第21話 倒すのは奇抜な髪型

「ふざけやがってぇ!」


 怒り任せに壁に投げつけられたグラスが、ガッシャーンと音を立て割れるとともに、小さな破片が辺りに散らばる。

 壁からはまだ中に入っていたワインが伝って垂れ落ち、ゆっくりと床へと向かっていた。


「ガッハッハ、随分ご機嫌斜めじゃねぇか。」


 興奮した沖原が部屋のドアの前で独特の笑い声をあげる平松をギリッと睨んだ。


「まあ、俺としてはどっちでもよかったんだけどな、遅かれ早かれ、暴れられるんだからな」

「平松……何しにきた?」

「一応、指示を聞こうと思ってな。前に聞いていた予定とは違うようだからな。」


 皮肉の混じった平松の言葉に沖原が腹が選らせる。


「そんなもん決まってるだろ!全兵力を使ってB組を徹底的に潰せ!使える物は何を使っても構わん!Fの奴らにも兵隊を貸すように手配しておけ!」

「ガッハッハ、了解したぜ。」


 平松が上機嫌に高笑いあげながらその場を去っていくと、静かになった部屋で沖原も小さく笑う。


「フフ、フハハハハ、覚悟しておけ、四辻、お前みたいな奴がいられる世界じゃないことを身をもって思い知らせてやるぜ」


――

そして、その日は瞬く間にやってきた。


パリィィィィン


 なんの前触れもなしに、教室に撃ち込まれたゴム製の弾丸が、中庭側の窓ガラスを撃ち破った。教室の前の廊下に数発のゴム弾が転がる。


「早速来たみたいだな。」


 外を覗いた若田部くんが不敵に笑い、僕に向かって手招きする。

 僕も若田部くんの横から窓の外を見る。

 するとそこにいたのはバットや、鉄パイプなど物騒な物を持った合計十人の生徒だった。


「B組ぃ!覚悟はできてんだろうなぁ?俺たちに喧嘩売ったんだからよぉ!」

「速攻で潰してやるから覚悟しておけぇ!」


 学校の中心部でもある中庭から大声で怒鳴りあげた声は校舎中に響き渡り、他クラスの野次馬たちも何事かと楽し気に窓から顔を出す。


「うっはぁ、噛ませっぽい奴らがうじゃうじゃ。」


 喜田さんが外の相手に聞こえるように言った後、相手に向かって舌を出す。

そして再び怒号が飛ぶ。


「わざわざ挑発しなくても……」

「んじゃ、俺らも久々にいいところ見せるか。」


 若田部くんが少し楽しそうに武器として使ってる銃を腰につけ、バットを肩に担ぐ、

 そしてそれにつられて、片瀬くん、喜田さん、秋山さん、そして青山くんもそれぞれの武器を持ち立ち上がる。


片瀬君が持っているのはゴルフクラブ、もちろん安全を考慮して、ゴム製にしてある。金髪の坊主頭にゴルフクラブを担ぐその姿は迫力満点だ、ただ少し、背が小さいのがネックだ。


青山君は手にメリケンサックを付けている、優等生の様な爽やかな、見た目にメリケンサックはかなり違和感が拭えない。


 秋山さんは他の人みたいに近接用の武器を持たない代わりに銃を二つ持っている。武器を持つとスイッチが入るのか、やはり真剣な眼をした秋山さんは普段とのギャップもあり美しく見える。


 そして、喜田さんが持ってるのは敵である警察が使っている警棒だ。

 もう見慣れているがやはりヤクザが警棒というのはどうかとも思う。


 どれも表の世界では、漫画やテレビでしか見たこともないものだが、ここの生徒たちは大半がこの学校に入るために幼いころから、訓練を受けているので皆、自分の武器をまるで自分の手足のように使う。


「暴れていいんだよな?」

「ええ、思う存分にね、ただ昨夜行ったことは覚えてるわね?」

「わーってるよ、倒すのは『奇抜な髪型』だけ、だろ?」


 若田部君が言った言葉、それは昨日行った会議でのことだった。


――昨晩


僕がG組に断りに行ったその日、僕達は早速G組との戦いに備えて会議を開いていた


「今日、組長が断りを入れたわ、もうこれで後戻りはできない、この学校で生き残るにはG組を倒すしかなくなったわ。」

「Gは全員生き残ってるよな。人数対比は三〇対十五、おまけにFも合わせれば大体六〇対十五か、絶望だな。」

「おまけにこちらは一人でも停学で終わる。この状況を打破しないといけないんだから至難の技だな。」

「まさに、背水を得た魚だね。」

「なんの問題もねぇな、その状況。」


 青山君の発言に片瀬君がツッコミ小さな笑いが起こる。皆覚悟を決めたからか、緊迫な状況の中でも適度にリラックスしていた。


「アヤメもいいわね?」


 飛葉さんが百瀬さんにそう振ると、皆が百瀬さんに注目する。

 すると百瀬さんは小さく首を振る。


「私一人我儘を言うつもりはありません、皆さんが決めたならそれに従います。その代わり、私も一緒に戦います!」

「OK、頼りにしてるわよ。この戦いには全員の力が必要なんだから」


 飛葉さんの言葉に百瀬さんが嬉しそうな表情を見せる、しかし不意に僕と目が合うとお互い目を逸らしてしまう。


 あの後一応、百瀬さんとは話はした。本人も気にしていないとは言っていたが、やはり間違いとはいえ、恥ずかしいことを大声で言ったことには変わりはなく、言った方も言われた方も恥ずかしさは拭えない。


