第2話 清らかな乙女・弐

私は十五に、澄子すみこお嬢様は十六になりました。

澄子お嬢様は三年の間でさらに美しく、清らかな乙女となり、毎日のように縁談が舞い込んでくるようになりました。

私は誰の目から見ても、清らかな乙女である澄子お嬢様が誇りとなりました。

そして、一つの縁談が正式に持ち上がりました。

相手は澄子お嬢様のお家と同じく、大きな商家の次男の方でした。

一人娘である澄子お嬢様の婿養子となることが両家の両親の間ですでに決まっていて、後は本人同士が顔を会わせるだけでした。

ですが、澄子お嬢様は盲目です。いくら瞳が無垢で清らかであろうと、相手の男を良い人か見分けることは出来ません。

両家の顔会わせの日、澄子お嬢様の付添人として、出席することとなった私は、澄子お嬢様の代わりに目を爛々と見開きました。

その男は、美しい人でした。

澄子お嬢様のように無垢で、清らかではありませんでしたが、優しく、穏やかな方でした。

その日、私はお二人の邪魔にならないように一歩下がりました。

その日以来、お二人は良くお会いするようになりました。

澄子お嬢様のお屋敷に、お二人が仲睦まじくしていらっしゃるのが当たり前となっていきました。澄子お嬢様の側で控えている私は、仲睦まじいお二人をいつも黙って、見ていました。

私は、そんな美しいお二人の側で控えているのが、自分などでは不釣合いのように感じ、恥ずかしく思っていました。

それでも、澄子お嬢様は、私の名前を呼んで下さいました。

それでも、澄子お嬢様は、私以外の人に、雨が一番好きな話をすることはありませんでした。

私は、それだけで十分でした。

しばらくして、澄子お嬢様の結納が決まりました。

お屋敷は、澄子お嬢様の結納の準備に大忙しでした。お相手の方も忙しいようで、お屋敷に来ることはなくなりました。

澄子お嬢様は目に見えて落ち込んでいらっしゃいましたが、かく言う私も忙しく、澄子お嬢様を励ましている時間がありませんでした。

私は心の中で澄子お嬢様に何度も詫びならが、買い出しへ行きました。

足早に、いつもなら通らない薄暗い小道を近道として通りました。

すると、その薄暗い小道の途中で、澄子お嬢様の思い人であり、後数日すれば澄子お嬢様の旦那様となられる方を見掛けました。

何人かの人相の悪い男たちが、澄子お嬢様の思い人を連れて行ってしまいました。

私は慌てて、その男たちを追い掛けました。

辿り着いた場所は、賭博場でした。

何十人という人相の悪い男たちがおり、金を賭け、サイコロを振っていました。

よくよく見れば、着物をだらしなく着崩した女たちもおり、一人の男にしなだれかかっていました。

その男は、先程、連れて行かれた澄子お嬢様の思い人でした。

私はわけが分からなくなりました。

どう見ても、澄子お嬢様の思い人が、この中で一番偉いように見えたのです。

そうこうしているうちに、私は人相の悪い男たちに見つかり、澄子お嬢様の思い人の前へ乱暴に投げ出されました。

澄子お嬢様の思い人は、キセルを吸って、卑下た笑いを浮かべていました。

澄子お嬢様の思い人は優しく、穏やかな人なんかではなかったのです。

この賭博場で見せる顔が本当の顔だったのです。

こんな人、清らかな乙女である澄子お嬢様に相応しくありません。

私は、見誤ってしまったのです。

私は、澄子お嬢様の思い人の命令で、私を襲おうとする男たちの手から命からがら逃げました。

髪は乱れ、着物は崩れてしまいましたが、構うことなく、走り続けました。

買い出しのことなど、すっかり頭から抜け落ちていました。

知らぬ間に雨まで降り出していました。

それでも、私は立ち止まることなく、振り返ることなく、澄子お嬢様のお屋敷まで走りました。

お屋敷に戻って来た私は、濡れた髪と着物に構うことなく、澄子お嬢様の元へ一番に行きました。

あの男の本性を話し、この結納を取り止めてもらおうと思ったのです。

澄子お嬢様の部屋へ行くと、澄子お嬢様は足袋のまま、庭へ下りていらっしゃいました。

私がいなかったせいで、履き物の位置が分からなかったのです。

私は素早く、履き物を手に持ち、澄子お嬢様の足元へ置きました。

私に気付いた澄子お嬢様は、私に笑い掛け、こうおっしゃりました。

。」

空を見れば、確かに先程の雨はもう止み、晴れていました。

ですが、私には、そんなことはどうでもいいことでした。

晴れていることより、澄子お嬢様の言葉の方が問題でした。

だって、澄子お嬢様は雨が一番好きなはずです。

そう言って、私に笑い掛けて下さったはずです。

それなのに、どうして、目の前の澄子お嬢様は晴れに笑顔をお見せになって、太陽の光を一身に浴びていらっしゃるのでしょう。

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