越してきた彼

第5話 転校生

「あー、では転校生を紹介する!」


 この時期に転校生、まぁ色々事情はあるんだろうな……。この時も私はその事に特に関心を寄せるでもなく、担任の話をぼうっと聞いていた。


 新しいクラスメイトがこのクラスに1人増えると言うのは、ちょっと前から話題にはなっていた。

 でもそもそもぼっちの私には、無関心なキャラが1人増えるだけって言う感想しか抱いていなかった。クラス中がざわめいて、その話題一色になってしまっていても。


 もしかしたらその転校生となら友達になれるかも知れない。そんな思いもない事もなかったけど――期待はしていなかった。


「じゃ、入って来て」


 担任の声を受けて、その生徒が教室に入って来るようだ。私は興味なかったので窓の外の空を見ていた。

 窓際の席をあてがわれたのは本当、天の采配だと思う。無関心な時はいつもこうやって窓の外を見ていれば過ぎ去っていく。


 ガラッ。


 件の転校生がどうやら教室に入って来たようだ。教室のざわめきからその生徒が男子だって言うのは分かった。

 ああ、ますます縁がないだろうなと思っていた私の耳に彼の声が届く。それはものすごく聞き覚えのある声だった。


「皆さん初めまして。浅野キリトと言います。よろしくお願いします」


(えっ?)


 窓の外を見ていた私の視線は一瞬にして90°回転した。そう、このありえない事実を確認するために。

 そして私の目が確認したところ、それは間違いなくあのキリトだった。ありえない……こんなの絶対偶然じゃないよ。


 出来過ぎた物語じゃないので、彼の席は私から遠く離れた場所にあてがわれていた。そのおかげでまだ私は何とか平常心を保つ事が出来た。

 しかしこれは一体どう言う事なんだろう。どう言う大きな力が働けばこんな事になるのだろう。

 最初からあんまり耳に入らない授業の言葉もこの転校生のせいでもう全然耳に入らなかった。これじゃ、テストで良い点取るのはまず無理だな。


 休み時間になってもキリトの周りには人だかり。隣の市からの転校だからそんなに珍しくもないと思うんだけど、奴って実は結構有名人?

 でもこのブームも少ししたら落ち着くんだろうな。それで気の合う仲間を見つけてそこでよろしくやるに決まってるんだ。結局私には関係ない話だよ。


 そう思って私が机に突っ伏そうとした時、何を間違ったのか彼がこっちにやって来た。


「ちひろさん……よろしく」


「何で話しかけるのよ……私眠たいんだけど」


「そっか……」


 私の拒否の言葉を受けてキリトは落胆の表情を浮かべた。って言うかいきなり名前を呼ばないでよ……まだここでは私から自己紹介とかしてないんだから。

 これ間違いなくクラスから変な詮索されるよ……。私が困っていたらキリトは更に話を続けてきた。


「放課後にでも時間取れる?」


「何で……?」


「話したい事があるんだ……例の件で」


「じゃあ放課後にまた話して来て……」


「分かった」


 キリトは何かどうしても私に話したい事があるみたいだ。長話をして更に誤解されるのが嫌だったので、仕方なく私はその申し出を受ける事にした。

 何だか面倒な事にならなきゃいいけど。


「あれ?浅野くんって大垣さんと知り合い?」


 ほら、早速私達の関係を詮索する人が出て来た。こう言うのあるからほっといて欲しかったんだけど……。

 キリトはその質問に軽くこう答えていた。


「ちょっと前にね」


「へぇ~。意外~」


 意外ってなんだ意外って。まぁそんな外野の反応も聞き流してっと。私に話を拒否られたキリトはまた自分の席に戻っていった。


 でも話ってなんだろう?

