第9話 魔王軍三千

 迷宮を進み、サキョウが目指した巨大な扉を目指す。


「空気の振動は無い……戦闘は終わったようだ。多分サキョウが勝ったな」

「ほう、やりおる」


 そのまましばらく進むと、大きな両開きの扉が出現した。


「この先だ。サキっち、俺の後ろから来てくれ。何かあれば俺が盾になるからな」

「先ほどのは貸しにしておく。きっちり返せよ」


 笑顔でそう言った三成に、タカムラは力強く頷いて見せた。


 扉が重い音を立ててゆっくりと開く。


「なっ?」

「……ほう。これは」

ガルル~敵!


 目の間にある光景に、二人と一匹は戦慄した。


「左近、起きたか。タカムラ、あれはイシヌマだな」

「ああ……こいつは予想外だった」


 そこは巨大な空間が広がっており、その中央に玉座のような場所がある。

 その玉座のすぐ手前で、イシヌマが無残な姿で倒れていた。


「やあ諸君、よく来たね」


 玉座に腰かけていた少年が口を開いた。


「あまりにも退屈だったから、ボクが相手をする事にしたんだ。この意味不明な事ばかり言うガキはまだ生きてるよ。君達を待っていたんだ」


 薄暗い中でもなんとなく分かる、人とは思えない禍々しい雰囲気。


「さてはあやかしの類だな」


 一歩踏み出そうとする三成の前に、タカムラの手が出されそれを遮った。


「サキっち、動いちゃだめだ。あれは魔王だ」


 タカムラの言葉に、玉座の男がニヤリと笑った。


「へえ、ボクが魔王だって分かるんだね。嬉しいよ、ずっと退屈してたんだ。このガキなんてボクが魔王だと気付くのに随分と時間がかかったよ」


 立ち上がると、その両手を大きく広げた。


「せっかくだ、招待するよ。この迷宮の最深部に作られたボクの魔王城にね」



 視界が暗転した。



 足元が抜け落ち、奈落の底へ落ちるのではいかと思う程、真っ暗闇の中を落ちていく。


「サキっち、大丈夫、俺が空気を使ってクッションを作るから!」


「なんだ? 聞こえん!」


 三成は左近を離さないようしっかりと抱きかかえ、とうとう硬く両目をつぶってしまった。


(これで終わりか。流石は閻魔大王の一門衆、計り知れぬ妖術を使う)


 だが諦めたわけではない。

 もし、落ちた先でもまだ生きていれば、そこから足掻いてやろうという気概は持ち合わせている。



 次の瞬間、視界に明りが戻った。


 落下していたはずの身体は、何の衝撃もなく大地に伏している。



「ようこそ魔王城へ」


 魔王の声が響いた。


「く、ここが最深部か」


 タカムラの声に釣られ、三成も視線を巡らせた。


 地下であろうと思われるが、天井は高く目にする事が出来ない。

 まるで夜空のように広がった空間には、ふわふわと宙に浮く明りが点々と続いている。


 巨大な西洋風の城が目の前にあるが、それ以外の方角も果てしない広さで地平線を描く。


 タカムラが立ち上がった。


「へっ、こんだけ広けりゃ俺の能力も発揮のし甲斐があるってもんだ」


 三成は左近の無事を確かめながら、タカムラの背に隠れる。


(この城が最深部である以上、理の水晶とやらも城の奥か。虎穴に入らずんば虎子を得ず、これはむしろ好機と思うべきだな)


 魔王がゆっくりと動き出し、笑みを浮かべたまま右手をタカムラに向けた。


「へえ、ボクと戦うつもりなんだ。四天王の馬鹿共とか、魔王城を守る沢山の魔物とか、そこらへんも皆退屈してるから任せようと思ってたんだけど……侮られちゃうとムカつくよね」


