第5話 組長


 黒板の前に広がる奇妙な光景、その光景を見て僕は、完全に呆けてしまっている。

 教室の前側にあるドアから窓側まできれいに整列しているクラスメイト達。その姿は、僕に何かを請うように頭を下げている。


 ただ、完全に遜った態度ではない。営業マンが客に対してするような、気を付けをして、頭を四十五度下げるようなきちんとしたお辞儀とは違い、足を外股に開き、膝の部分に両手を乗せ、頭を下に下げるという威厳の保たれた頭の下げ方だ。


 だからと言って相手に対して礼がないわけではなく、その全員が綺麗に統一された格好で並んでいる姿には威厳と共に見惚れてしまうような、美しさがある。

 そしてその光景をみて、頭を下げている人たちに呟くように言った。


「えっと……どういうこと?」

「お前さっきわかったって言ってたじゃねーか!」


――ごめんなさい、全くわかってなかったです。


 自分が予想していたことと真逆の事を言われて、察したような態度をとっていた自分に恥ずかしさを覚える。

 つっこみと、捉えていいのかわからない若田部君の怒声とは逆に、あらかじめからわかっていたように、でしょうねと、飛葉さんが呟やき、一から説明をし始めた。


「まあ、普通はわからないよね……、じゃあ、一から改めて説明させてもらうわ。四辻君はもうわかっているとは思うけど、この高校は他の高校とは少し違うの、この高校は日本で最大の勢力を持つ極道組織、紅蓮会の現会長、紅蓮司くれないれんじ会長が、紅蓮会関係の子供のために創設した高校なの。

 元々は世間からヤクザの子供として冷たい目線で見られてしまう子供たちのために創設したんだけどね。年が立つにつれていろいろと変わっていき、今ではヤクザの人材育成も含めて教育できるようにためにクラスを一つの組と見立てて生活させるシステムを導入させいるの。」

 

 淡々と語られる彼女の説明を聞き、僕は今は顔をあげ、横一列に立って並んでいるクラスメイトを見渡す。普通ならばそんな話をいったい誰が信じるであろう。今見ている皆の姿はごく普通の高校生にしか見えない。

 だが今朝の光景を目の辺りにしていた僕には、彼女の言葉を疑う考えはこれっぽっちも浮かばなかった。飛葉さんは僕の様子をうかがい、問題ないのを確認するとそのまま話を続けた。


「でね、それに伴って、そのシステムに対するルールを校則として設けてるの。一応生徒手帳に書いてあるんだけど、まだもらってないわよね?内容はいろいろあるけど、とりあえず今話をするにつれて必要な部分だけを読み上げていくわね。」


 そういうと彼女は胸ポケットから校章と自分の名前の入った手帳を出し、書いてある内容を読み上げていった。


紅高校 校則

 本校では、一つのクラスを極道の組織に見立てて活動していく形になり、それにともない、以下の規定を校則として取り入れる。


 クラス内ではクラスをまとめるための役職、「組長」「若頭」「参謀」をクラスの生徒から選ばなければならない。


 校内の敷地内で怪我を負った場合、全治に一週間以上かかる怪我ならば役職に基づいてペナルティとして一定期間の停学を命じる。期間は以下の通り。


組長 怪我を負った日から一年

若頭 怪我を負った日から六か月

参謀 怪我を負った日から六か月

役職無し 怪我を負った日から三か月


 クラス内の人数が停学で出席人数が十五名以下になった場合、月初めに行われるクラス報告会までに最低十五名以上の出席者が揃っていなかった場合は、組織の機能能力が低いとみなし、そのクラスを学級閉鎖とし、停学中の生徒含めた、クラスの全生徒を退学処分とする。


 一クラスの人数は上限最大三十名とし、それ以上を取り入れることはできない。

 ただし、退学や他クラスへの移籍でクラスの人数が三十名に満たなかった場合、以下の条件で

クラスの転入を認める。


 同学年の紅蓮会関係の生徒

 他クラスから移籍してくる生徒

 同学年で紅蓮会関係者から推薦を受けている一般の生徒。


「……とまあ簡単にまとめるとこんな感じかな。この校則に伴って現在私たちの出席人数は十四名、つまり学級閉鎖目前だった訳です。」


 校則を読み上げ終わった飛葉さんがパタンと生徒手帳を閉じると再びこちらに目線を向ける。

 今の話でこの学校の事情が大方の見込めた。だが何故僕が組長に選ばれたのかは全くわからない。そもそも残りの十六人はどうなっているのか?

