第12話 拒んだ理由

 とんでもない場所に来たと思った。


 瓦礫の真ん中に、小さな部屋が不気味な程に自らを主張する。

 剥き出しになった鉄筋、無造作に削り取られた柱。そして、日焼けした壁紙がくるりと捲りあがっていた。


 部屋は「開けるな」という言葉を無言で発し、固く固く扉を閉ざした。よくもこの形で保たれているもんだと、意味のなく感心する僕がいた。



 *****



「ワイアット…… ねえ、ボクもそこに行かなきゃ……ダメ?」

 ニアはニールの袖口を掴み、眉間にシワを寄せ、上目遣いでウィリアムを見る。


「いえ、ニアは今回の任務は結構です。貴方は此処に居てください。いいですね」

 ウィリアムのその言葉に、ニアは身体をこわばらせた。


「ただし、約束を守っていただきたいのです。私にどのような事があったとしても貴方は手出しは無用です、構いませんね?」

 ニアの袖口を掴む力が強くなるのを、ニールは黙って見ていた。


「分かってるもん…… それは、分かってるもん……」

 ニアはソファーにダイブすると身体をうつ伏せにし、身体を小さく丸めクッションを強く抱き締めた。


「ニア…… 本当にいいの?」

 僕はソファーに近付き、ニアの側でしゃがみこむ。だが、ニアは目を伏せ溜息を幾度なく吐き、頑なに答えようとはしなかった。


「シモン! 行きたくねえヤツを無理に連れていく必要あるか? 相手にするな! やめておけ」

 冷たく言葉を吐き、ニールが自室のドアを少し強く閉め、大きな音を部屋中に響かせた。そんなニールが気になるのか、こっそりと部屋を見て、誰に言うでもなくニアが言い訳をしだした。


「ボクはワイアットはキライなんだもん。あの場所に良い思い出ないんだ…… ボクだけじゃないよ? きっと色んな人が嫌う場所だもん」

 それを言い終えると、今度はクッションを頭に乗せて俯くような形で顔を隠してしまった。


「今回の依頼、お受けしますか? お断りしてもいいのですよ」

 ウィリアムは資料をテーブルに置き、煙草にオイルライターでそっと火をつけ、白く濃い煙を窓の外へ逃がしてゆく。その煙はすぐに冷えきった空気に溶け込み馴染んでいく。


 ウィリアムのその目は、どこか寂しそうにシモンの目には映った。


「あの…… 僕じゃ、無理ですか」

 緊張した面持ちでシモンは声を上げた。


「ここに来て色々な気持ちを背負ったままで僕は何も出来ていないのが嫌なんです」

 小刻みにシモンの身体は震える。

 シモンの言葉を背にしたままで、ウィリアムは低く厳しい声をあげた。


「では、二人で行きましょう。ただ任務は此処に鏡を持って帰るだけですよ? いいですね。それが条件です」

 そのウィリアムの言葉を耳に入れたニアはソファーの上でピクッと身体を震わせ、ちらりと僕らを見た。


「どうして、シモンちゃんなの…… ウィリアムさん」


「そこ! 聞こえてるぞ! 俺抜きで勝手に話を進めんなよ」

 どこで聞いていたのか、ニールは吠えるような声をあげ、ひょっこり部屋から顔を出した。


「ちょっと私にいい考えがあります。大丈夫です。任せてください」

 その言葉を残し、ウィリアムは空気を纏いコートを羽織った。


 *****



 結局、ニアと拗ねた様に怒るニールを事務所に残し、ウィリアムの運転する車で「ワイアット」に向かう。


「結局 、お二人とも着いて来たかったみたいですね……」

 運転をしながら前を向いたまま、ウィリアムはうっすらと笑みを浮かべた。


「ウィリアムさん…… ニアは、ワイアットという街で何か合ったんですよね? 詳しくは僕は聞きません。……でも、ニールは……兄は近頃よく分からないです……」

 助手席の僕は、流れていく景色を見たままでぽつぽつと話す。ウィリアムは相変わらず前を向いたままで静かに頷く。


「ニールくんはきっと焦っているのでしょうね。君はまだ素人ですが、彼は幼少から今の稼業に就いたのですよ…… きっと守る者が居るのは一筋縄ではないのでしょう」

「そういうものですか……」

「そうでしょうね…… 君が想像するよりも重いと思いますよ」

「そう…… ですか……」

 僕はウィリアムのそのセリフが理解出来ているはずなのに何故か、うわの空のような返答をしてしまう。きっと僕自身も焦っていたのだと思う。


「……ニアは、ワイアットで私が拾ってあの事務所に連れて来たのです…… あの子は「高額の商品」 ……そして逃亡者です」

 ウィリアムは遠くを見つめ、横道に車を止めた。


 思いがけないウィリアムの言葉と声色に僕は息を飲んだ。





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