第8話 新しい場所

 あの日は、新緑がとても目に眩しかった。

 あの頃、私はキミが居るだけで毎日が楽しくて、とてもとても幸せだった。

 子供がいなかった私に、神が贈り物をくれたのか?


 そんな、馬鹿げた事を考えたほどだ。



『僕は太陽の下で、笑って生きていきたい』


 あの時のキミの言葉が、心に染みついてこの身体から離れないでいるよ。

 キミが居なくなった、今でも。


 あの時、私が声を掛けていれば、未来は変わっていたでしょうか……


 *****


 ニアの見た目と年齢。

 僕たちは、全くもって理解など出来なかった。

 ウィリアムさんもウィリアムさんだ。あの時、ニールになんて言った?


『そんな子供相手に……』


 どこが子供だ? 何が子供だ? と、思ったがニールは何も言わずに黙り込み、時間だけが刻々と流れる。きっと複雑な顔をニールはしていただろう。ずっとニールの顔を見て言葉を失ったままのシモンも、とても困った様子だった。


「で…… ユーリーに僕たちを見せてウィリアムさんはどうしたいんだろう?」

 シモンが、ぽつりと話し出す。


「……きっと色々と考えがあるのだとボクは思うよ? あの人は冷たいようで人をしっかり見ているよ。それはボクが保証するさ」

 それらしい言葉を並べ、ニアがシモンたちを見て笑った。


 水槽の中のユーリーは、水底に木の葉が沈むように髪をゆらゆらと揺らして僕たちをジッと見ていた。そして、スッと目を閉じたかと思うと深く眠りにつく。


「おい…… いつもこうなのか? ロクに何もしていないじゃないか……」

 ニールは何故か小声で気を使い、ニアを見て呆れた顔をした。


 その言葉の答えはニアの口からが出されずに、部屋の外からのウィリアムの声が小さく聞こえてくる。


「彼女があなた方に恐れた表情をしないのであれば…… 大事な話があります」

 

 ウィリアムの声が、すっと霧のように消える。ウィリアムさんは不思議な人だ。酷く冷酷な表情をすれば、子供のように笑う時もある。そして包み込む包容力も持ち合わせていた。大人の余裕なんて言葉では片付けれる話ではなかった。


 シモンたちは、パーテーションを元の位置に戻し、すぐに部屋を出た。窓際のテーブル越しにウィリアムは背を預けたままで何かの資料を見つめ、僕たちに気が付きこちら側を向く。


「ニア…… 私の部屋からレンガ色の皮の拡張式のスーツケースを持ってきていただけますか?」

「あ〜 アレですね。分かりました。ちょっと待ってて下さいね」

 そう言ったニアは、パタパタと足音を軽快に鳴らし、ウィリアムの自室に走っていった。しばらくして、ニアが大きなスーツケースを両手で後ずさりをする形で引きずり、ウィリアムの前に静かに置く。

 ニアから荷物を受け取ったウィリアムはスーツケースを僕たちの前に静かに置いた。


「これを渡しておきます。鍵はお持ちでしょう? 此処に貴方達が辿りついたのも、きっと全てヴァインの計算でしょう。私に『これを何れ息子達が来たら渡せ』と私の承諾も得ずに勝手に置いて行ったことも必然…… そしてユーリーが貴方達を恐がらず、眠りに落ちたことも。さあ、これは好きにしてください。……では、間違いなく、お渡ししましたよ?」

 ウィリアムはその言葉を言い終わると、同時に静かに笑って再び資料を見た。


「ニール…… あの鍵……」

「ああ、間違いなくそうだろうな」

 ふたりは顔を見合わせて頷き、ニールがポケットから出した鍵をそっと握る。


「ねえ〜 大変そうだね〜 なんだったらボクが開けるの手伝おうか~?」

 興味深々のニアが馴々しく、ニールの脇から顔を出し見上げるような形で顔を覗き「ねえ、開けないの?」と笑う。


「なんなら、ボクが開けてあげてもいいんだよ~ 遠慮なさらず、ほらほら〜」

 そう言ったニアはそわそわして鍵を取ろうと手を伸ばすが、ニールは頭上高く腕を上げた。それから意味深な笑みを浮かべ、ニアに「お構いなく~」と悪戯に言う。

 ニアは何度かぴょんぴょんと跳ね、鍵を取ろうと指先を震わせ頑張ったが全く届かなかった。とうとう諦めたニアは頬を膨らませ「あっ、そう」と、そっぽを向いた。

 

 そんなやり取りに吹き出し、僕はこう言う。「仲良いね」と。ふたりは予期せぬ言葉に僕を見てから『誰がこんなヤツ』と声を合わせた。一瞬ポカンと口を開けた僕は、少し考えて久しぶりに声を上げ笑った。


「じゃ…… 開けるぞ?」

 ゆっくりとスーツケースにカギを差し込むと、カチャっと軽い音がしてスーツケースは開く。何故か、やけに静かで、耳が一瞬にして痛くなった。


 スーツケースの中には、たくさんのメモが貼り付けられ、所狭しに文字の書かれたノートや、怪しげな布に包まれた道具などが入っていた。一番驚いたのは様々な説明書と偽名の名刺にクレジットカード。トカレフに火薬、極めつけには日本刀が3本も入っていた。日本刀は闇取引が頻繁に執り行われ高額で人気も高いとウィリアムさんは言う。


「武器にメモ、あとはこの偽名のカードは何に使うの? 日本刀に拳銃に火薬…… これで、これからどうすればいいの?」

「うーん…… 困ったな…… なんて説明すればいいやら」

 僕の質問に、ニールは目を閉じて考えたが答えは出ずに、ふりだしへ戻ってしまった。


 しばらくしてから、ウィリアムが僕たちに声をかけてきた。


「手始めに依頼を受けてみませんか? 貴方達の追い求めるモノに辿り着くかも知れませんよ? もちろん報酬も出しましょう…あとその格好ではなんでしょう? これをどうぞお使いください」

 ウィリアムの隣でニアが、スーツをきちんと畳み入れた箱を開ける。靴もまるで、あしらえた様に二足づつ用意されていた。


 ウィリアムは僕たちに向かって、少し冷えた目をして、静かに笑った。











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る