 その疑問に答えるように飛葉さんは説明を続ける。


「でね、元々このB組の組長は紅蓮会で十人しかいない大幹部の子供である桐島竜也きりしまたつや君って言う人がやっていたんだけど、別のクラスで組長やっている、もう一人の大幹部の子供が起こした他のクラスをも巻き込んだ全面抗争がきっかけで停学になってしまったの。

その代わりとして組長になったのが、その桐島君のところと親同士が盃を交わしているけん……若田部になったの。と・こ・ろ・が」


 飛葉さんが話している途中に何かを思い出したかのように不機嫌になり、横目で若田部君を睨み付けた。


「そこにいる、『馬鹿』が、わかりきった挑発に乗っかってそこら中のクラスと抗争したせいで負傷者が出るわ、その行動に不安を感じて自主退学や他クラスに移籍する人が続出して現在クラス崩壊の危機に晒されているわけよ!」

「仕方ねぇだろうが!!俺達の仲間を酷く言われたんだ!!じっとしてなんていられるか!!」

「だからってなんでも間でも突っ込めばいいって訳じゃないでしょ!!もっと状況を考えて行動しなさいよ!これでクラスなくなったら、停学になってる人達にもっと迷惑かかるじゃない!!」


 若田部君が飛葉さんの言葉に怯み、口を詰まらせる。

 確かに言ってることは飛葉さんの方が正しい、だからと言って僕は若田部君が悪いとは思えなかった。全ては仲間を思う余りにでた行動、今ここにいる仲間も同じ気持ちだからこそ、なにも言わずさ従ってきたんたと思う。


「とにかく、今のままじゃ、またすぐに、抗争になるかもしれないから、だから是非、四辻君にクラスの組長になってほしいの。」


 飛葉さんの話を一通りは大体理解はできた。

要するに血の気の多い若田部君じゃすぐに喧嘩になりそうだから、大人しい僕に変わってほしいと言うことだろう、でもそれでもやはりいろんなところで疑問が残る。


「話はわかったけど、どうして僕が?他の人では駄目なの?」

「駄目ってことはないんだけど、基本は家が上位の人がなるのが暗黙のルールだからね……紅蓮会の階級制度は下から下部、中部、幹部、そして大幹部に分けられているの。若田部の家は幹部でこのクラスの家は大幹部の桐島君を除けば、同格が私と、片瀬で後は中部と下部組織だからね。片瀬に変わったところでどうせ一緒だし。四辻君なら無所属だからその縛りには捕らわれないしね。」

「飛葉さんじゃダメなの?」

「私?私は駄目よ、一応、こいつの許嫁だし、女が男の上に立つのは基本タブーよ。」






――………え⁉


 サラッと投下された爆弾発言に体の動かし方を忘れてしまったように硬直する。

 飛葉さんが当たり前のように言って手を横に向けて親指で示したのは若田部君だ。

 やり取りを見ていたからに親しい関係ではあるであろうと予想していたが、考えていたのはせいぜい恋人か幼馴染ぐらいで、そのもう一段回上の考えは全く予想していなかった。


 許嫁なんて、一般の家庭に生まれた僕にはまさに漫画の世界の話でしかなかったから。

 驚いて固まっている僕を見て首をかしげていると、飛葉さんが悟ったように口を開く。


「ああ、そういえば、許嫁なんて一般では珍しいんだったわね。一応こっちの世界では良くある話よ。

大体幹部以上の家の人にはいるんじゃないかしら?片瀬にもいるし」

「お、おい!余計なこと言うんじゃねぇよ!」


 いきなり自分の話を持ち出された片瀬君が飛葉さんに突っかかる。


「なに恥ずかしがってんのよ?かわいらしくてよくできた娘じゃない、今は他クラスだけど」

「うるせぇー!言っっとくが、俺はあいつを許嫁とは認めてねぇからな!あれは親父共が勝手に約束しただけで――」


 顔を赤くしながら騒ぐ片瀬君は少し子供っぽく見えた、飛葉さんはそんな片瀬君をはいはい、と言い流して話を元に戻す。


「組長としての役目は主にチームの指揮と、クラスの代表として会議とかに出ること。リスクとしては他クラスから狙われやすくなることだけど、そこはしっかりボディガードをつけるし、前線に出ることもあまりないからこちらとしては守りやすいしね。メリットとしては基本私達を自由にできるわよ。」

「自由にって?」

「命令されれば何でもするわ。部屋の掃除とかから身代わりまで、相手次第で、下の世話とかもね」


――下の世話……


 その言葉を理解した途端顔が一気に熱くなる。


「まあ、例えだけどね、組長の命令は絶対だからそういわれれば拒否をする資格なんてないのよ、まあ自主退学や移動は自由だからあまりひどい事命令すると裏切られることもあるけどね。まあ、というわけで是非、組長をやってほしいんだけど、どうかしら?もちろん、こいつと私、他の皆もサポートしていくし。」


――……


 飛葉さんの提案に返答を出せないでいる。

 確かに話を聞けば悪い話ではない。むしろそれで皆の役に立てるなら断る理由もない。この学校に入った以上今日の朝のような事がたくさん起きるだろうし、今度からは僕も参加しなきゃいけない。

