第16話 勿忘草

 空は ドンナ色?

 海の色は ナニ色?

 星は タクサンあるの? それはキレイ?


 むかし昔あるところに、海のテッペンに恋したマーメイドがいました。王子様に出逢ったあの日から、陸に上がったあの日から、彼女の声は何処かに消えてなくなってしまったのです。

 声がなくなってしまったマーメイドに王子はいつまでも変わらぬ愛を注ぎ続けたのでした。



 アナタの目は優しく温かく。アタシは、ずっとずっと一緒にいたいと思ったのよ。

 ホントよ? 嘘じゃないわ。


 ーーーーー


 何が『おかえりなさいませ』だ?

 

 「ボクたちは、キミをキチンと追い出したんだけど?」


 睨みをきかせてニアは「 彼 」に吠えた。

「どうして? なんでまだココにいるの?」


『ここの雰囲気! 皆様の温かさ! 何を取っても素晴らしいではありませんか!』と、彼はニアに微笑みかけた。


「……そりゃどーも……って! なっちょくいくワケないでしょ!」

「ニア……落ち着いて……「なっちょく」って…「なっとく」でしょ?」

「うるさいな! そういったよ!! シモンちゃん! こんな時まで、マジメちゃんキャラやめてよ!」

 ニアは何故か、かなりの勢いで怒りだしていた。答えは簡単だった、ユーリーの件を許していた訳ではなかったからだ。


「ニア、貴方の言い分も、もっともです。ですがが、些かこの状況には私も納得いきませんね……」

 ウィリアムは扉を音を鳴らさず、ゆっくりと閉め鍵をかける。そして、窓際まで何も言わずに行き、煙草を手に取った。窓を開けると煙草を咥え火をつけ、訝しげに煙を外へ追いやるように吹きかけた。隙間から入る風がひんやりとしていた。煙と入れ替わって部屋の温度を変えていく。背筋が凍るとは、きっとこういうのを言うのだろう。緊張とかそんな簡単な言葉で済ましてはならない、憤怒とでも言えばお解りかと思う。


「それで、どういったことなのかを説明願いましょうか?」

 背を向けたままでウィリアムは話だした。


 空気は先ず良くない。ニールは酔が完全に冷めていたが、黙ってソファーに腰掛け、爪のささくれを気にする素振りでごまかした。ニアも怒ってはいたがウィリアムに圧倒されたように尻込みしたようだった。ここの主人は誰だ? そう言わんばかりの冷たさと重みに流石の「彼」も黙りこくるしかなかったのだ。


「私の声は、今貴方には聞こえませんでしたか?」

『あの先程、申し上げましたように……此処の皆様の温かさに惚れ込みました。ワタクシも此処には置いて頂けませんでしょうか?』

 と、言葉と同時に「彼」は指をパチンと弾く。ウィリアム以外の皆が一斉に動かなくなった。


『ワタクシ、訳ありまして数十年トリック・スターとして生きて参りました』

 丁寧な口調に紳士らしい立ち振る舞いにウィリアムはようやく納得した顔をした。


「ほう……時を操れるのは少々部が悪いですね……では、質問を変えましょう。貴方は先程の時には逃げられた「筈」でしたね? 」

『ウィリアム・ロック。いや、ウィリアム・ロズ……と申し上げた方がよろしいですね? アナタの言う通りです。ワタクシはいつでも逃げる事は出来ました』

「……おや? そんな古い名を………では貴方は全てをご存知だったのですね?」

 伏し目がちにウィリアムは「彼」を見る。


『ウィリアム、アナタは多方面から有名な方ですからね……』

「あの兄弟の事も説明いらなさそうですね? ニアの事もユーリーの事も……私の事も……」

 ウィリアムはそう言うと黙って両眼を閉じる。


『そうですね……アナタだけにはお伝えしておきます……これから先は今までの様にはいきません。彼らの母は……アメリアは下級天使。そして、その子供たち。そしてアナタは……』

 ウィリアムは何も言わずに瞼をゆっくりと開ける。


『ワタクシは天界の者です……名を 「……」 と申します』

 ウィリアムは頷き、何かを認めた様に右手に唇を当て頭を下げた。

「彼」は次の瞬間にまたパチンと指を鳴らす。そうして何事も無かった様に過ごす。


「ガブリエルも来ればよかったのに~! 美味しかったんだよ! 今度があったら行こうね? 」

 ニアが 「彼」 に笑いかける。


「アンタ無愛想に見えても笑ったりするんだね~」

 ニールはまだ酒が抜け切らずに陽気に笑う。


「ニール! 失礼だよ! ガブリエルさんすいません、兄は、かなり酔ったみたいで……」

『いえいえ、大丈夫ですよ……お楽しみになられた様でワタクシも嬉しゅうございますから』

「あ〜……うん。俺が悪かった悪かった!」

「ああ~もう……酔っ払いがいる……あああ~ヤダヤダ!」

 ウィリアムは、その光景を見てハッとしたがすぐに機転を利かせて、笑って煙草を吸う。朝焼けの空に煙が滲み高く上がっていった。


 何も知らなかった僕達は幸せだった。

 この時間がずっと……ずっと続くと信じていたから、そう信じていたから。

 

 だから、とても幸せだったんだ。






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