明らかに異常事態である
ホームルームが始まると、担任が神妙な面持ちで話し始めた。
今日は女子生徒が一人欠席していたので、まさかとは思ったのだが――そのまさかだったようだ。
「
教室内がざわざわし始める。清水さんも驚きを隠せない表情をしている。三堺さんは、昨日、清水さんの惚気話を聞いていた内の一人だ。
「もし、三堺さんについて何か知っている人がいたら、何でもいいので教えてください」
クラスのみんながきょろきょろと顔を見合わせ始める。誰か知っている人はいないのかと、探り始める。僕は誰とも視線を合わせないようにして、考え事をしていた――昨日の出来事を思い出していた。
そんな僕の様子に違和感を感じたのだろう。担任が僕に声をかけてきた。
「水石くん、何か知りませんか? 確か、三堺さんと家が近かったですよね。昨日、下校中に見ませんでしたか?」
「……いえ、見てないです」
「そうですか……」
一瞬集まった僕への視線は、すぐにばらけた。僕はまた、視線を下げる。
昨日見たのは――食べられていたのは、三堺さんかもしれない。そう思わずにはいられなかった。しかし、確証はない。僕が見たのは下半身だけだ。下着だけを身につけた、女性の下半身。制服を身につけていたわけでもない。それだけで、あの下半身が三堺サヤカの物だと分かるはずがない。もし分かったのなら、僕は女子の下着の柄を、毎日把握していることになる。そんな奇行はしていない。
それに、もし昨日見たのが三堺サヤカだとして、それをどう説明すればいい? 「 昨日、女性が化け物に食べられていたんですが、もしかしたら三堺さんかもしれません」とでも言うのか? 言えるわけがない。不確定な情報は混乱を招く。そして僕自身の精神異常まで疑われる。
というか、僕だって、昨日見た光景は幻か何かであってほしいと思っているのだ。清水さんに彼氏が出来たことによる、一時的な精神の乱れが生み出した幻覚か何かだと、そう思いたい。それをわざわざ他人に報告する必要は無いだろう。
教室はまだざわついていたが、三堺さんの目撃情報が出る気配は無かった。すると、担任が、再び話を始めた。
「先ほど警察から連絡があったのですが、三堺さんを含め、昨日一日で、この町から12人もの行方不明者が出ているそうです。三堺さんと関係があるのかは分かりませんが、くれぐれも注意するように、と」
教室内がさらに騒がしくなった。僕の口からも思わず驚きの声が漏れる。
おかしい、明らかに異常事態である。こんな小さい町から、一日で12人もの行方不明者が出るなんて、どう考えてもおかしい。
「そんなの、学校休みにするべきじゃね?」と、誰かが声を上げる。全く持ってその通りだ。そうなって当然のはずだ。そんな事件が起こっているのに、普通に通学させるこの町の教育委員会はどうかしている。小さい町だからか、みんな危機感が薄い。
こうなると、僕が昨日見た女性は三堺さんではなく、行方不明になった12人のうちの誰かだという可能性も出てくる。そして、残りの11人もおそらくあの化け物に……いや、それは考え過ぎだろう。今は何の確証もないのだ。
とにかく、担任の言う通り、くれぐれも注意しなければいけない。細心の注意を払って、自分の身は自分で守るのだ。
担任は改めて注意喚起を念押しし、ホームルームは終了した。
そしていつも通りに授業が始まり、休み時間は寝た振りをしながら清水さんの声を聞いて過ごした。昨日まで惚気話を聞いてくれていた友人の一人が行方不明になったからか、さすがに惚気話は無かった。しかし、たまにツバサくんといちゃついていて死にそうになった。教室でいちゃつくのは勘弁して欲しい。惚気話より辛い。
そうしていつも通り下校時刻を迎えた。大事件が起こっているというのに、いつもと変わらない一日だった。
僕は清水さん達と会わないように、少し遅れて学校を出た。
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