 でもそうなってくると僕はきっと役にはたてない。だからこれで役に立てるならやりたい。

 ただ、その役目が務まるかというと、僕には自信がなかった。僕次第で、クラス皆に多大な迷惑をかけるかもしれない。

 そんな考えが顔に出ていたのかクラスの皆が気楽に声をかけてくれる


「別にそんなに深く考え込まなくていいのよ、ようは、無闇に争わななければいいだけ。私達もちゃんとサポートするし。」

「そうそう、これは皆できめたことだし、誰も文句は言わないよ。」

「そんな難しい事じゃないよ、気軽な気持ちでやっちゃいなよ。」


 皆がそれぞれフォローを入れてくれる。だが、それが余計に僕を悩ませる。


「……まあ、もしイヤだったら無理にとは言わないわ。そうなったら最悪、青山辺りにやってもらおうかな?」

「えぇ⁉いや、マジでやめて……下部組織の僕がそんなことしたらうち潰されるよ……」


 飛葉さんのジョークと見られる発言に青山くんの表情は真っ青になり、周りから小さな笑い声が聞こえた。

 つられて僕も小さく笑うと少し張りつめていた心に余裕ができた。


「でも実際、具体的には何をすればいいの?」

「さっきも言ったように相手の挑発に無闇に乗ったり、喧嘩になることを避けてくれればいいのよ、まあ欲を言うなら、威厳ある態度とや威圧感とかもほしいわね」


――威厳ある態度……若田部君や九条君みたいなことを言うのかな。


 自分には到底できそうにない。


「さすがにそれはこの人には無理だよ、顔もなかなかの童顔だし。」

「大丈夫、大丈夫、片瀬でも結構迫力あるしそのうち出るっしょ」

「喜田ぁ!それはどういう意味だぁ!」


 威圧的な怒鳴り声をあげる片瀬君だが、やはり身長の低さがネックになっているのか、若田部君ほどの威圧感はなく、喜田さんもきれいにスル―をする。


「まあ、とりあえずせめて相手を言い負かすことくらいはしてほしいかな?」

「……口喧嘩を制する者は……世界を制する!」

「紀子、それちょっと言い過ぎ」

「口喧嘩か……そういうのもあまり苦手かな」

「そうか?さっきの言葉は結構響いたぜ。」

「『仲間が一人のために戦うように、一人が仲間のために戦うのも時には必要なんじゃないかな?。』だね、言い方とかはおとなしい感じだけど、反論させない説得力と強みがあったよね。」


 横田君が言い直した僕の言葉を聞くと、自分が言った言葉のクサさに改めて恥ずかしくなった。


「そうそう、あれはかなり理想だったよね、他クラスからの挑発もあんな感じでかわしていけたら理想だよね、私達なら、詰め寄られた時点で喧嘩勃発だよ。」


――……それはいくら何でも我慢弱すぎでは



 そんなやり取りをしているうちに、自然とさっきまで感じていた不安がなくなっていた。

 そして皆でワイワイ話し合う光景を見て、僕の心には強い決意が芽生えていた。


「まあ、すぐに結論を出さなくてもいいから、もし気が向いたら――」


 そう言おうとした飛葉さんの言葉を手で遮ると、僕は一度、目を閉じ決意を固めた。


「もし、こんな僕でも皆の役に立てるなら……組長、やらせていただきます!」


 僕の答えの言葉と共に周りから歓声と拍手が巻き起こった。


 はっきり言ってまだ自信があるわけじゃない、でも皆が僕が適任だというなら、僕は皆の言葉を信じたい。

皆のためになるなら命を懸けて全うしたい、そう思ったんだ。


「じゃあ、宜しくお願いしますね『組長』さん」


喜田さんの言った言葉にふと耳に入る


「あ、そのことなんだけど、もしよければ今まで通り、普通に名前で呼んでくれないかな?あと、敬語もなしで」


 組長にはなったけど、互いの立場は一緒でありたい、というより今まで名前を呼ばれることがなかったから名前で呼ばれることが素直に嬉しかった。


 ……ただ、そんな僕とは裏腹に、飛葉さん以外の仲間が互いに顔を合わせたりオロオロし始めていた。


「えっと……なんか変だった?」

「い、いや、そんなことねえよ、なぁ皆?」


それぞれが頷きながらも、明らかに動揺が隠せていない。


――一応そんなに変なことは言ってないつもりなんだけどなぁ。


しばらくすると、オロオロしていた人たちが口を閉じて覚悟を決めたように僕に呼びかけた。


「おし!じゃあよろしくな!四谷!」

「よろしく、よつつつじ君」

「よろしく、よちゅ、……よ、つ、つ、じ君」


――……そっか、僕の名前って呼びにくいからならなあ


 さっきから飛葉さん以外が名前を呼んでいなかったのに多少の違和感があったがこれで合点が付いた。ただ、若田部君に対しては名前自体が間違ってるけど。


「……やっぱり呼びたい呼び方でいいよ。」


 自分も自己紹介で言いづらかったのを覚えているため、何も言えなかった。


 こうして僕が組長になって初めて出した命令は、見事に失敗した。

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