 黒いマントを翻し、まだ幼さの残る表情に至極冷徹な笑みが浮かんだ。


 刹那、魔王の放った閃光がタカムラの右肩を打ち抜いた。それは正しく光の速度で、瞬きをすれば見逃すレベルの閃光である。


「ぎゃああああ」

「タカムラっ!」


 たまらず倒れ伏したタカムラの姿に、魔王はケタケタと笑う。


「無様だなぁ、弱いね。そら、もう一発」


 再び発された閃光が、今度はタカムラの左肩を貫く。


「ぐがっ」

「おのれ! 魔王、この俺が相手だ!」


 慌てて剣を抜きタカムラの前に出る。


「ちっぱ、いや、サキっち、ダメだ下がって!」

「何を申す、両腕がそれでは何もできまい」


 魔王の視線に曝されるだけで背筋が凍るような殺気を覚える。

 だが、その殺気に三成の武将としての本能が強く反応し、貧乳美少女が抱く恐怖は片隅に追いやられていた。


「魔王とやら、その首は俺が頂くとしよう。勢いに任せて閻魔大王を討ち取ってくれる、覚悟せい」


 剣を構える三成に、魔王はこれ以上ないほど笑い、腹を抱えて涙を流した。


「はぁはぁ、あー笑った。こんなに笑ったのは生まれて初めてかもしれない。あまり笑わせないでくれよ、こまった女の子だ」


 言い終わるや否や、魔王はそのマントをたなびかせてふわりと宙に浮いた。


「君、弱いよ? でも笑わせてもらったお礼に、そんな君でも頑張れる相手を用意してあげるよ」


 そこまで言うと、ふと後方の魔王城を振り返る。


「あそこにはね、ボクが世界を侵略しようと思って準備してきた大軍団が用意してあるんだ。ゾンビ、スケルトン、スライム、ガーゴイルにグリズリー。他にも色々ね、全部で三千以上の個体がある」


 三成にちらりと目線を向け、背中のマントを大きくはためかせた。


 すると、魔王の姿は一瞬にして消え去る。

 三成の目に映るか映らないかギリギリの所、遠く魔王城の頂きに立った魔王は、長年かけて準備した魔王の軍勢を呼び出した。


「我が眷属、我が僕、我が兵よ。初仕事だ、目の前にいる人間を三体、ゆっくりと嬲り殺せ」


 魔王の両手から放たれた魔力が大地に突き刺さり、強く発光した。

 その光は暗い闇を不気味な色に染め上げ、見えない程に高かった天井までを照らし出す。


 そして大地には、三千を超える魔物の群れが出現した。


「これは……タカムラ、爆発で吹き飛ばせ!」

「ぐう、動かねえ、手が、動かねえ。これじゃだめだ」


 傍らに横たわり動く気配のないイシヌマにも期待できそうにない。


「ええい、やんぬるか。左近!」

ワン!にく!


 尻尾を振る可愛らしい左近を見つめ、三成はニヤリと笑った。

 その笑みは、左近を愛でる笑みではない。


「左近よ、すまんがここでも死に花を咲かせてくれい。此度は俺も供にゆく!」

ワン!にく!


 魔王城までは距離がある。

 だが、逃げるにしても戦うにしても、この場所では魔王の手のひらの上と言えるだろう。


 足掻くにしてもやりようがない。ならば無様であろうと何であろうと、意地を貫く程度の事しか出来はしない。


「そうだな、最期となろう、食っておけ」


 背負った荷物を下ろし、残してあった干し肉を左近に与える。


「食ったら参るぞ。何やら妙な妖が三千もおるらしい。どちらが多く討ち減らせるか、勝負といこうではないか。のう左近」

「もぐもぐ、ワン!にく!


 魔王軍が一斉に動き出した。

 ゆっくりと嬲り殺せとの指示は出ているが、低脳な魔物がその言いつけを守るはずもない。


 凄まじい勢いで三成と左近に向けて群がっていく。


「参るぞ!」

ガルル~!敵!


 だが、勝負になろうはずもなかった。


 それでも貧乳と小犬は善戦したが、多勢に無勢どころか一対一でも勝てる見込みなどありはしない。


 左近は一瞬で弾き飛ばされ、三成は蠢く触手に捕らわれの身となった。


「くそ、離せ! ええい気味が悪い!」


 ぬめりとする粘液を纏った触手が無数に絡みつき、三成の身体を這いずり回る。


「ぐ、ああ、なんだ、やめろ!」


 その触手は先端から酸性の液を発して三成の衣服を解かし、金属製の軽鎧を器用に外していく。


(まさか……このような得体のしれぬ妖に凌辱されるのか? これならタカムラのほうがいくらかマシだ)


 得体の知れぬ妖と比較しても『いくらかマシ』程度のタカムラには同情を禁じえないが、今はそれどころではない。


 三成は必死に抵抗するが、貧乳を堪能するかのように触手がはい回る。


(ぐぬぬ、やめろ)


 ついに肌着が解け始めた。


「くっ……殺せ!」


 多くの魔物たちが涎を垂らして見守る中、ついに三成の衣服が無くなっていく。


「左近! 左近!」


「アオーーーーン」


 左近の遠吠えが響いた。


 左近の身体には深い傷があり、もはや立ち上がる事もままならない。それでも力を振り絞り、魂の限り吠えた。


「アオーーーン」


 刹那、小犬であるはずの左近の脳裏に、あの日の光景が思い浮かぶ。

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