見つけたら、ちゃんと言うから」

「ううん、大丈夫だよ。遥くんが導いた答えだったら、私真剣に受け止めるから」

「そっか……」


 葵は俺に両手を当てて、俺の顔をみる。


「ねぇ……、遥くん……」

「どうした?」

「キス……しよ……」


 一瞬ドキッとしてしまった。けれど、俺にはそんな資格なんてさらさらないのを自覚しているので、この答えは明確だった。


「すまん、さっき言ったとおり、ちゃんと――」


 俺の口が葵の唇に妨げられて、言葉が途中で切れてしまった。

 葵の唇は、柔らかくて、ほんのり桜の味がしたような気がした。

 葵は俺から離れると、


「これは、私からの一方的なキス……。これで一年は待っててあげる」

「お、お前な……」

「だから、それまでに、答え、見つけてね」


 葵は最近見ていなかった、とびっきりの笑顔をしてくれた。

 ――葵はやっぱり笑顔が一番似合う。


「わかった、善処するよ」

「善処って、やる気がない人が使う言葉だったような?」

「いいや、努力するよ」

「ふふっ、そうだね、頑張ってね」


 そんなことをしているうちに、他の班のやつらが、木炭を取りにこちらへ来ているのが見えてきた。


「そろそろ、花音や優里たちが待っているから、さっさと木炭取っていこうか」

「うん! ちゃんと謝らないとなぁー」

「大丈夫だと思うぞ? あいつらお前のこと心配していたから」

「だったらいいんだけど」


 俺たちは木炭を抱えて、花音と優里、それと武彦がいる場所へ戻った。

 その帰り道は、自分が元いた場所――スタートラインへ立ったような、そんな気分だった。

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