「さあ、話を進めるわよ、セナ、持ってきて」


 飛葉さんが合図すると、清川さんがホワイトボードを引っ張り出してくる。

そこにはGやFといった今回関わりのある名前がすでに書きこまれていた。


「さて、じゃあ作戦を伝えるわ、まず、この現状を打破する最終目的は抗争・・に持ち込み、沖原を討つ!」


 飛葉さんが抗争の部分強調する様に力強く言い放つ

 実際そこに意味がある。


「沖原を討てばGはまとまりがなくなり、こちらとの争いは治まるかもしれない、でも可能性じゃダメ!やるなら絶対でないと。」

「その為の抗争だね」


 清川さんがそう答えると飛葉さんも頷く。


 これは学校の校則「もし、他クラスとの争いの中で、組長格の生徒が停学になった場合、ペナルティとして、そのクラスは相手クラスの言うことを一つのきかなければならない。」

のルールを用いた作戦だ。


「そう、抗争で沖原を討ち、ペナルティーで。手出しをさせないようにする。ここまでが私たちの完全勝利までの道筋よ、ただ、今のままでは向こうは抗争には応じないでしょう。」

「え?どうして?向こうが断然有利なんだから応じるんじゃないの?」


 喜田さんが質問すると、飛葉さんが説明する。


「抗争は全員で真正面から戦うから例え勝っても被害が大きくなるからよ、私たちは一人負ければ終わりなんだから、宣言も何もせずに襲える小競り合いで戦った方が向こうは最小限でこちらに勝つ事かできる。」

「それに抗争するくらいなら、同盟組んだ意味もないしね。」


 校則では抗争で、クラスが戦うのは一対一、それでは向こうはF組の力を借りれない、全面抗争をするにしても他クラスが入ってくる可能性があるからできない、なら向こうは小競り合いでGとF、合わせて十人で襲ってくるのが濃厚だろう。


「そう、だからまず私たちがすることはこれ」


 飛葉さんがホワイトボードに書かれたGとFの文字に横一線を入れる。


「G組とF組と分断よ。」

「そんなことできるの?」

「多分ね、知っての通りGの評判の悪さは有名よ、そんなGと参謀に香取がいるF組が手を組んだって事はそこに何か理由があるはず」

「ただ単に仲がいいとかじゃなねぇの?」


 片瀬君の質問に対しては飛葉さんは首を振る。


「それもないわ、それならもっと大々的に同盟を公表すればいい、なのにそれをせず私たちにだけ気付かせるようにした。つまり、何か訳があって組んだはず」

「つまり、そこを叩けば……」

「そう、同盟の破棄が見えてくるわ、そして後は小競り合いでじわじわと戦力を削り、追い詰めたところで、抗争に持ち込む」

「希望が見えてきたな」


 若田部君の言葉に皆にも少し笑みが浮かぶ。


「そう、ただそうするにはF組に関する情報が少なすぎる、だから危険だけど、何回か、小競り合いを受けて戦力を削るついでに情報を手に入れる必要があるわ。だからこれから敵と戦う戦闘チームと、情報からF組の目的を考える作戦チームを一時的に編成します。」


飛葉さんがホワイトボードにメンバーの名前を書き込んでいく。


「まず戦闘部隊、この部隊は向こうから襲ってきた敵に応戦する攻撃特化のチーム、このメンバーに、健二、片瀬、良子、紀子、青山、そして集めた情報からFの意図を探すのに、私、セナ、アヤメ、ツンコ、そして組長、後のメンバーは、二チームをサポートして。」


 飛葉さんの作戦に皆が頷くと、それぞれが気合を入れ、小さなガヤが起こる


「あと、それからもう一つ。小競り合いになった時の注意点を言っておくわ」

「注意点?」


 戦闘部隊のメンツが再び飛葉さんの方を見る。


「F組にはこちらから手を出さない事」

「え?なんで?」

「同盟は確実だとは言え、向こうはそれを公表していない、じゃあ、もし何もなしに攻撃したら先に手を出したのはこちらという事になる。」

「じゃあ、どうすんだよ?」

「Gの奴らだけを叩いて」

「セナじゃないんだから、全員の顔を覚えるなんて無理よ!」


 喜田さんが、文句を言うと清川さんが笑顔で


「大丈夫、奇抜な髪型をした相手がGそれ以外はFでいいよ」

「そんなんでいいのか?」

「まあ、つまり、『倒すのは奇抜な髪型』これを覚えておいてね」


――

……そしてちょうど窓の外を見ると、見事に奇抜な髪型と普通な髪型が半々に分かれていた。


「よっしゃー!行くぞお前らぁ!合言葉はぁー⁉」

「倒すのは奇抜な髪型ぁー!」


 四人が声を合わせて奇妙な言葉を口にすると。中庭へと、向かっていった。

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