 告白?……な訳はないだろうし……。きっと指輪の事なんだろうな。今更返せって言われても返さないよーだ。


 キリトは今日一日スター状態で学校のルールとか案内とかクラスメイトが色々とお節介を焼いていた。こりゃすぐ友達が出来そうだなー。いい事だようん。

 私はこのままずーっと変わらないけどね。嫌われてなきゃね……ぼっちもそんな悪くないよ……嫌われてなきゃ。

 嫌われて――ないよね私?あれ?ちょっと自信がなくなって来たぞ……。


 そうして時間はあっと言う間に過ぎて放課後。お約束通りキリトが私の側にやって来たよ。

 どうしたら……どう反応したらいいんだよ……。学校では無口キャラだからそのイメージをあんまり壊したくないんだけど。

 いや、壊してもいいんだけど――タイミングがね。どのタイミングで自分の殻を壊していいものか……うーん、難しい問題だ。


「放課後になったけど……時間ある?」


「部活が……」


「えっ?それじゃあ今日は?」


 ちょっとからかってみたんだけどキリトは意外に素直なやつだった。その様子を見て私は満足して本音を話した。


「いいよ、どうせ部活出ないし」


「あ、うん」


 戸惑ってる戸惑ってる。戸惑ったキリトの反応を見るのは面白かった。この様子だと話の主導権、私が取れそうだな。


「それじゃ、どこで話そうか」


「えーと……」


「じゃ、ついてきてよ」


 困惑するキリトを先導するように私は歩き出す。キリトもカルガモの母に追随する雛のように私の後を素直について来た。

 そりゃ私の方がこの学校の事は知ってるもんね。転校してきたばかりのキリトが私に従うのも当たり前だよね。


「どうせ他の人には聞かれたくない話なんでしょ」


「まぁね」


「それならいい場所があるよ」


 そう言って私は校舎をどんどん上っていく。3階、4階と上がっていく。ここまで来れば、目的地はこの学校の事をまだよく知らないキリトでも想像はつくだろう。


 ガチャ。


 ドアを開けた途端吹き込んでくる外の風。そう、そこは屋上だった。


「へえぇ~。この学校は屋上にも出られるんだ」


「向こうの学校は出られなかった?」


「いつも鍵がかかってたなぁ。屋上に出られるのって珍しいんじゃね?」


「だろうね~」


 私の予想通り、屋上には誰もいなかった。私がこの校舎の屋上に出られる事を知ったのはつい最近だ。

 最近の学校は問題が起きないように屋上には出られないようになっている事が多い。

 でもこの校舎は何故か鍵はかけられていなかった。入学したての頃、好奇心に任せて色々歩き回っていた時に偶然それを知って、それからここは私にとって特別な場所になっていた。

 屋上に人がいない事でも分かる通り、生徒の中でもこの場所を知る者はそう多くはないのだろう。


「ここならどんな話も他人に聞かれる事はないよ」


「いいね、うん」


 キリトはまるで初めて触るおもちゃに興奮するような顔であたりを見回していた。そんなにこの屋上の景色が珍しいかな。

 確かにここからの眺めも悪くないけど、景色を見せるためにここに呼んだ訳じゃないんだよね。それよりも話を早く進めて欲しいんだけど。


「早く話を聞かせなさいよ」


「ああ、そうだったそうだった。実はすごい事が分かったんだ」


「何?」


「これはすごく重要な事なんだ……。君も知らなくちゃいけない」


「だから何!」


 キリトがあんまりもったいぶるものだから私も声を荒らげてしまった。

 放課後の学校って言うのは部活の音とかで結構賑やかだ。運動場では運動部は盛んに声を出し、ボールを打つ音やらボールを蹴る音やら駆けまわる足音やら。校舎内でも吹奏楽部の演奏の練習の音とか……。

 まぁだから私がちょっと大声を出したくらいじゃ、ちっとも目立たないんだなこれが。


「ちょっと待って……今説明する」


 キリトはそう言いながら鞄の中を探りだした。こいつ、自分から誘いだした癖にグダグダだなぁ……。

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