はじまり

 話し合った結果、どのグループも烏丸先生の案に異論はないようだった。

 教室が静まったところで、烏丸先生が穏やかな声で話し出す。


「それでは、本日はここでお終いです。この後は一度寮に戻りますが、その後は各自自由に行動してくださって構いません。明日から始まる授業に備えて、今日はしっかり睡眠をとってくださいね」


 そういって先生は一礼した。その後荷物をまとめ、教室から出て行く。

 みんなも荷物をまとめだした。

 最初に席を立ったのは城咲先輩だった。

 優雅な声で私たちに挨拶する。


「じゃあ、先に失礼するよ。…行くよ、十夜」

「はい、謳様」


 緒条くんもその後についていく。

 何でも城咲先輩はすごいお金持ちで、緒条くんは城咲先輩の家に仕える執事の家系らしい。

 私のような庶民には想像もできない話だったが、今のやり取りを見ているとなんとなく理解した。

 漫画みたいだけど、意外とこの学院そういう人いるんだよな。

 噂によると、『朧』の千座先輩もお金持ちらしい。家が華道の家元だとか。

 イメージでいうと、『Transparence』のウォルトハウゼンくんもお金持ちっぽいな。

 金髪碧眼って、なぜかお金持ちのイメージあるよね。


 なんて考えていると、皆ほとんど寮に向かっていた。自分たちの鞄を持ち、ぞろぞろと教室から出ていく。

 最初に出た城咲先輩と緒条くんもまだ見える位置にいるから、皆すぐにあの2人に続いたのだろう。

 私もあわてて席を立つ。教室を出るのは『PHENIX』と私が最後になった。

 明日から忙しくなるんだろうな。

 はやく荷物を片づけてゆっくりしよう。

 先日荷物を寮に預けてはいたのだが、まだほどいてはいないのだ。決して私がめんどくさがりだからとかじゃない。みんなそうだ。というかまず、寮の中に入るのが初めてだ。 


 廊下を歩き、いくつか緩やかな階段を上ると食堂に出た。

 食堂は男女共同だ。女子寮と男子寮は当然別れてはいるが、ここ食堂などは同じところを使うのでかなり近くにつくられている。食堂というよりカフェみたいだ。

 ああ、ご飯食べるときも周りみんな男なのか…あんまり他人に物食べてる姿って見られたくないんだけどな。同性でも少し緊張するのに、異性となればどうなるだろう。


 人見知りだった私は昔から極力男子との接触は避けてきたし、兄弟もいないからあんまり異性に慣れていない。仕事相手としてプロデュースするのは全く緊張しないけど、一緒にご飯食べたりするのはちょっとな…。


 じゃあなんでプロデューサーになろうと思ったんだ、とよく聞かれるが大した理由はない。

 君色学園が家から徒歩10分という奇跡の立地だったのだ。

 アイドルとかバンドとか、そういうキラキラした世界に、少しだけだけど憧れてもいたし。

 でも自分がアイドルやバンドをやるのは嫌だったし、もともとサポート役のほうが好きだったから、プロデューサーを目指したのだった。

 まあ、異性に慣れるいい機会だ。がんばろう。

 こういうポジティブ思考は美点だと思っている。


 特に会話もないまま、食堂を通り寮についた。

 特別舎は寮と一つになっており、寮に行くのに外に出る必要はない。が、それぞれの寮室は一度食堂を経由しないと行けない。


「じゃあねー、つばさ!」


 火蛹くんが手を振る。ほかの『PHENIX』のみんなも手を振った。

 それのおかげか、他の生徒も私のほうを見る。

 赤昏先輩のように物珍しげに見てくる人もいれば、城咲先輩や緒条くんのようにただ微笑んでくる人もいる。伊折先輩と三和先輩は『PHENIX』に便乗して手を振っていた。唯一の後輩である『Transparence』は一礼している。

 何この盛大な送り出し。気づかれないようにいなくなりたかった…。

 私は手を振りつつ先輩方への敬意をこめて礼をする。そして女子寮への階段を上った。

 階段はすぐに終わった。上り終わったそこには、木を基調としたシンプルな廊下が広がっている。例えるなら、山の中にある綺麗な宿泊施設という感じか。

 よかった、真っ白じゃなくて。ここも教室みたいな高級感だったら、暮らすのに窮屈すぎる。

 あ、そういえばここ一人で使えるのか、私。

 じゃあ気兼ねなく自由にできるな――まあ節度は意識するけど。


 私の割り当てられた部屋は一号室。階段を上がって2番目の部屋だ。1番目の部屋は倉庫になっている。

 重めの木の扉を開いて、一号室に入る。部屋の中も他とかわらず木でできていた。

 入ってすぐ左には、小さな冷蔵庫と食器棚とコンロ。キッチンだろう。すごい、コンロがIHだ。というかまずキッチンあるんだ。

 真ん中には木のテーブル、その左側に大きな棚。本や漫画が沢山置けそうで、読書好きな私としてはとてもうれしい。

 窓側の床は一段下がっており、椅子が置いてあってくつろげるスペースになっている。椅子に座ってみたらめちゃくちゃふかふかだった。まじかここ。もうホテルか何かじゃないのか。

 さらに歩き回ると、どうやら2部屋あるらしいことに気付いた。向かって右に3つ並んでいるドアは、それぞれ寝室、トイレ、洗面所らしい。

 寝室にはやや大きめのベッドとクローゼット、先日学校に預けた私の荷物が置かれている。


 そうだ、荷物ほどかないとダラダラできないじゃん。

 不純な動機で私は、早速荷物の整理に取り掛かった。

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