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櫛木 亮

第1話 梅雨が淵

 昼なのにも関わらず、辺りは薄暗く、木々が道に沿って覆い被さる。


 そして、重なり合った事で不協和音を奏で軋む。

 雨で泥濘む道には、あちらこちらに斑点のような水たまりが出来ていた。まるで、一度落ちれば、這い上がることの出来ない深く黒く濁った大きな穴のように見えないこともなかった。


 ……ったく。午後三時は、俺の一日のお楽しみのティータイムだっていうのに。それに遅れるとまた文句を言われるのだろうな。

 面倒なこと、この上ない。


 黒い蝙蝠傘に叩きつける大粒の雨。

 ざわざわと背筋が泡立つ感覚。

 


 ―――ああ、またですか。


 咥え煙草にショートのダークブロンドのソフトカール。グレイの細身のシングルスーツ。 それから、きちんと手入れの行き届いた赤茶けったウイングチップの革靴。

 彼はシモン。シモン・クインテット。二十五歳。

 

 その隣で、訝しげに空を見上げる男。

 ニール・クインテット。シモンの兄だ。短髪のブラウングレイ、無精髭が良く似合う、御年三十一歳。紺色の胡散臭いダブルのスーツ。そして、黒光りしたオッサン靴。


「ねえ…… こういうの、もうやめたい。普通の生活がしたい」

 しょぼくれた顔で傘を肩で担ぎ、シモンはニールを見る。


「お前がそれを言っちゃ、駄目でしょ? 仇討ちなんだろ? 付き合ってる俺の身にもなれよ? シモンくん、さあ、始めようか」

 ニールはそう言うと、大きく溜息をひとつ吐く。片目を大きく見開き、子供のように悪戯に笑う。


 ニールがそういう顔をする時は、きまって僕にお節介をする合図だ。きっと僕よりも傷だらけになって『ヤツラ』と対峙する。

 

 僕の気も知らずに。

 

 でも、それは嫌いって意味じゃない。




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