010

 翌朝、また車に乗り込んだはいいものの、ぼくらは再び路頭に迷うことになった。


 ぼくは自分の地元に帰ってもいいし、アカリはここに置いていったっていいんだろうけど、なんでかそこで別れようって気にはてんでなれなかったんだな。


 ぼくの思い上がりなんかじゃないと、いいんだけど。

 やっぱり、お互いに寂しかったんだろう。


 いろいろと話し合ってみたんだけど、そのうちにアカリが「一度くらい行ってみたいと思ってたんですよね」なんて言って、ディズニーランドの名前を挙げてさ。

 ぼくも行ったことがないもんだから、一度くらいは行ってみるのも悪くはないな、と車を東京まで走らせることになった。


 電車で戻ってもよかったんだけど、ぼくたちは車ではるばる東京へと舞い戻ることにしたんだ。


 その頃には電子音楽のCDも一通り聴き終えて、流行りの邦ロックなんかを流しはじめていたんだけど、そんなどうでもいいような音楽すら、ちょっとばかし心地よくなってたんだろうな。


 ぼくにとってそれは、イヤホンを分け合うそれとは、ちょっと違うんだけどさ。


  ◆


 車が走りはじめて少し経った頃だった。


 アカリが「トオルさんは、この世界のこと、どう思いますか?」なんて、いつか聞いたようなことを聞いてきたんだ。


「それ、前にも聞かれなかったか?」


「前にはちゃんとした返事は貰えませんでした」


 生憎と、ぼくはその質問にぱっと吐けるような答えなんて持ち合わせてはいなくてさ。

 少し、考えていたんだけどそのうちにアカリは「でも」と続けて言うんだ。


「いえ、そうですね。今度は質問をちょっとだけ、変えてみます」


 そう言うと、アカリは「うーん」なんて言いながらわざとらしく、ちょっともったいつけて言うんだな。

 ぼくが彼女がそれに飽きるのを待っていると、五秒ばかし経って気が済んだようで、こう問いかけてきたんだ。


「世界から人が溢れていた頃と、人が消えてしまった後、どっちが好きですか?」


 ぼくはこういうとき。つまり、どこからどう見ても他愛のない、どうでもいいような、くだんない質問ってやつには、自分の意見じゃなくて、いかにも一般論的なことを言うように心がけている。


 そっちの方が、少なくとも間違ったことは言えやしないから、角が立たなくていいんだよ。


 だけど、このときばかりはどちらがより一般論的なのかいまいちわからなかった。


 というか、ぼくとしても。ぼく個人としても。

 どちらが好きかなんて、いまいちぴんときやしなかったんだよ。


 人が溢れていた世界は好きでもなかったし、人が消えたこの世界も別段好きな訳じゃない。


 だから、ぼくはなるべく胡散臭く、偽善者めいたような口調を込めて「どっちも大好きさ」なんておおぼらを吹いてみたら、アカリは少し唸って、特にそれ以上追求してくることはなかった。


 ぼくは助かったような、少し寂しいような、そんな微妙極まりない気分だったな。



 それから他愛もない話をいくらか重ねながらも、東京へと車を走らせているうちに隣から寝息が聞こえてきたもんだから、ぼくはオーディオのボリュームを少しばかり下げた。


 途中でコンビニに立ち寄って適当な弁当とペットボトルの紅茶をふたつ……一応、余分に、よっつ。それと、缶コーヒーをふたつ、後部座席に乗せて走っているうちにアカリが起きたところで昼食を食べることにした。


 ぼくはこの頃になると、ふしぶしに非日常や日常を垣間見て、現状が通常なのか異常なのかの区別すら曖昧になってきたような気がしていた。


 何の変哲もない世界で普通にドライブしているような気もするけれど、世界中にぼくら以外の人間がひとっこ一人いやしないかもしれないんだ。

 ぼくを取り巻く全てが、まるでもやがかかるような温度差だった。


 そう、蜃気楼でも見ているような気分だったんだな。


 仕方ないと言わせてくれよ。

 ぼくにとっては、ただのドライブすら非日常のようなものだったんだからさ。

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